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第二章「王国侵攻編」
第三十話「シーバスの覚悟」
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五月九日の夕方。
ウイリアム・アデルフィは茜色に染まる空の下、テスジャーザに帰還した。
出発時は五百名のロセス神兵隊の若者を率いていたが、帰還時は彼一人だけだ。
幸いなことに、ロセス神兵隊の存在は秘匿されており、彼が指揮官であった事実を知る者は少ない。
そのため、聖堂騎士団の中隊長という地位を使い、帰還後すぐに総司令官であるペルノ・シーバスに面会する。
シーバスはアデルフィの姿を見て、すぐに彼に近づき、労いの言葉を掛けた。
「ご苦労だった」
その短い言葉には汚れ仕事をさせたことへの謝罪の思いも含まれている。
アデルフィはその言葉に表情を変えることなく、「お人払いをお願いします」と言った。
シーバスもすぐに彼の意図に気づき、副官や護衛を下げさせた。
二人だけになったところで、アデルフィは「まずは謝罪を」と言って大きく頭を下げる。
「魔帝暗殺作戦の失敗、ロセス神兵隊全滅、更には民たちの王国に対する信頼を大きく損ねたこと、すべて私の能力不足が招いたことです。いかなる処分も甘んじてお受けいたします」
「謝罪は不要だ。それよりも報告を頼む」
アデルフィは無差別テロから勇者ロイグによる魔帝暗殺まで、知っている限りの情報を話した。
シーバスはそれを黙って聞き、報告が終わったところで疑問を口にした。
「脱出に成功したようだと言ったが、勇者はどうなったのだ?」
「私にも彼らがどうなったのかは全く分かっておりません。ただ、魔族軍がしつこく勇者殿を捜索していたことだけは間違いなく、恐らくですが、気配遮断のマントを使って、魔族の索敵範囲から脱出したのではないかと」
「勇者が近くにいるなら合流を待った方がよいな……魔帝と戦ってみて、どう思った。我らに勝ち目はあると思うか?」
シーバスは弱気になっており、普段ならまず自らの戦略を語るのだが、それを飛ばしていきなり質問した。
アデルフィも作戦の失敗によって精神的に参っており、思いついたことを述べていく。
「魔帝ラントは恐ろしい敵です。一度使った手は二度と通用いたしません。それどころか、私の策を先回りするようにことごとく潰してきました。確認できたわけではありませんが、戦略や謀略といったスキルを有しているのではないかと」
シーバスはその言葉に納得の表情を見せる。
「やはりか……君も知っていると思うが、ロセス神兵隊が行った住民の殺害がここテスジャーザでも噂になっている。ナイダハレル近郊の農村から逃げてきた者が話していたということになっているが、恐らく魔帝が放った工作員がばら撒いたものだろう。そのお陰で我が兵団は町の住民から敵視されている」
アデルフィも町に入ってから案内の兵士などにその話を聞いており、大きく頷いた。
「閣下のお考えの通りだと思います。ナイダハレルではロセス神兵隊に対する裁判を衆人の前で行い、公開処刑を行っております。その際、住民の感情を巧妙に操作し、王国への忠誠心を奪っておりました。敵ながら見事というしかないほどの手際でした」
シーバスは小さく頷くが、言葉を発しない。二人の間を沈黙が支配する。
十秒ほどの沈黙の後、シーバスはテスジャーザの現状についてアデルフィに説明していった。
「先ほども言ったが、我が兵団は領主のテスジャーザ侯を始め、ここの住民たちに疎まれている。カダム連合の援軍とも溝ができ、北の森での迎撃準備も行えていない。それどころか、テスジャーザ防衛隊の協力もなく、偵察すらままならん状況だ……」
図面や書類を使い、防衛体制について五分ほど説明する。
「……現状では町の外で迎え撃つことは不可能だ。私としては住民たちを避難させた上で、この町の城壁を活用して戦うしかないと思っている」
アデルフィはその案に首を横に振る。
「それでは敵に一矢報いることなく、敗北するでしょう」
そのストレートな言い方にシーバスは怒るより驚いた。今までのアデルフィも婉曲な表現は少なかったが、少なくとも上司の案を頭から否定することはなかったからだ。
しかし、すぐにアデルフィに何か考えがあると気づき、気にしたようなそぶりも見せずに確認する。
「では、どうすればよいと思うのだ? 君なら魔帝の軍勢にどう立ち向かう?」
その問いにアデルフィは最初答えなかった。
「私は魔帝ラント率いる軍勢と戦い、何度も苦汁を舐めました。四百七十名の神兵隊を使い潰すつもりで戦いを挑んだにもかかわらず、魔族を一体も倒すことができなかったのです。七万人の軍勢であっても一万弱の魔族軍に挑めば、成すすべもなく敗北することは必定と考えます……」
シーバスは彼の言葉を遮ることなく、聞き続けている。
「……ですが、一つだけ分かったことがあります。魔帝ラントは部下を大切にします。いえ、我が子のように愛していると言ってもいいでしょう。聞いた話に過ぎませんが、一介の戦士が命を落としただけで号泣しております。その時は我々を誘い出すための演技だと思いましたが、神兵隊の最後の戦いを見た限りでは、本気で部下を愛し、部下もまた魔帝を心から尊敬しているようでした」
