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6章【外交編・ブライエ国】

53 たわけ

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「そんなに拗ねないでください」
「リーシェはいつもあの男を庇う」
「別に庇ってるわけではないです。利益の取捨選択をしてるだけであって」
「……わかってはいるが腹が立つ」

ブライエ国に帰りながらの馬上。私とクエリーシェルは2人で相乗りしながら砂漠を超えているのだが、私がギルデルをコルジール国に連れて帰ると決めたのが不服なようで、ずっと不機嫌なままだった。

「貴重な情報源ですし」
「わかっている」
「一応協力的ですし」
「わかっている」
「もし何か怪しい動きがあればすぐに捕縛しますから」
「捕縛など言わずに極刑にすればいいだろ」
「もう、ケリー様ったら……」

嫉妬だというのはわかっているし、以前本意ではないがキスしてしまった手前、クエリーシェルにあまり強く言えない。私はクエリーシェル一筋だというのに、色々とあったがために心中を複雑にさせてしまっているようだった。

「私はケリー様一筋ですよ?」
「わかっている」
「ちゃんとわかってます?」
「あぁ」
「じゃあ、こっち向いて」

ずっと逸らしたままだった視線をこちらに向けるように促す。すると、渋々ながらも私のほうを向いたクエリーシェルの首を捉えると、背伸びしてチュッと唇を重ねた。

「~~っ!」
「私が自分からしたいと思えるのはケリー様だけですから。今はこれで機嫌を直してください」
「……わかった」

クエリーシェルの腕を抱くようにギュッとすると、途端に赤くなる。考えてみたらこうして甘えるのは久々だと思うと、なんだかいつもよりもドキドキとしてきて、自分も顔が熱くなるのを感じた。

(というか、つい勢いでやってしまったけど、今のってだいぶ積極的すぎたのではないだろうか。欲求不満に思われてはないだろうか。というか、今の確実にはしたないやつ)

ぐるぐると今更恥じ入る。とんでもないことをしてしまったと思ってもあとの祭りで、クエリーシェルに淫乱だと思われたらどうしようかと涙目になる。

「リーシェ」
「は、はい……っ」

上を見上げるとクエリーシェルと目が合う。あまりに真剣な瞳に釘付けになり、そして唇が再び重なろうとしたそのときだった。

「[たわけ。盛り上がるのはまだ早い]」

スコン、スコーン!

頭上を剣の鞘で思いきり叩かれて、痛む後頭部を押さえる。クエリーシェルも同様に思いきり叩かれたようで頭を押さえていた。

「[せめて帰ってからやれ。士気が下がる]」
「[も、申し訳ありません、シグバール国王]」
「[ま、気が抜ける気持ちはわかるがな!ワシも妻がいたらそうしておっただろうしな!]」

ガッハッハ、と豪快に笑い飛ばされるも、つい相乗りしていたせいで周りが見えず、気が抜けたことも相まって痴態を晒していたと思うと羞恥で死にそうだった。

クエリーシェルも同様だったようで、「すまない、帰国ということでつい気を抜いてしまった」と謝られる。

「私もそうでしたから謝らないでください」
「いや、本来年上である私が気づかねばならないことだった。悪い」

なんだか気まずくなってしまった。ブライエ国に着くにはまだ距離があるし、話を逸らそうと話題を探す。

「そういえば、メリッサとヒューベルトさんは元気ですかね」
「確かにヒューベルトは心配だな」
「悪化していないといいのですが……」

自分で話題を振ったとはいえ、ヒューベルトのことが気がかりで気落ちする。自分を助けてくれたからこそ失ってしまった腕。自分のせいで彼は不自由な人生を送ることになってしまったことに責任を感じる。

「リーシェ。そう思い詰めるな。ヒューベルトは自分で選択したことだ。そして戦場はどんなことだって起こりうる。それを覚悟して騎士になっているんだ。それも今回は誰のせいでもない。選んだのはヒューベルト自身だ」
「そう、かもしれないですけど」
「いいか、リーシェ。責任を感じることも大切だが、それ以上に強くあらねば。全て背負って潰れてしまうのではなく、全て背負ってもなお前に進める強さが必要だ」
「背負ってもなお進める強さ……」
「17のリーシェに背負うには重いだろうが、それでも前に進むと決めたなら振り返るな。もしあまりにも重いというのなら私も共に背負おう。だから、後ろ向きになってはならない。人を率いるというのなら、なおさらだ」

実際に軍を率いているからこそのクエリーシェルの言葉の重み。それは現実を知っているからこその重みだった。

(そうだ。私は皇帝を倒すと決めたのだから、そこまでまっすぐ突き進まねば。反省するのはそれからだ)

反省することなんていつでもできる、と思い直す。責任は負う。だが、いつまでも引きずっていることに意味はない。それが枷になるのなら、私はそれを切り捨てなければならないのだ。

「ありがとうございます。ケリー様」
「いや、礼を言われるほどのことでもない。とにかく今は帰ることだけ考えよう。ブライエ国に着いたなら早々に用意をしてコルジール国に帰らねば」
「そうですね。クイード国王も首を長くして待っているでしょうし」
「それは間違いないな。これだけの成果があれば大喜びするだろうが」
「あまり陛下が喜ぶところを想像できないですが」

あの変わり者のクイード国王が大喜びするところを想像してあまりのおかしさに妄想をかき消す。うん、我ながらありえない。

「まぁ、想像できないが喜ぶだろう。わざわざ船旅をしただけのことはあるということだ」
「そうですね。頑張りましたもんね」

長いようで短かった旅。これでおしまいだと思うとなんだか寂しい気もするが、帰りは帰りでまだまだ色々とあるだろう。気を抜くわけにはいかない。

(帰る場所があるっていいな、やっぱり)

故郷はなくなってしまったが、今はコルジールが自分の故郷だと言える。そこにクエリーシェルと無事に共に帰れることを嬉しく思いながら馬に揺られてブライエ国を目指すのだった。
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