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3.5章【閑話休題・過去編】

ヒューベルト編4

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「まぁ、薄々気づいているだろうが、彼女は亡国の姫だ」

(姫とはまた、予想外だな)

他の令嬢とは違った要素があることは承知していたが、まさか亡国の姫とは。道理で我が国王が注目し、各国の王が歓待するわけだ。

しかしなぜ亡国の姫が、とも思ったが自分がそこを詮索したところでどうしようもない。俺のような下々の仕える身としては、ただ受け入れるのみだ。

(まさか、亡国の姫に懸想してたなんて)

不敬極まりないことに自嘲する。だが、やはり燻っている気持ちはどうにも全て消すことができないのが厄介である。

(考えてみたら、初恋なのか)

寄宿学校ではそんな余裕はもちろんなかったし、家でも敬遠されていた身だ。見合いの話など皆無だった。

一応世間体を考えてのパーティーに招待されることはあったものの、自分の立場上や身体上の理由から婚約者を望むことはなかった。

そのため、多少なりともこの見目で女性から寄ってくることはあったものの、どれもこれも適当に理由をつけて断っていたのだ。

だから、こうして女性とこんなにも近くなったのは、リーシェさんが初めてである。

(姫だという立場だったのに、あの気安さというのも不思議な方だ)

姫であれば気位が高いだろうに、そんな様子など少しも見受けられなかった。寧ろ丁寧にこちらのへりくだっている姿は、まさに主従逆転といったような状態だ。

先日のアレルギーの件でだって、臆することなく私に触れ、さらに寝ずの番で処置までしてくれた。普通、ここまでできるのは従者でさえも相当な忠誠心がない限り、なかなかいないだろう。

今も会うたびに体調を気遣ってくれるし、手の包帯も定期的に取り替えてくれている。

一応毎度そこまでしなくても良いと辞退しているが、「あまり知られたくないのでしょう?だったら私がやるのが好都合ではありませんか」といなされてしまった。

(リーシェさん……)

あの可愛らしい少女が自分に触れ、優しくしてくれると、まるで自分に好意を持ってくれているのかと錯覚しそうになる。

先日の人工呼吸も救命処置だと頭ではわかっているのに、今でもあの唇の感触を思い出しては頭を抱えるほど脳裏に焼き付いている。というか既に何度も夢に出てきては、その先を望む自分がいて、起きるたびに自省する日々だった。

「今回の旅は彼女にかかっている。クイードに何か言われたようだが、この先旅を共にするのであれば、相応の能力がなければキツいぞ。彼女を守ることが我々の使命なのだからな」
「は!それは承知しております」
「では、せっかく時間が空いてることだ。ちょっとばかし打ち込み演習でもするか。お互い訓練を疎かにしていたら、身体が鈍る」

リーシェさんが見合い相手の家庭訪問とやらで不在の間、俺とヴァンデッダ卿は留守番ということで王城に留まっているのだが、今後の船旅に備えてという名目で訓練するらしい。

実際に昨日海賊の話題も出たことだし、俺も先日寝込んでいたこともあって鈍っているのは事実だった。そのためヴァンデッダ卿の申し出を受け入れると、侍女に頼んで模擬刀を借りる。

「(くれぐれもお庭をお壊しになりませぬよう)」
「(もちろんです)」

釘を刺されてにこやかに返す。こういう処世術に関しては、寄宿学校で会得したので慣れている。

だが、問題は目の前の御仁だ。俺にこの庭を壊す意思はなくとも、明らかに苛立っている様子のヴァンデッダ卿に内心気圧けおされる。

(何かしたか、と聞かれたら恐らくリーシェさんのことだろう)

さすが国軍総司令官なだけあって察しが良いようで、俺の淡い気持ちもなんとなく察しているようだ。言葉にしないものの、先程から彼女の存在の重要さに絡めながら牽制されているのはわかっていた。

(君子危うきには近寄らず、ということわざも聞いたことがあるし、彼らの間に横槍を入れるようなことはするつもりはないが、近づかないに越したことはないな)

これで先日の人工呼吸の件を知られたら下手したら首が飛ぶかもしれない。できるだけ彼女とは距離を置こう、と決心する。

そして、圧倒的威圧感を感じながら、その日はヴァンデッダ卿に体力がギリギリのところまでぼろぼろに、ノックアウト寸前まで扱かれた。

その後も何故か俺を構いたがるリーシェさんとそれを阻止したいヴァンデッダ卿とで攻防がおき、俺はそれに振り回されるのだった。
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