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第七部:「謀略と怨讐の宇宙(そら)」
第四十六話
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クリフォードはダジボーグ星系唯一の有人惑星、ナグラーダの衛星軌道にある要塞衛星スヴェントヴィトの一室で、ダジボーグ星系を実質的に取り仕切っているディミトリー・アラロフ補佐官との交渉に入った。
アラロフから帝国に対する謀略の疑いがあると言われ、クリフォードは自らの策について話していく。
「まずニコライ藩王閣下に謁見し、今回の戦闘データを使いながらダジボーグ艦隊がアルビオン王国外交使節団を意図的に攻撃したと訴えます。更にゾンファ共和国の旧指導者の残党と共謀した可能性が高いことも説明します。そして、艦隊が独断でこのようなことを行うことは不自然であり、皇帝アレクサンドル二十二世陛下、もしくはそれに近い人物が命じた可能性が高いと訴えるのです……」
アラロフは予想通りの話であり、小さく頷いて先を促す。
「なぜこのような暴挙を行ったのかは不明ですが、このような愚かな行為を命じた者が帝国を動かしているという事実を使うのです。具体的にはスヴァローグ艦隊の将官たちにこの事実を伝えてはどうかと提案します。そうすることでスヴァローグ艦隊の上層部は皇帝陛下とその側近方に不信感を抱くはずですから……」
スヴァローグ艦隊は元ダジボーグ藩王の現皇帝アレクサンドル二十二世に対し、絶対の忠誠は誓っていない。現状ではスヴァローグ艦隊の総司令官、リューリク・カラエフ上級大将が帝国全体のために皇帝を支持しているに過ぎないのだ。
クリフォードはアラロフの表情をちらりと見た。表情は変わっておらず、ここまでは予想していたと判断し、更に話を続けた。
「もちろん、この程度の情報でニコライ閣下が我々アルビオン王国軍のために行動を起こしてくださることはないでしょう。ですので、別の提案も行うように指示しています」
アラロフの表情が僅かに動く。
「別の提案とは?」
「ニコライ藩王閣下がアルビオン王国との友好関係を維持するために、皇帝陛下の責任を追及していただければ、我が国は直接的な武力行使は難しくとも、閣下に対する全面的な支持を約束します。その程度の約束なら我が国の政府もためらうことはないはずです」
「支持を表明したとしても貴国が艦隊を派遣しなければ、皇帝陛下に勝てるとは思えませんが?」
アラロフの言葉にクリフォードは首を横に振る。
「勝敗についてはその通りでしょう。ですが、重要なことは皇帝陛下とニコライ閣下が相争う状況を作り出すことです」
その言葉にアラロフはニコリと微笑む。
「状況を作り出しても閣下が実際に行動に移される可能性は低いのではありませんか? あの方は思った以上に慎重ですよ」
その問いにクリフォードも微笑み返した。
「実際に動いていただかなくてもよいのです。帝国の威信を貶めた行為について、皇帝陛下に不満を表明していただくだけでよいのですから」
「……」
その言葉にアラロフは笑みを崩さなかったものの反論できない。
「皇帝陛下はニコライ閣下が直接軍事行動に出なくとも、スヴァローグから離れることは難しいはずです。先ほど申し上げた通り、ニコライ閣下はスヴァローグ艦隊の上層部に接触されるでしょうから、陛下も放置するわけにはいかないでしょう」
アレクサンドルが失態を犯したと宣伝されると、元々不安定なスヴァローグ艦隊が動揺し、一気に情勢が動く可能性があった。
「そう言えば、陛下は近々こちらに戻ってこられると聞きました。でしたら、スヴァローグ艦隊への揺さぶりが成功する必要すらありませんね」
「どういうことですか?」
アラロフは作り笑いを忘れて疑問を口にした。
「皇帝陛下がこのことを知れば、ニコライ閣下が動かれる前にスヴァローグ艦隊に対して何らかのアクションを起こさなければなりません。そうなると陛下自らがスヴァローグに向かうでしょうから、ダジボーグの人々は自分たちを軽んじていると更に不満を感じるでしょう……」