「聞く限りでは理想の皇帝だな」
シーバスのその言葉にアデルフィは答えることなく、話し続ける。
「更に占領地域の住民に対しても自国の民と分け隔てなく扱い、住民たちを守る姿勢を見せました。この話が広まれば、我が国の民たちは魔帝に忠誠を誓うことでしょう」
「なるほど。聞けば聞くほど良い為政者だが、結局どう対処するつもりなのだ?」
その問いにアデルフィははっきりとした口調で答えていく。
「魔帝ラントは完璧な勝利、味方が誰一人戦死することがない勝利を目指しています。そのため、部下が罠に掛かれば、全力で救出しようとするはず。救出が困難であっても、自らが危険になっても、部下を助けようと足掻くでしょう。また、降伏した民を守ろうと、最善を尽くそうとするはずです。そこに活路を見出します」
「味方を誰一人死なせない勝利か……机上の空論だが、本気でそんなことを考えているのか、魔帝ラントは」
「確証はありませんが、私は確信しています。実際、神兵隊との戦闘で戦死者が出た後は、自らの周囲の兵を削ってまで警邏隊を増強していました。私のように五百名の部下を見殺しにしたにもかかわらず、おめおめと生き残った者とは対極にあると言っていいでしょう」
アデルフィは自嘲気味に笑う。
「うむ。魔帝ラントの性格は理解した。そこに付け込むという君の考えも。その上で具体的にはどうしたらよいのか。魔族の戦いを直接見た君の意見を聞きたい」
「ご説明する前に閣下の覚悟をお聞きしたい。魔族軍に勝つためにはどのような手でも使うというご覚悟はおありなのでしょうか」
アデルフィは抜き身の剣のような鋭い眼光で問う。
シーバスはその眼光を真正面から受け止めて即答する。
「覚悟はある。既に神兵隊に悪逆非道な策を実行させているのだ。どれほどの汚名を被る策であろうとためらうことなく実行してみせよう」
「では、私の作戦を説明いたします。私も閣下と同じく、ここで迎え撃つしかないと考えております……」
アデルフィはナイダハレルからの逃走中に考えた作戦を説明していった。
「……勝利したとしても聖王陛下のご不興を買うことは間違いありません。また、勇者が戻らなければ、魔帝を倒すことはできず、最終的な勝利は得られません。魔族軍に一定程度のダメージを与えることはできるかもしれませんが、その場合、魔帝ラントの怒りを呼び、鮮血帝ブラッドの再来となる可能性も否定できません」
鮮血帝ブラッドは第五代魔帝で、人族を根絶やしにするため、殺戮の限りを尽くした悪名高い魔帝だ。
アデルフィは魔族軍に大きなダメージを与えれば、ラントが怒り狂ってブラッドのように殺戮を始める可能性があると指摘した。
そして、シーバスにもう一度覚悟を問う。
「それでも実行されますか?」
「やるしかあるまい。君の言う通り、魔帝が怒り狂う可能性はある。だが、ここで手を拱いて侵略を許せば、我が王国は魔帝ラントによって自壊する。魔帝に滅ぼされたのなら、時間は掛かるが復活は可能だ。しかし、自ら崩壊した場合、魔帝の支配を受け入れるしかなくなるだろう。それだけは回避せねばならん」
内部崩壊するより外部から攻め滅ぼされた方が、人々が復活を諦めないとシーバスは考えた。これはアデルフィも同じだった。
「では、早速計画を練り直しましょう。魔族軍はいつ動いてもおかしくありませんから」
「そうだな。だが、骨が折れる仕事になりそうだ」
二人は深夜になるまで検討を続けていった。
ウイリアム・アデルフィは茜色に染まる空の下、テスジャーザに帰還した。
出発時は五百名のロセス神兵隊の若者を率いていたが、帰還時は彼一人だけだ。
幸いなことに、ロセス神兵隊の存在は秘匿されており、彼が指揮官であった事実を知る者は少ない。
そのため、聖堂騎士団の中隊長という地位を使い、帰還後すぐに総司令官であるペルノ・シーバスに面会する。
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「勇者が近くにいるなら合流を待った方がよいな……魔帝と戦ってみて、どう思った。我らに勝ち目はあると思うか?」
シーバスは弱気になっており、普段ならまず自らの戦略を語るのだが、それを飛ばしていきなり質問した。
アデルフィも作戦の失敗によって精神的に参っており、思いついたことを述べていく。
「魔帝ラントは恐ろしい敵です。一度使った手は二度と通用いたしません。それどころか、私の策を先回りするようにことごとく潰してきました。確認できたわけではありませんが、戦略や謀略といったスキルを有しているのではないかと」
シーバスはその言葉に納得の表情を見せる。
「やはりか……君も知っていると思うが、ロセス神兵隊が行った住民の殺害がここテスジャーザでも噂になっている。ナイダハレル近郊の農村から逃げてきた者が話していたということになっているが、恐らく魔帝が放った工作員がばら撒いたものだろう。そのお陰で我が兵団は町の住民から敵視されている」
