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2章【告白編】

70 出発式

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「絶対にヴァンデッダ様に怪我などさせるなよ」
「それ、私に言います?」

久しぶりに会ったが、相変わらず目の前の男は不機嫌で仏頂面だ。もう少し大人らしく、紳士然と振る舞えばいいものを、と思う。本人に言ってはやらないが。

「リーシェ、ニール、ここにいたのか。式典が始まるから早くしろ」
「「すぐに参ります」」

いい加減、顔を合わせるたびに喧嘩を売って来ないでほしい、と思いながらクエリーシェルのところに向かう。

ちなみに、今日はバースとロゼットはここには来ていない。念のため、屋敷を不在にするのは気持ち的に憚られるということらしい。

バースは警備のため仕方ないとは思うが、ロゼットに関しては「行ったら、また泣いてしまうから」だそうだ。実際に潤んだ瞳で見送りされたら、何も言えなかった。

正直、ここで見送ってもらえないのは少しだけ寂しい気もするが、確かに彼女と帰ってくると約束したのだから、たった半年から1年弱のこと、戻ってくれば問題ないと気持ちを改める。

(必ず帰ってきて、ロゼットの作品を読まないと。読むまでは私は死ねない)

そんなことを言ったら、きっとロゼットは一生完結させない気もするが。

式典は港町ブランカで大々的に行われる。今回の船旅は表向きにはカジェ国との交流のついでに、私が里帰りするという話になっている。

先日あった騒動もあって、本来は城内で行う式典だが、人目が多いほうがトラブらないだろうと、わざと港町での式典開催となった。

以前のようにテロが起きたら、という懸念もあったが、さすがに国王もその辺りはきちんと考えているようで、軍だけでなく一般庶民に紛れて警備に当たる兵もいるらしい。

そういう部分では隙がないというか、頭が良く回る人だと改めて感心した。

(ここまで徹底していたら、何か仕掛けてくることもないでしょうけど)

相手もバカではないので、この辺りもリサーチ済みであるだろう。下手に行動を起こしたところでクォーツ家の二の舞だ。となれば、慎重にならざるを得ない。

式典ではクエリーシェルが領主として挨拶はするが、私は特に目立ったところでいいことは何もないので、大人しく彼とは離れて座ることになった。

あてがわれた席に着席すると、隣から「リーシェさん」と聞き慣れた声が聞こえる。顔を向けると、ちょっと日に焼けたらしいダリュードがそこにいた。

「ダリュード様、お久しぶりです」
「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
「こちらこそ。あれ、もう寄宿学校からお帰りに?」
「はい、実は先日卒業したんです」
「それは、おめでとうございます」

相変わらず喋りやすい方だ。年が近いというのもあるが、彼の元来の気質だろう、厳粛そうな大公とざっくばらんなマルグリッダがうまく調和されているようで、とても親しみやすかった。

というか、先日は年齢が13歳と聞いていたが、誕生日を迎えたとしても14。確か、寄宿学校の卒業年は15のはず。それなら少々計算があわないな、などとそう思っていたら顔に出ていたのか、「実は父から後継を頼まれまして」と先手を打たれる。

「え?大公殿下、何かあったのですか?」

まだお元気そうに見えたのに、もう後継の引き継ぎだなんて、と思っていると「違うんです」と笑って手を振られる。

「ただ父が先走っているというか。私が先日の件で伏せってから、鍛え方が足りないだの、すぐにでも仕事を覚えろだので。一応、寄宿学校での課題は一通りこなしていたので飛び級という形で卒業したんです」
「あら、それは。でも、ダリュード様のことがご心配なんでしょうね」
「心配するにしても、ちょっと心配の掛け方が変ですけどね」

お互いに笑い合う。親の心子知らずというが、親は親でこの苦労がわかっていないようにも思うのは、まだ自分が親になったことがないからだろうか。

きっと微かに日焼けしたのも、大公殿下にしごかれたのだろう、ということが安易に想像できる。確かに、毒を食して身体を鍛えるというのは変な話ではあるが、それ以外の意味でもあるのだろう。

「でも凄い、飛び級だなんて」
「そんな。国王陛下と叔父上も飛び級だそうですよ」
「あら、そうだったのですね。存じ上げませんでした」

そういえば、クエリーシェルの学生時代のこととか聞いたことがなかった。見た目はダリュードと似ていたというから、これならさぞモテただろう。

(そういうのはきっと、義母に排除されたのだろうけど)

当時の彼のことを思い出して、少しだけ勝手な感傷に浸る。私がそんなことを思っても仕方がないが、好いている相手が辛い思いをしていたというのは自分のことのように切ない気持ちになった。

「ということで、船旅の間は私も叔父上のお屋敷にお邪魔させていただきますので、よろしくお願いします」
「まぁ、ありがとうございます。ロゼットも心強いと思います。ぜひに仲良くしていただければ、と」

ダリュードがいてくれるなら心強い。少しだけ、ロゼットへの不安が和らいだ気がする。

「おや、叔父上の演説ですね」

顔を上げると、壇上にいるクエリーシェル目がいく。彼はガタイも大きいぶん、存在感があった。

喋り始めると、これだけ大きな会場で賑やかな場所だというのに、彼の声がスッと耳に入ってくる。低く、そして落ち着き払い、ベルベッドのような声に誰もが耳を傾けた。

「さすが、場慣れしておいでですね」
「まぁ、一応領主で国軍総司令官をなさっている方ですからね」

(普段は、そういう威厳は露ほども見せないけど)

「やはり叔父上には敵わないな……」

ダリュードがそう零したのを、聞かなかったフリをする。けれど、そっと顔を盗み見れば、少しだけ気落ちしたような表情をしたような気がするが、すぐにパッと明るい表情に変わる。

(何かあったのかしら)

難しい年頃ではある。しかも、今後大公としての地位も確約され、それゆえに責務は多い。飛び級したということで優秀ではあるだろうが、それでも気負うものは通常よりも多分にあるはずである。

「私も叔父上や父上のように、しっかりと頑張らねばですね」

明るい声であったが、私にはどこか切なげに聞こえたのはきっと気のせいではなかっただろう。

でも、それを追及するほど、彼との信頼関係もできておらず、余計な首を突っ込むこともできない私は、ただ笑って頷くのだった。
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