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6章【外交編・ブライエ国】

45 恐怖

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「あーー、もーー、信じられない……!こんなの作ったやつ誰よ!」
「リーシェ、下は見ないでまっすぐ私だけを見て進むんだ」
「そうは言ってもですねー!そうは言ってもですねぇー!あーーーー!!」

声が幾重にも反響する。それがより恐怖を煽ってくるのが憎らしい。

正直さっきまでどうとでもなると思っていたが、案外恐い。いや、想像以上に怖い。シオンとクエリーシェルは既に渡ってしまったが、思いのほか矢の量は多いし、勢いも速さも想像以上で思わず尻込みしてしまう。

クエリーシェルに下を見るなと言われても目が眩むような深さで、夜目が効く私でさえ見通せないほどの真っ暗闇は、まるで何かを飲み込もうとでもしてるかのような怪物じみたものに見えてくる。

クエリーシェルは珍しく普段と違ってあわあわとする私に感化されたのか、同じくあわあわとしているし後ろでは面白いものでも見るようにニタニタとギルデルが笑っていた。

「おや、高所恐怖症ですか?」
「違う、けど!怖いものは怖いの!」
「リーシェ、何かあったら受け止めるから一気に駆け抜けるのだ」
「駆け、抜けろと言うんですか……?ここを……!?」

先に命綱をつけてその端をクエリーシェルに持って行ってもらえばよかった!と思っても後の祭りだ。

そもそもここでぐだぐだと恐怖に慄いている場合ではない。早く先に進まねば、と自分で自分を鼓舞する。

(やれるやれるやれるやれる。私はやれる……!)

自分に言い聞かせるように何度も同じ言葉を繰り返す。まさに自己暗示だ。だが、何度も思っているとだんだんとできるような気になってくる。

「[ステラ!さっさとしろ!ちんたらしてる時間ないぞ!!]」
「[わかってるわよ!!]」

シオンに急かされながら、大きく深呼吸をする。

(怖い怖い怖い。本当は怖いけど、こんなとこで怖気づいている場合ではない)

自分にもこうも怖いものがあったのだなぁ、とある意味ちょっと感動しつつ、私はまっすぐクエリーシェルを見つめる。

「走ります!」
「あぁ、来い!」
「もし足踏み外したらよろしくお願いします!!」
「わかった!受け止める!!」
「[おい、お前達何言ってるかわからんが、ろくでもないことはするなよ!?]」

私が決意表明をしているとシオンが不安になったのか茶々を入れてくる。

「[大丈夫!走る!!]」
「[走る!?足震えてんじゃねぇか!?お前!!]」
「[そうは言っててもぐだぐだしてたら余計に怖いもの……!]」

(覚悟を決めたら一気に行く……!!)

私はわき目も振らずに、真っ直ぐクエリーシェルだけを見つめて走る。

カション、カション、カション……!

ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン

近くで矢が射られる音が聞こえるが、全速力で一気に駆け抜けた。

(よし、もう少し……っ!!)

一瞬、気を抜いたときだった。あまりに焦りすぎたせいか、足がもつれる。

(あ、ヤバい……っ!持っていかれる!!)

バランスを崩し、体勢を立て直そうにも矢が迫っていることがわかる。

真っ逆さまに落ちるか、それとも矢を受けるか、どっちか選択しなければならないと究極の選択を迫られたときだった。

「リーシェ!!!」

ガキン、カン、カン……っ!

ふわっと身体が浮いたかと思えば、目の前では矢が真っ二つに次々折れ、弾かれるように飛んでいった。

「って、うわっ!」
「[ステラ、受身を取れ、受身!!]」
「はっ!?へ?あ、受身!?」

そこで初めて私は投げ飛ばされて、橋を渡り切ったことに気づく。慌てて受身を取れば、盛大に背中やお尻から着地しなくて済んでホッとした。

「無事か!?」
「だ、大丈夫です。助かりました」

クエリーシェルが真っ青な顔で戻ってくる。そしてそのまま抱きしめられて、苦しいながらも彼の背中に腕を回した。

「ありがとうございます」

私が転んだ瞬間から走って駆けつけてくれたのだろう、息が上がっているのがわかる。そして、咄嗟の判断で私を投げ飛ばし、矢を防いでくれたという荒技をやってのけたクエリーシェルに感謝した。

(本当ケリー様には助けてもらってばかり)

「無事でよかった」
「ケリー様の機転のおかげです」
「無我夢中だっただけだがな」
「あのぅ、そこでイチャつかれても困るんですがぁ~」

私達が抱き合っていると、ギルデルがさもつまらなさそうに声をかけてくる。

「イチャついてない!というか、貴方はこっちに来れるの!?」

あまり運動神経がなさそうなのに、そんなに余裕があるのはどういうことだろうか、と不思議に思っていると、ギルデルは「大丈夫ですよ、ご心配なく~」と言うや、どこかへスタスタと歩いていく。

「ちょっと!どこへ行くの!?逃げる気!??」
「そんな、まさかぁ~。今更ですよ、そういうの。こっちに近道がありますので」
「は、近道?」

そう言ってギルデルが行った先にはゴンドラがあった。

「ボクはこれで行きますからご安心を」
「それがあるなら先に言え!!!」
「だって、橋があるならどこか?としか聞かれてませんし?」
「この野郎……!」

(さっきの感想的なのなんだったの!)

しかも、クエリーシェルは今まで見たことのない形相でギルデルを睨んでいる。

「け、ケリー様。まだ殺さないでください」
「あぁ、今は、殺さない。……よう努力する」

そろそろクエリーシェルの堪忍袋の緒が切れそうだとヒヤヒヤしながら、ゆうゆうとやってくるギルデルを待つのだった。
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