皇帝がスヴァローグを重視する姿勢を見せれば、ダジボーグの民が皇帝を見限る可能性が高くなり、皇帝の権力基盤は不安定になっていく。最悪の場合、新たなダジボーグ藩王が生まれ、帝国は再び三つ巴の内戦に陥る可能性すらあった。
「その状況を回避するためには、ニコライ閣下に大義名分を与えないことが重要です。つまり、今回の件に関する責任の所在を明らかにすることと、我々の早期解放です。過ちを認めた上に、我々が解放されれば、ニコライ閣下が陛下を追及することは難しくなりますから」
アラロフはクリフォードの考えを聞き、その洞察力に戦慄する。
(本当に恐ろしい方ですね。今までニコライ閣下が動かなかったのは勝機を得られないこともありますが、一番の理由は大義名分がなかったことです。外交使節団襲撃という不名誉な話はニコライ閣下に大義名分を与えるだけでなく、スヴァローグ艦隊の調略にも使えます……)
アラロフが考える通り、ニコライはアレクサンドルに牙を剥くタイミングを常に狙っている。しかし、スヴァローグ艦隊を味方に付けるためにはアレクサンドルではなく、自分に正義があると主張する必要があり、誰もが納得する大義名分を探していたのだ。
(それだけではありません。艦隊派遣は無理でも王国とFSUがニコライ閣下に対する支持を表明するだけなら可能性は充分にありますから、切っ掛けが欲しい閣下は飛びつくでしょう。それにしても僅かな情報から皇帝陛下と藩王閣下の心理をこれほどまでに洞察できるとは……)
ニコライは時間が経つほどアレクサンドルの権力基盤が強化され、自分に不利になることを理解していた。そのため、できる限り早い時期に行動を起こしたいと考えており、王国がニコライの支持を表明すれば、事態が一気に動き出す可能性は否定できない。
(……何より恐ろしいのは、ニコライ閣下が実際に動かなくとも皇帝陛下が対応せざるを得ない状況を作り出したことです。陛下ほどのお方であってもこの状況を変えることは至難の業でしょう……)
クリフォードの言葉の意味を考えた、アラロフは冷たい目でクリフォードを見つめる。
「今のお話を聞いて、あなたをここで亡き者にしておきたくなりましたよ」
「構いませんよ。帝国に混乱をもたらしたいのであれば」
クリフォードは笑みを浮かべてそう答えた。
彼の言葉にアラロフが表情を作ることなく反応する。
「あなたを殺しただけで我が国が混乱するとは思えないのですが?」
「ラングフォード中佐にはニコライ藩王閣下との交渉を終えたら、直ちに帰国するよう指示しております。その際、小官と部下たちの存在が隠されていたら、大々的にこの件を公表するよう、ハース提督に進言する手筈になっています。提督なら私の死を王国の平和のために有効に活用してくださるでしょう」
「私たちがそれを見逃すと思っておられるのですか?」
「外交使節団はストリボーグからシャーリアへ、そしてロンバルディア、ヤシマを経由して帰国します。シャーリアからは充分な護衛を用意してもらう予定です。幸い、小官もラングフォード中佐もシャーリアの導師とは面識がありますし、小官からの命令書を見せれば、充分な護衛が付くはずです。偽装した武装商船程度では全滅させることは不可能ですよ」
導師はシャーリア法国の最高指導者である。現在の導師はクリフォードが帝国軍と戦った際に弱腰の前任者に代わって就任し、帝国への聖戦を宣言した人物だ。(第四部参照)
そこでアラロフはクリフォードを鋭く睨む。
「……確かに王国に情報がもたらされることは確実ですね。それにハース提督ならあなたの死すら利用するでしょうし、あなたの義父、ノースブルック首相も英雄の死を無駄にするような方ではない。あなたの死を最大限生かすことでしょう」
嫌みを言われるが、クリフォードは気にすることはなかった。
「ですから、すべてお話ししているんです。我々が生きて帰ることこそが、貴国の安定に必要だと理解していただくために」
アラロフは再び笑みを浮かべてから反論する。
「確かにその通りですね。ですが、すべての前提はラングフォード中佐がニコライ閣下にお会いし、説得できるということにあります。言っては悪いですが、ラングフォード中佐はあなたではない。この場にあなたではなく、中佐がいらっしゃるなら私も諦めがついたかもしれませんが、失敗したようですね」
