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4章【外交編・サハリ国】

13 憤怒

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「ちょ、痛っ!何をするんですの!」
「いいから。まずは話を聞きましょう」

多少手荒に彼女を椅子に座らせれば、途端抗議の声が飛んでくる。相変わらず気の強い娘だ。

「で、でも、クエリーシェル様が!」
「彼は意識を失っているだけです。そのうち目覚めますよ。で?そもそも何で貴女がここにいるんです。それと、どうしてクエリーシェル様がこんな状態になっているんですか」
「そ、それを貴方に言う必要性を感じないわ」

極めて冷静に言うように努める。多少強めの口調なのは憤っているからに他ならないが、出来る限りその怒りは抑えているつもりである。

そもそも、抑えていないと今ここで罵倒して張っ倒してしまいたいくらいには私は怒っている自覚があった。

だが、そんな私の心中など知ってか知らずか、ふん、とそっぽを向くマーラ。あからさまに抵抗する気満々だが、こちらとしてもそれを認めるわけにはいかない。

そもそも、これは無断乗船な上に窃盗だ。いくら他国の姫だとは言え、犯してはいけない領域にがっつりと踏み込んでいる。

「感じなくても、言っていただかなくては困るんです。言っておきますが、ここはコルジール国の船ですよ?カジェ国の船に乗っているのとは訳が違います。これがどういうことか、おわかりですか?」
「お、脅すのですか!?この、ワタクシを!!ワタクシはカジェ国の第8皇女ですよ!!?」
「だから?」
「ひ……っ!」

怒りが顔に出て、さらに声音にも出てしまった。私の様子にやっと気づいたのか、途端顔を真っ青にして慌て出したマーラだが、私はあえて追及するのをやめなかった。

「これ、国際問題になる案件ですからね。いくら15という若年だとしても、知らなかったじゃ済まされないことですよ?下手したら拉致される可能性だって、殺される可能性だってあるんですから」
「な、何で貴女にそんなこと言われなければならないのよ!そもそも貴女は何者なのよ!?私に言える立場なの!!?」

声を荒らげるマーラ。追い詰められている状況だからか、それとも私を舐めているからか、眦を吊り上げて歯向かってくる。

「私はペンテレア国の第2皇女です」
「ペ、ペンテレアなんて国聞いたことないわ!」
「でしょうね。過去に滅んだ国ですから。ですが……」
「は!国が滅んだぁ?だったら貴女ただの人じゃない。そもそも、そんな国本当にあったかさえも怪しい。やめてくださる?私に対抗して皇女だなんだなんて。どうせあったとしても小国のくせにどこかに喧嘩でも売って自滅でもして滅んだのでしょ……っ」

パン……っ!!!!

思い切り振り被って、平手で彼女の頬を打つ。乾いた大きな音は室内に響き、クエリーシェルのそばにいたヒューベルトは呆気に取られているようだった。

ジンジンと手の平が痛む。だが、それよりも怒りの方が勝っていた。

「な!何をするんですの!!」
「いい加減にしないと、その口、開けなくしますよ」
「…………っ!!!!」

自分でも感情が抑えられなくなっているのがわかる。顔も感情剥き出しの酷い有り様だろう。だが、どうしても目の前の小娘が許せなかった。

「私のことはいくらでもさげすもうがかまいませんが、国を馬鹿にすることは断じて許しません」

両親、姉、城の人々、国民。彼ら全てを侮辱するのは、どうしたって許せなかった。それはリーシェとしてではなく、ステラとしての感情だった。

いくら今は亡き国だと言えど、それを揶揄やゆされて受け入れられるほど私は寛容ではなかった。これは私の誇り、第2皇女としてのプライドだった。

「……ん。あれ、ここは……どうした、リーシェ。酷い顔をしているが、何かあったのか?」

先程の平手打ちの音で起きたのか、クエリーシェルが目を覚ます。間がいいのか悪いのか、とりあえず彼の言葉に今は上手く返すことができず、とにかく一旦この部屋から出たかった。

「……すみません、頭を冷やしてきます。ヒューベルトさんは申し訳ありませんが、この人を見張っていてください。なるべくすぐに戻ってくるようにしますので」
「はい!かしこまりました」
「リーシェ……っ」

クエリーシェルが何か言いかけていたが、それに返すことなくそのまま部屋を出る。そして、甲板の近くの廊下まで出ると、はぁ……と大きく溜め息をつきながら、いつのまにか赤く腫れ上がった手に視線を落とす。

(平手打ちなんて初めてしたわ)

後悔はない。だが、彼女も言ってしまった手前プライドの高さゆえに引っ込みがつかなくなってしまったのはわかってはいたが、それでも私は怒りのままに手を上げてしまった。

「感情のコントロールはしてたつもりなのに……」

あの日、国を出て以来、感情を殺して生きてきた。それなのに、これほどまでに怒りを感じる日が来ようとは、思ってもみなかった。

(私もまだまだということね)

クエリーシェルにもヒューベルトにもあとで謝っておかないとなぁ、と思いながら、私は海風に当たりながら頭を冷やすのだった。
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