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第七部:「謀略と怨讐の宇宙(そら)」

第四十五話

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 九月二十七日、標準時間一二〇〇。

 クリフォードはレオニード・ガウク中将の旗艦、重巡航艦スラヴァに乗り、ダジボーグ星系に戻ってきた。

 ドゥシャー星系での戦いの後、リヴォフ戦隊の艦に救助されたものの、ガウク戦隊の艦に移されている。これは数時間前まで死力を尽くして戦った艦より不測の事態が起こりにくく、クリフォードらアルビオン王国軍将兵が安全を考慮した結果だ。

 ソーン星系まではガウクと食事を共にするなど、比較的友好的な関係であった。
 ゲオルギー・リヴォフ少将の残した文書が密かに戦隊内に広まったことで、クリフォードらに対する敵意より、アラロフに対する嫌悪の方が強くなったからだ。

 しかし、ダジボーグ星系にいるディミトリー・アラロフ補佐官からの命令が届くと状況が一変した。それまでは比較的自由であったクリフォードたちは軟禁の一歩手前という不自由な状態に置かれることになる。

 そのため、アルビオン王国軍将兵の多くがその状況に不安を抱くが、相互の連絡も制限され、それが解消されることはなかった。

(ダジボーグからどのような命令が来たのだろうか。ガウク中将の態度はそれほど変わっていないが、他の士官はどこかよそよそしい感じがあった。我々を密かに処分するつもりかもしれないな。そうなると打つ手はないが……)


 翌二十八日標準時間一八〇〇。
 ダジボーグ星系唯一の有人惑星、ナグラーダの衛星軌道に到着する。そして、そのまま要塞衛星スヴェントヴィトにある軍港に入港した。

 ガウクは艦を降りるクリフォードを見送るために舷門にやってきた。

「ここで貴官らを艦隊本部に引き渡すことになっている。不自由を掛けたことを詫びたい」

「謝罪には及びません」

 ガウクはそれに小さく頷くと右手を差し出した。
 クリフォードがその手を取ると、ガウクは一歩前に出る。

「貴官とはもう少し話をしたかった」

 そう言った後、小声で付け加える。

「我々に貴官らとの接触を禁じ、ここに入港するように命じたのはアラロフ補佐官だ。何が待っているかは想像もできんが、注意した方がよい」

 早口でそれだけ言うと、ゆっくりと離れた。

 ガウクはアラロフの息が掛かった者が艦内にもいると考えており、それまではクリフォードに情報を渡せずにいた。二人だけで話をしても不自然ではない別れのあいさつを利用して警告したのだ。

「貴官らが祖国に戻れる日が早期に訪れることを願っている」

 ガウクはそういうと、帝国軍式の敬礼を行った。
 クリフォードはそれに王国宙軍式の敬礼で応え、感謝の言葉を述べた。

「不幸な行き違いはありましたが、貴戦隊の方々にはよくしていただきました」

 それだけ言うと、タラップを降りていく。
 下には憲兵らしき武装した一団が待ち受けていた。

「コリングウッド准将とお見受けします。我々に同行していただきたい」

 三十代後半くらいの冷たい目をした士官が有無を言わさぬ口調で伝える。

「貴官の指示に従うつもりですが、まずは部下たちがどうなるかを教えていただきたい」

「貴官らの安全は銀河帝国軍が保証する。だが、今回は貴官だけに来ていただきたい」

 その言葉に近くにいたバートラムが一歩前に出る。
 その行動に憲兵たちが一斉に銃を構えた。

 クリフォードはバートラムが何か言う前に右手を挙げて制し、憲兵の士官に向き直る。
 そのまま抗議しようとした時、いつの間にか降りていたガウクが彼の前に立っていた。

「貴様らは皇帝陛下が帝国内で行動を許可した者たちに銃を向けている。これはどういうことだ?」

 憲兵の士官はそれに対し、表情を全く変えなかったが、部下たちに銃を下すよう命じた後、謝罪の言葉を口にした。

「部下たちが失礼した。中将のおっしゃる通り、礼を失した行動であった」

「ガウク中将、ありがとうございました」

 クリフォードはガウクに礼を言うと、士官に視線を向ける。

「謝罪を受け入れます。小官も貴官に指示に従いましょう」

 クリフォードがそう言うと、副官であるヴァレンタイン・ホルボーン少佐が声を上げる。

「小官は准将の副官ですので、同行させていただく」

 帝国の士官が何か言う前に、ホルボーンはクリフォードのすぐ後ろに立った。
 クリフォードは無茶をすると思ったが、ガウクが意見してくれたため、士官は何も言わずに小さく頷くとすぐに歩き始める。

