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2章【告白編】

68 何者か

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「そこ、欠伸をするんじゃない」
「……すみません」

クエリーシェルの陰で口元を押さえて欠伸を噛み殺していたというのに、相変わらずこの国王は目敏い。結局あれからすぐ起きるハメになり、寝不足で正直まだ頭が回っていなかった。

「で、その侵入者には逃げられたと」
「あぁ、随分と身のこなしが軽やかな、あまり相対したことのないタイプの相手だったが、手練れのようだったぞ」
「……確信はありませんが、恐らく相手は女性かと。もしくは子供です」
「ほう、女か子供か」

国王が興味深そうにこちらを見る。まだ本調子ではなかったが、とりあえず自分の中での情報を口にする。

「狭い空間での戦闘にも慣れてましたし、恐らく暗躍を専門にした方だと。私の知人にもそのようなことを専門としている人がおりますが、その方も女性で身軽でしなやかな動きをしていました」
「女の暗躍とは珍しいな。東洋では忍び、なるものがいるのだったか?」
「そうですね。忍びは男女共にいますが、動きは女性のそれに近かったです」

実際の忍びならば、細々とした術というか細工をすることが多いのであくまで近しいものだろうが。

男性は忍びと言えどやはり骨格からして違うので動きがどうしてもかくつくところがあるが、女性は柔軟性もそうだが線が柔らかいので、動作がどうしても違ってくる。

「身長は、恐らく私よりも多少上くらいでしたので、160cmちょっとかと。髪は金色で瞳は茶色なのは確認しましたが、結構この国にもその色は溢れているので、探すのは困難かもしれませんね」
「そうか、確かにな」
「念を入れているのであれば、毛染めの可能性もありますしね。目はさすがに細工できないでしょうが。あぁ、ちなみに左頬は私が棍を当てたので今頃腫れ上がってるかもしれませんが、そのうち治るレベルの怪我なので期待しないでください」
「女性とは、戦いづらいな」

ぼそっとそう溢すクエリーシェル。なんだかんだと紳士道を大事にしているので、女性に手を上げるというのは億劫なようだった。

「ですから、私が相手しますので」
「いや、だが、そういうわけには。そもそもリーシェに何かあったら私は……」
「こらーそこー、隙あらばイチャつくでない」

国王から指摘され、お互いに口を閉ざす。別にイチャついているつもりはないが、とりあえずそう見えたのなら自重したほうが良さそうだ。

「この船旅で帰ってきたら1人増えてました、とかやめてくれよ?」
「ん?どういうことだ?」
「国王陛下。さすがにそれはセクハラです」

クエリーシェルは理解できていないようだったが、あからさまなセクハラ発言に思わず口を挟む。いくら国王とはいえ、言っていいことと悪いことがあるし、下世話にも程がある。

「とにかく、だ。何も盗まれてはいないのだな?」
「あぁ、一通り調べたが盗まれているものはなかった。一応他のところも探したが、金目のものなども盗られてなかった」
「なるほど。これはオフレコの話だが、マクスウェル男爵のところにも盗賊が入ったらしい」
「マクスウェル男爵って今回の船をお作りになられた?」
「あぁ、そうだ」

マクスウェル男爵は男爵という地位ではあるものの、国への貢献によって爵位を得た人物だ。

今回の船の製造もそうだし、物作りに長けた方で、費用は主にその材料や研究に当てられることが多く、彼自身はそこまで財を持っている人物ではなかった。

「ちなみにマクスウェル男爵が盗まれたものは?」
「船の考案図らしい。だが、いくつか試作していたもののうちの1つのようで、今回出発する船ではないそうだ」
「?どういうことですか?」
「一応同型の船の造船用に盗んだのではないか、という見方もあったものの、それはどうも計算間違いをしていたものだそうで、現場に言った者の見解としては、間違って盗んだのではないか、と」
「それはまた……」

こちらとしてはありがたいことではあるが、恐らく今回の一件を企てた人物は、さぞ歯噛みしていることだろう。

今回うちに来た人物と同一人物かは定かではないが、案外おっちょこちょいな性格をしているのかもしれない。

「だが、船関連の書類を狙われていることは確かだな。それと、リーシェが教えているカジェ国語の講義受講者が数名、酔ったときに今回の行き先を尋ねられたと証言している」
「行き先、ですか?」
「あぁ、顔は皆あまり覚えてないらしいのだが、若い女性に今回の船旅に関して根掘り葉堀り聞かれたとか。まぁ、彼らはカジェ国と貴様の故郷と偽っているバーミリオン国についてしか知らんから、さほど支障はないだろうが、念のため頭の片隅にでも留めておけ」
「若い女……」

出発前にこうも事件が起きるとなると、頭が痛い。だが、だからといって出発を遅らせるわけにもいかない。

もしかしたら、相手の狙いは出発させないことかもしれない。マルダスが今回の首謀者であれば、コルジールが他国と手を結ぶことはあまりよろしくないことだから。

「ちなみに船の警備は」
「言われずともガッチガチに固めてある。他もな。さすがにそこまで心配されるほど、私も耄碌もうろくでも無能でもない」
「失礼しました」

そりゃ、ここまで被害が出ていないのだ、口を出すだけ野暮だと言うものだった。

「今回は貴様にかかっているからな、リーシェ」
「はい、それはもう心得ております」
「クエリーシェルも、我が身に変えてでも死守するのだぞ」
「あぁ、もちろんだ」
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