アデルフィも町に入ってから案内の兵士などにその話を聞いており、大きく頷いた。
「閣下のお考えの通りだと思います。ナイダハレルではロセス神兵隊に対する裁判を衆人の前で行い、公開処刑を行っております。その際、住民の感情を巧妙に操作し、王国への忠誠心を奪っておりました。敵ながら見事というしかないほどの手際でした」
シーバスは小さく頷くが、言葉を発しない。二人の間を沈黙が支配する。
十秒ほどの沈黙の後、シーバスはテスジャーザの現状についてアデルフィに説明していった。
「先ほども言ったが、我が兵団は領主のテスジャーザ侯を始め、ここの住民たちに疎まれている。カダム連合の援軍とも溝ができ、北の森での迎撃準備も行えていない。それどころか、テスジャーザ防衛隊の協力もなく、偵察すらままならん状況だ……」
図面や書類を使い、防衛体制について五分ほど説明する。
「……現状では町の外で迎え撃つことは不可能だ。私としては住民たちを避難させた上で、この町の城壁を活用して戦うしかないと思っている」
アデルフィはその案に首を横に振る。
「それでは敵に一矢報いることなく、敗北するでしょう」
そのストレートな言い方にシーバスは怒るより驚いた。今までのアデルフィも婉曲な表現は少なかったが、少なくとも上司の案を頭から否定することはなかったからだ。
しかし、すぐにアデルフィに何か考えがあると気づき、気にしたようなそぶりも見せずに確認する。
「では、どうすればよいと思うのだ? 君なら魔帝の軍勢にどう立ち向かう?」
その問いにアデルフィは最初答えなかった。
「私は魔帝ラント率いる軍勢と戦い、何度も苦汁を舐めました。四百七十名の神兵隊を使い潰すつもりで戦いを挑んだにもかかわらず、魔族を一体も倒すことができなかったのです。七万人の軍勢であっても一万弱の魔族軍に挑めば、成すすべもなく敗北することは必定と考えます……」
シーバスは彼の言葉を遮ることなく、聞き続けている。
「……ですが、一つだけ分かったことがあります。魔帝ラントは部下を大切にします。いえ、我が子のように愛していると言ってもいいでしょう。聞いた話に過ぎませんが、一介の戦士が命を落としただけで号泣しております。その時は我々を誘い出すための演技だと思いましたが、神兵隊の最後の戦いを見た限りでは、本気で部下を愛し、部下もまた魔帝を心から尊敬しているようでした」
「聞く限りでは理想の皇帝だな」
シーバスのその言葉にアデルフィは答えることなく、話し続ける。
「更に占領地域の住民に対しても自国の民と分け隔てなく扱い、住民たちを守る姿勢を見せました。この話が広まれば、我が国の民たちは魔帝に忠誠を誓うことでしょう」
「なるほど。聞けば聞くほど良い為政者だが、結局どう対処するつもりなのだ?」
その問いにアデルフィははっきりとした口調で答えていく。
「魔帝ラントは完璧な勝利、味方が誰一人戦死することがない勝利を目指しています。そのため、部下が罠に掛かれば、全力で救出しようとするはず。救出が困難であっても、自らが危険になっても、部下を助けようと足掻くでしょう。また、降伏した民を守ろうと、最善を尽くそうとするはずです。そこに活路を見出します」
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「ご説明する前に閣下の覚悟をお聞きしたい。魔族軍に勝つためにはどのような手でも使うというご覚悟はおありなのでしょうか」
アデルフィは抜き身の剣のような鋭い眼光で問う。
シーバスはその眼光を真正面から受け止めて即答する。
「覚悟はある。既に神兵隊に悪逆非道な策を実行させているのだ。どれほどの汚名を被る策であろうとためらうことなく実行してみせよう」
「では、私の作戦を説明いたします。私も閣下と同じく、ここで迎え撃つしかないと考えております……」
アデルフィはナイダハレルからの逃走中に考えた作戦を説明していった。
「……勝利したとしても聖王陛下のご不興を買うことは間違いありません。また、勇者が戻らなければ、魔帝を倒すことはできず、最終的な勝利は得られません。魔族軍に一定程度のダメージを与えることはできるかもしれませんが、その場合、魔帝ラントの怒りを呼び、鮮血帝ブラッドの再来となる可能性も否定できません」
鮮血帝ブラッドは第五代魔帝で、人族を根絶やしにするため、殺戮の限りを尽くした悪名高い魔帝だ。
アデルフィは魔族軍に大きなダメージを与えれば、ラントが怒り狂ってブラッドのように殺戮を始める可能性があると指摘した。
そして、シーバスにもう一度覚悟を問う。
「それでも実行されますか?」
「やるしかあるまい。君の言う通り、魔帝が怒り狂う可能性はある。だが、ここで手を拱いて侵略を許せば、我が王国は魔帝ラントによって自壊する。魔帝に滅ぼされたのなら、時間は掛かるが復活は可能だ。しかし、自ら崩壊した場合、魔帝の支配を受け入れるしかなくなるだろう。それだけは回避せねばならん」
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