クリフォードは余裕の笑みを浮かべて答える
「それはどうでしょう? 我が友サミュエル・ラングフォードはまだ中佐に過ぎません。帝国の情報機関は優秀だと聞いていますが、どこまで調べられているのでしょうか? 無名だから能力がないとは限りませんし、我が友は実際、非常に優秀な男です。不確かな情報を信じて賭けに出るのは危険だと思いますが」
アラロフは言葉が出なかった。
(確かにラングフォード中佐に関する情報はそれほど多くないですね。佐官ですから戦略家としての能力を知られることはないでしょうし……コリングウッド准将がブラフで言っている可能性はありますが、ここで准将たちを処分するのは早計ですね。皇帝陛下の裁可をいただく必要があるようです……)
ここでアラロフは一旦負けを認めた。
「既にご存じのようですが、数日以内に皇帝陛下がこちらに戻られます。その際に貴官たちの処遇について相談いたしましょう」
クリフォードはアラロフとの交渉を乗り切ったことで安堵の息を吐きだしそうになるが、何とか堪えた。
「よろしくお願いいたします」
そう言って軽く頭を下げる。
それから二人は今後の話を始めたが、後ろで聞いていた副官のヴァレンタイン・ホルボーン少佐は二人の舌戦を思い出しながら戦慄していた。
(准将の胆力は凄いな。ラングフォード中佐が藩王を説得したとしても、どんな行動を採るかは誰にも分からない。皇帝に恩を売るために非難声明を出さない可能性もあるのだから。でも、准将の話を聞くと、我々が協力しない限り、藩王がどんな行動を採っても皇帝に不利になるようにしか聞こえなかった……)
そして、アラロフの表情を盗み見る。
(今は余裕の笑みを見せているが、先ほどは殺気が漏れていた。恐らく、帝国の不利益につながる何かが見えていたのだろう。私には皇帝の権力基盤は盤石に見えるのだが、思った以上に帝国も危ういのかもしれない……)
そこでクリフォードの背中に視線を向ける。
(自分の命すら交渉の材料に使っている。准将はハース提督やノースブルック首相が自らの死を利用すると本当に考えているのだろうか? 考えているとすれば、恐ろしいまでに冷静な人だな。私なら耐えられない気がする……)
ホルボーンはそのことを考え、僅かに身じろぎした。
アラロフから帝国に対する謀略の疑いがあると言われ、クリフォードは自らの策について話していく。
「まずニコライ藩王閣下に謁見し、今回の戦闘データを使いながらダジボーグ艦隊がアルビオン王国外交使節団を意図的に攻撃したと訴えます。更にゾンファ共和国の旧指導者の残党と共謀した可能性が高いことも説明します。そして、艦隊が独断でこのようなことを行うことは不自然であり、皇帝アレクサンドル二十二世陛下、もしくはそれに近い人物が命じた可能性が高いと訴えるのです……」
アラロフは予想通りの話であり、小さく頷いて先を促す。
「なぜこのような暴挙を行ったのかは不明ですが、このような愚かな行為を命じた者が帝国を動かしているという事実を使うのです。具体的にはスヴァローグ艦隊の将官たちにこの事実を伝えてはどうかと提案します。そうすることでスヴァローグ艦隊の上層部は皇帝陛下とその側近方に不信感を抱くはずですから……」
スヴァローグ艦隊は元ダジボーグ藩王の現皇帝アレクサンドル二十二世に対し、絶対の忠誠は誓っていない。現状ではスヴァローグ艦隊の総司令官、リューリク・カラエフ上級大将が帝国全体のために皇帝を支持しているに過ぎないのだ。
クリフォードはアラロフの表情をちらりと見た。表情は変わっておらず、ここまでは予想していたと判断し、更に話を続けた。
「もちろん、この程度の情報でニコライ閣下が我々アルビオン王国軍のために行動を起こしてくださることはないでしょう。ですので、別の提案も行うように指示しています」
アラロフの表情が僅かに動く。
「別の提案とは?」
「ニコライ藩王閣下がアルビオン王国との友好関係を維持するために、皇帝陛下の責任を追及していただければ、我が国は直接的な武力行使は難しくとも、閣下に対する全面的な支持を約束します。その程度の約束なら我が国の政府もためらうことはないはずです」
