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2章【告白編】

15 家族

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「ふぁあああ、疲れたーーーー」
「お疲れ様です、リーシェさん」
「ありがとうございますーー、ロゼットさんもお疲れ様でした!」

パーティーが終わり、来客の見送りをしたあと、クエリーシェルに許可を取って早々に風呂に入らせてもらった。

もう身体が満足に動かなかったので、ロゼットにドレスを脱がしてもらったのだが、身体はもう全身バキバキで、ドレスを脱いだだけで身体が軽く感じる。

(こんなにダンスすることなんてなかったから、明日はもしかしたら筋肉痛になるかもしれない)

風呂の中で身体をほぐし、血流の流れをよくしたあと風呂から上がり、ゆっくりとストレッチをする。これからもう寝るだけなので、寝間着のチュニックに着替える。

「あら、どうしました、ロゼットさん」
「ちょっとリーシェさんにお話、というかお渡ししたいものがあって」

脱衣所を出ると私のことを待っていたのか、脱衣所前で佇むロゼット。てっきり風呂の順番待ちだと思ったら、そうではないらしい。

(何だろう)

ちょっと疑問に思いながらも、彼女の自室へと向かう。本来、メイドごとに部屋があてがわれるのは珍しいことだが、私もロゼットも出生がそれぞれ訳ありなので、このように1人1部屋あてがわれている。

まぁ、この家というかこの城自体にたくさん部屋が余っているというのもあるが。

(人が住まないと荒れる一方だしね)

「どうぞ」
「失礼します」

あまりロゼットの自室に入ったことはなかったが、なんというか、意外にシンプルな部屋だった。

もっとファンシーなものがあったり可愛らしい調度品があったりしているのかと思ったが、物は案外少なくてどちらかというと本が多く、可愛らしい見た目とは裏腹に部屋だけ見るとすごい大人びているような印象だ。

「どうかしました?」
「いえ、本が多いなって。読書家なんですね」
「そうですね、そういうところは父に似たのだと思います」

(そういえば、クォーツ卿は研究者の面も持っていたのだったっけ)

背表紙を見ると、天体の本がいくつかあるが、それ以外にも物語などの書物が多いように感じる。私が見たこともあるものがいくつかあって、ちょっと懐かしくなった。

「これ、幼少期よく読んでました」
「まぁ、奇遇ですね。私も好きで、昔はよく王子様がお迎えにくると思ってました」

(私の場合はいかにこの王子のようにカッコ良くなれるのか、と思っていたけれど。普通の女の子は王子様を待ち焦がれるわよね)

王子、と自分の心の中で反芻したとき、ある人物を思い出す。かつて婚約を交わした間柄の彼。あまり交流はそこまでなかったが、特に話すことなくこのような状況になってしまったが、彼は元気にしているだろうか。

「リーシェさん?」
「は!すみません、ボーッとしてました」
「無理もないですよ。今日は朝からお疲れでしたもんね。先程も、ペルルーシュカ様に縋られてましたし」
「あぁ、あれはさすがにちょっと困りました」

見送り時、急に「今日はここに泊まりますわ!」と大騒ぎした彼女を宥めるのは大変だった。泊まると言われても何も用意もできてないし、そもそもこの疲労困憊状態ではどうにも対応できない。

だから、できる限り穏便にことを収めたかったのだが、ペルルーシュカに酒が入っていたのか、なかなかどうにも説得できず、クエリーシェル直々に「ダメだ」と断ってもらったのだ。

ペルルーシュカはかなり抵抗していたが、さすがの侯爵直々に言われれば引き下がるを得ず、渋々と言った様子で帰って行った。

「随分と気に入られてしまったのですね」
「どうなんでしょうかね。あまりこういう執着されることには慣れてないのですが」

と言いながらも、頭の片隅にアーシャの顔が出てくる。

(アーシャも、なんだかんだで私のこと構い倒しだったか。あれは執着というか、最早オモチャ扱いだろうが)

「そういえば、ロゼットさんのお話って?」
「あぁ、すみません。本題にすぐに入らずに。これ、私からです。今、手持ちのお金があまりないのでお下がりみたいになってしまいますけど」

そう言ってロゼットから手渡されたのは1冊の本。内容は恋愛モノのようだ。今までそう言った書籍は読んだことがないので、ある意味新鮮である。

「読んだことありました?」
「いえ、まだ読んだことないです。ありがとうございます。読んだら感想を言いますね」
「えぇ、ぜひ。私、この作品大好きなので。あと、もう1つあるのですが」
「もう1つ?」

随分と大盤振る舞いだな、と思いながら今度は小さなクシャクシャに折り畳まれた紙を渡される。

(随分とボロボロだけど、何だろう)

不審げに思いながら、その折られた紙を開いていく。

「これ……」

そこには家族の肖像画が書かれていた。そあいてその肖像画に描かれていたのは間違いなく私の両親と姉と私だった。

いつ頃のだろうか。幼い表情で写っているそれは、恐らく姉が嫁ぐ前辺りに描かれたものだと思われる。

「父の書斎にあったものです。よく父が密かに見ていたのですが、その、描かれているのがリーシェさんに似ていると思って。違ってたらごめんなさい」
「いえ、確かに私です。ここに写っているのは、確かに、私と、私の、家族です。……っ……ありがとう、ございます」

手が震える。自然と涙が溢れ、声もだんだんと嗚咽交じりになってくる。

(これで、みんなの顔を忘れることはない)

当時、何も持ち出すことはできず、それが心残りではあったが、まさかここでこんな素敵なものが手に入るだなんて。

(恐らく、用途としては私の顔を周知させるためだっただろうけど、それでもこれが現存してくれたことがありがたい)

ロゼットには、感謝してもし尽くせないほど嬉しかった。ぼたぼたと涙が溢れながら嗚咽交じりに泣き崩れる私を、ロゼットはただ静かに抱き締め、背を摩ってくれたのだった。
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