若き騎士達の危険な日常

あーす。

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 シェイルがガウン姿で食堂室へ現れる。

並んで座る、ディアヴォロスとローフィスが一斉に振り向く。

シェイルは何事だろう?と視線を…二人の向かいに座る、二人の男に向けた。

「…ディラフィス…」

一人は、ローフィスの父、ディラフィスで、シェイルにとってもずっと父親代わり。
髪は肩迄の明るい栗毛、そして空色の瞳。
がっしりした肩をしていて、足はとても長かった。
ローフィスとは違い、鼻も高く顎もしっかりしていて、頬骨も高く、かなり男らしい顔立ちをしている。

シェイルは心配かけた?
とディラフィスを見た。
がディラフィスは、横の男を顎でしゃくる。

シェイルは視線をゆっくり…横の銀髪巻き毛の男に、向けた。

伏せていた瞳が自分に向けられた時。
シェイルはその見覚えある碧緑色の瞳に、心臓が跳ね上がった。

一瞬で身がすくみ…足元が揺れる。

「…え?…え?
…まだここ…夢の中?」

ディラフィスはむっつりと囁く。
「残念ながら現実だ。
…残念…か?」

横の銀髪の男にそう尋ねる。

だが銀髪の男は目を見開き、シェイルをじっと…潤んだ瞳で見つめてる。
まるで遠い幻の中で見た姿を、目前で見つけたように。

「シェイ…ル……………?」

その声を聞いた途端、シェイルは絶叫した。

「どうして!!!」

ローフィスに睨まれ、爽やか無頼風ワイルドなディラフィスは、腕組みして吐息を吐く。

「…俺もこいつ…シェリアンもが。
共に神聖神殿隊付き、連隊騎士。
神聖神殿隊(『光の王』従者の末裔)が集う東の聖地に、強力なツテがある」

そこまで言うと、ディアヴォロスが席を立つ。
亡くなったはずの父親を、目を見開き見つめるシェイルの横まで来ると、今にも崩れ落ちそうなシェイルの腕を取り、支える。

シェイルは面変わりし、とても若く見える父親に視線を向けたまま、ディアヴォロスの腕に縋り付いた。

ディラフィスはその様子を横目で見、けれど説明を続けた。
「だから…葬儀の時、微かに息のあるこいつに気づき、傷の進行を止めるペンダントを付け、簡易結界内にとどめて東の聖地に運び込んだ。

…が傷がすっかり癒えた頃になっても、目覚めない。
神聖神殿隊の治癒能力者も。
目覚めるかこのまま死ぬかは…分からないと。
既に葬式もして、死んだ事になってる。
だから…目覚めるまでは、かろうじて息をし、なんとか生きてる事は…ずっと伏せていた」

シェイルはディアヴォロスに支えられながら…エメラルドの瞳からぽろぽろと涙を滴らせ、囁く。

「生きて…たの?
死んで…無かったの?」

シェリアンは頷く。

「…だがまだ…記憶がおぼろで…。
思い出せないことが、多々ある…」

ディラフィスが、むっつりとそう言うシェリアンを見る。

銀のくねる髪を肩まで伸ばし、頬は以前より削げて顔の輪郭も細く見える。
目も…昔はくっきりと印象的な碧緑色の瞳が、真っ先に視界に入るのに。
今は細く、弱々しくまたたいて見えた。
が、良く言うと若々しく、悪く言うと線が細く、年より五歳は若く見える。

以前は快活で、体格も見事に引き締まった体躯をしていたのに。
今や…筋肉が落ち、ひょろっと病弱に見える。

が、死人では無くちゃんと生きてる。

ディラフィスはそう思い直し、口を開く。

「4~5年前にようやく、長い眠りから覚めてやっと動けるようになっても。
まるで何も思い出せない様子で、顔付きも細くなって、まるで別人。

…だがそれも、昨日まで。

呼ばれて駆けつけた、俺が分かり自分の名も、思い出した。
そのやって来た神聖騎士は、ワーキュラスが『闇の第二』の力を削ぎ落とした為、記憶が戻り始めたと。
そう告げた」