「支持を表明したとしても貴国が艦隊を派遣しなければ、皇帝陛下に勝てるとは思えませんが?」
アラロフの言葉にクリフォードは首を横に振る。
「勝敗についてはその通りでしょう。ですが、重要なことは皇帝陛下とニコライ閣下が相争う状況を作り出すことです」
その言葉にアラロフはニコリと微笑む。
「状況を作り出しても閣下が実際に行動に移される可能性は低いのではありませんか? あの方は思った以上に慎重ですよ」
その問いにクリフォードも微笑み返した。
「実際に動いていただかなくてもよいのです。帝国の威信を貶めた行為について、皇帝陛下に不満を表明していただくだけでよいのですから」
「……」
その言葉にアラロフは笑みを崩さなかったものの反論できない。
「皇帝陛下はニコライ閣下が直接軍事行動に出なくとも、スヴァローグから離れることは難しいはずです。先ほど申し上げた通り、ニコライ閣下はスヴァローグ艦隊の上層部に接触されるでしょうから、陛下も放置するわけにはいかないでしょう」
アレクサンドルが失態を犯したと宣伝されると、元々不安定なスヴァローグ艦隊が動揺し、一気に情勢が動く可能性があった。
「そう言えば、陛下は近々こちらに戻ってこられると聞きました。でしたら、スヴァローグ艦隊への揺さぶりが成功する必要すらありませんね」
「どういうことですか?」
アラロフは作り笑いを忘れて疑問を口にした。
「皇帝陛下がこのことを知れば、ニコライ閣下が動かれる前にスヴァローグ艦隊に対して何らかのアクションを起こさなければなりません。そうなると陛下自らがスヴァローグに向かうでしょうから、ダジボーグの人々は自分たちを軽んじていると更に不満を感じるでしょう……」
皇帝がスヴァローグを重視する姿勢を見せれば、ダジボーグの民が皇帝を見限る可能性が高くなり、皇帝の権力基盤は不安定になっていく。最悪の場合、新たなダジボーグ藩王が生まれ、帝国は再び三つ巴の内戦に陥る可能性すらあった。
「その状況を回避するためには、ニコライ閣下に大義名分を与えないことが重要です。つまり、今回の件に関する責任の所在を明らかにすることと、我々の早期解放です。過ちを認めた上に、我々が解放されれば、ニコライ閣下が陛下を追及することは難しくなりますから」
アラロフはクリフォードの考えを聞き、その洞察力に戦慄する。
(本当に恐ろしい方ですね。今までニコライ閣下が動かなかったのは勝機を得られないこともありますが、一番の理由は大義名分がなかったことです。外交使節団襲撃という不名誉な話はニコライ閣下に大義名分を与えるだけでなく、スヴァローグ艦隊の調略にも使えます……)
アラロフが考える通り、ニコライはアレクサンドルに牙を剥くタイミングを常に狙っている。しかし、スヴァローグ艦隊を味方に付けるためにはアレクサンドルではなく、自分に正義があると主張する必要があり、誰もが納得する大義名分を探していたのだ。
(それだけではありません。艦隊派遣は無理でも王国とFSUがニコライ閣下に対する支持を表明するだけなら可能性は充分にありますから、切っ掛けが欲しい閣下は飛びつくでしょう。それにしても僅かな情報から皇帝陛下と藩王閣下の心理をこれほどまでに洞察できるとは……)
ニコライは時間が経つほどアレクサンドルの権力基盤が強化され、自分に不利になることを理解していた。そのため、できる限り早い時期に行動を起こしたいと考えており、王国がニコライの支持を表明すれば、事態が一気に動き出す可能性は否定できない。
(……何より恐ろしいのは、ニコライ閣下が実際に動かなくとも皇帝陛下が対応せざるを得ない状況を作り出したことです。陛下ほどのお方であってもこの状況を変えることは至難の業でしょう……)
クリフォードの言葉の意味を考えた、アラロフは冷たい目でクリフォードを見つめる。
「今のお話を聞いて、あなたをここで亡き者にしておきたくなりましたよ」
「構いませんよ。帝国に混乱をもたらしたいのであれば」
クリフォードは笑みを浮かべてそう答えた。
彼の言葉にアラロフが表情を作ることなく反応する。
「あなたを殺しただけで我が国が混乱するとは思えないのですが?」