 クリフォードは先導する士官の後ろを歩きながら、港湾作業員など憲兵以外の人影がないことに不安を感じていた。

(アラロフ補佐官は我々をどうする気なのだろうか? ガウク中将の話では予定通りなら皇帝は三日ほどでここダジボーグ星系に到着する。それまでに我々を処分するとは思えないのだが……)

 軍港を出ると要塞内を移動するための車両が待ち受けていた。
 士官に促されて乗車すると、五分ほど走り停車する。車から降りると、そこには優しげな笑みを浮かべた若い男性が待ち受けていた。

「ご足労いただき、ありがとうございます。ディミトリー・アラロフと申します」

 そう言って二コリと微笑み、右手を差し出した。

「アルビオン王国宙軍士官、クリフォード・コリングウッドです」

 アラロフの手を取るが、陰謀家とは思えない容貌にクリフォードは心の中で警戒を強める。

(映像で見た時にも思ったが、実際に会っても陰謀家どころか、政治家や官僚にすら見えない。だが、二十歳そこそこであの皇帝が自らの懐刀にしたと言われる人物だ。見た目に騙されないようにしなくては……)

 クリフォードが考えを分かっているとでも言うかのように、アラロフはもう一度微笑む。

「立ち話はこれくらいにして、別室で話をさせてください」

 アラロフが先導して部屋に入っていく。
 中は応接室なのか、革張りの豪華なソファとローテーブルがあった。
 クリフォードはそのままソファに座るが、ホルボーンは彼を守るかのようにその後ろに立つ。

 すぐに飲み物が用意されるが、その部屋にいる帝国関係者はアラロフだけで、秘書どころか護衛すらいない。
 クリフォードは見た目より豪胆な人物だと気を引き締める。

「まずは今回のリヴォフ少将の不祥事につきまして、ダジボーグ星系を預かる者として謝罪いたします」

 そう言ってアラロフは頭を下げる。
 クリフォードがどう答えようかと考えていると、アラロフが先に話し始めた。

「あなたのご希望は部下の方々の安全と祖国への帰還だと考えております。その前提でこちらの提案を聞いていただきたいと思います」

「伺いましょう」

 クリフォードはそう短く答え、小さく頷く。

「こちらからの提案ですが、戦死された方々への弔慰金の支払い、失った艦の補償については可能な限り、対応させていただきます。詳細についてはあなたに権限はないでしょうから、貴国の外交部門と交渉させていただきます」

 アラロフの言う通り、軍人に権限はないため、クリフォードは小さく頷く。

「但し、帝国内で騒乱を起こすために行動したのであれば、その限りではありません。その場合、あなたを含め、救助された百三名は王国の工作員として、帝国の法に従って処断いたします」

「騒乱を起こす……小官らは正式な外交使節の護衛です。その護衛対象である外交使節団が貴国軍による根拠なき攻撃を受け、止む無く反撃いたしました。戦闘データはガウク中将閣下にお渡ししておりますし、貴国のリヴォフ少将の戦隊にも残されているはずです。それを見ていただければ、我々が戦闘を回避しようとしたことは明らかですが?」

 クリフォードは冷静に反論した。

「その点につきましては私も同じ見解です。ここで言っている騒乱とは、ストリボーグ藩王閣下を唆し、帝国内に再び内戦を起こそうとしていることを指しているのですよ」

 そう言って微笑む。

「なるほど。小官がラングフォード中佐に託した策のことをおっしゃっているのですね」

「その通りです。ラングフォード中佐の発言ではあなたが策を託したとありました。そして中佐はその策を必ず成し遂げると宣言しております。これは明らかな内政干渉であり、破壊工作と言われても反論の余地はないのではありませんか?」

 アラロフの言葉に、クリフォードは余裕の笑みを浮かべて答える。

「補佐官殿は私の策がどのようなものかご存知でしょうか?」

「私のような才無き者に、かの賢者ドルイダスの愛弟子であり、ゾンファ共和国を完膚なきまでに叩きのめした、若き天才の考えは分かりませんよ。出来得るなら、それを聞かせていただきたいと思っておりますが」

 笑みを浮かべながらもアラロフの目は冷たい光を放っていた。

「もちろんお聞かせするつもりです。これはガウク中将閣下にも約束したことですので」

 この時、アラロフはクリフォードが謀略についてすべて語るとは思っていなかった。

「それはありがたいことですね」

「分かりました。では、私がラングフォード中佐に指示したことをすべてお話ししましょう」

 そう言ってクリフォードは話し始めた。
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