「ラングフォード中佐にはニコライ藩王閣下との交渉を終えたら、直ちに帰国するよう指示しております。その際、小官と部下たちの存在が隠されていたら、大々的にこの件を公表するよう、ハース提督に進言する手筈になっています。提督なら私の死を王国の平和のために有効に活用してくださるでしょう」
「私たちがそれを見逃すと思っておられるのですか?」
「外交使節団はストリボーグからシャーリアへ、そしてロンバルディア、ヤシマを経由して帰国します。シャーリアからは充分な護衛を用意してもらう予定です。幸い、小官もラングフォード中佐もシャーリアの導師とは面識がありますし、小官からの命令書を見せれば、充分な護衛が付くはずです。偽装した武装商船程度では全滅させることは不可能ですよ」
導師はシャーリア法国の最高指導者である。現在の導師はクリフォードが帝国軍と戦った際に弱腰の前任者に代わって就任し、帝国への聖戦を宣言した人物だ。(第四部参照)
そこでアラロフはクリフォードを鋭く睨む。
「……確かに王国に情報がもたらされることは確実ですね。それにハース提督ならあなたの死すら利用するでしょうし、あなたの義父、ノースブルック首相も英雄の死を無駄にするような方ではない。あなたの死を最大限生かすことでしょう」
嫌みを言われるが、クリフォードは気にすることはなかった。
「ですから、すべてお話ししているんです。我々が生きて帰ることこそが、貴国の安定に必要だと理解していただくために」
アラロフは再び笑みを浮かべてから反論する。
「確かにその通りですね。ですが、すべての前提はラングフォード中佐がニコライ閣下にお会いし、説得できるということにあります。言っては悪いですが、ラングフォード中佐はあなたではない。この場にあなたではなく、中佐がいらっしゃるなら私も諦めがついたかもしれませんが、失敗したようですね」
クリフォードは余裕の笑みを浮かべて答える
「それはどうでしょう? 我が友サミュエル・ラングフォードはまだ中佐に過ぎません。帝国の情報機関は優秀だと聞いていますが、どこまで調べられているのでしょうか? 無名だから能力がないとは限りませんし、我が友は実際、非常に優秀な男です。不確かな情報を信じて賭けに出るのは危険だと思いますが」
アラロフは言葉が出なかった。
(確かにラングフォード中佐に関する情報はそれほど多くないですね。佐官ですから戦略家としての能力を知られることはないでしょうし……コリングウッド准将がブラフで言っている可能性はありますが、ここで准将たちを処分するのは早計ですね。皇帝陛下の裁可をいただく必要があるようです……)
ここでアラロフは一旦負けを認めた。
「既にご存じのようですが、数日以内に皇帝陛下がこちらに戻られます。その際に貴官たちの処遇について相談いたしましょう」
クリフォードはアラロフとの交渉を乗り切ったことで安堵の息を吐きだしそうになるが、何とか堪えた。
「よろしくお願いいたします」
そう言って軽く頭を下げる。
それから二人は今後の話を始めたが、後ろで聞いていた副官のヴァレンタイン・ホルボーン少佐は二人の舌戦を思い出しながら戦慄していた。
(准将の胆力は凄いな。ラングフォード中佐が藩王を説得したとしても、どんな行動を採るかは誰にも分からない。皇帝に恩を売るために非難声明を出さない可能性もあるのだから。でも、准将の話を聞くと、我々が協力しない限り、藩王がどんな行動を採っても皇帝に不利になるようにしか聞こえなかった……)
そして、アラロフの表情を盗み見る。
(今は余裕の笑みを見せているが、先ほどは殺気が漏れていた。恐らく、帝国の不利益につながる何かが見えていたのだろう。私には皇帝の権力基盤は盤石に見えるのだが、思った以上に帝国も危ういのかもしれない……)
そこでクリフォードの背中に視線を向ける。
(自分の命すら交渉の材料に使っている。准将はハース提督やノースブルック首相が自らの死を利用すると本当に考えているのだろうか? 考えているとすれば、恐ろしいまでに冷静な人だな。私なら耐えられない気がする……)
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