ディラフィスに見つめられ、ディアヴォロスは頷く。
「ワーキュラスと神聖騎士とで。
攻撃し、力を削ぎ落とした。
…『闇の第二』はシェイルの伯父を操り、シェイルを自分の物にしようと付け狙い続けたから」

ディラフィスはため息を吐く。
「…『闇の第二』…。
『影』では無いかと、ずっと疑ってたが…。
そんな、大物だったとはな…。
簡単に、見破れなかったのも無理ないか…」

独り言のように呟いた後、顔を上げて言葉を続けた。
「神聖騎士が言うには。
『闇の第二』に長い間憑かれてた…シェイルの母親の兄貴、ガーナデットと濃密な時間を刻印されたから。
その体験の傷を通してずっとしつこく、『闇の第二』はシェリアンの心を囚えてたらしい。
『闇の第二』は光の結界内だろうが、心に深く入り込んで痕跡すら見せず捉える事が可能。

それで…ずっと心を囚われたまま、記憶すら戻すことが出来なかったらしい。
だがずっと光の結界内である東の聖地にいたから。
『闇の第二』はシェリアンの全てを、支配することは出来なかった。
ワーキュラスと神聖騎士に攻撃されて『闇の第二』の力が弱ったから。
シェリアンはようやく、解放されて記憶を取り戻したそうだ」

シェイルはディアヴォロスに支えられ…掠れた声で、囁く。

「…僕が…分かる?」

シェイルが尋ねると、シェリアンは少し戸惑い…けれど、頷いた。
「幼い頃病で亡くなった…俺の妹に、そっくりだ…」

シェイルは死んだはずの、年の割にほっそりとした…まるで別人の、青年のような父の姿を、大きなエメラルドの瞳を潤ませ、見つめ続けた。

シェリアンはおぼろげな記憶の中の、小さな息子を思い浮かべる。

「まだ…小さくて………ああでも…」

けれど、頭痛がするように、頭に両手当て、首を振る。

「…とても…そうとても…傷ついてバルコニー…?
から………飛ぼうと………」

シェイルは駆け出す。
シェリアンの横に駆け寄ると、父親の顔を覗き込んだ。

言葉が出ず、ただ、見つめ続ける。

シェリアンはふ…と横で喰い入るように見つめる、シェイルに微笑む。
「…間に合った…筈だ。
今度は…。
シャーレの時…間に合わなかった。
必死に馬を飛ばして薬草を…届けた時もう既に…息をしてなかった。
あの時は、間に合わなかった。
けれどシェイルの時…俺は間に合った筈だ。
その後酷い衝撃に体中の骨が折れた気がした。
でも俺は…満足だった。
間に…あったんだろう?」

シェイルは泣いて…顔を下げて涙をぽろぽろと流し、そしてゆっくりと…シェリアンに縋り付いた。

「…あんな…に小さい手だったのに…」

シェリアンは、シェイルの…自分の肩に触れる手を見つめ、微笑む。

「どれだけ…経った?
ディラフィスは昔から…頼りになる友だったが…まさか瀕死の俺を救うとは。
この先は…何があってもヤツに足向けて、寝られないな」

ディラフィスはむっつり呟く。
「夕べお前、俺に足向けて寝てたぞ?」

ぷっ…!

ローフィスが吹き出し、ディアヴォロスは椅子を引いて自分の席に戻り、シェリアンはローフィスを見た。

「…お前の息子…?
美男子だな?
顔立ちは親父で無く母親似で良かったと。
まだ産着にくるまれてた時、祝いに駆けつけた友達全員が、口を揃えて讃えたが…。
本当に、お前に似なくて良かったな」

シェリアンに言われ、ディラフィスはぶすっ垂れる。

「お前、恩人によく言うよな?
俺は十分、いい男だ」

シェリアンはディアヴォロスに振り向く。
「君から見ても、ローフィスはディラフィスより女受け良さげだと。
思うだろう?」

ローフィスは思わず、そう尋ねられたディアヴォロスを、目を見開いて見た。

ディアヴォロスは表情を変えず、言った。
「けれど彼は父親譲りで口が悪い。
彼の父親は口が悪くとも、風貌に似合ってる。
が、彼の口が悪いと、外観と似合わないから、大抵の者が意表を突かれ驚く」

ぷっ…。
今度はディラフィスが吹き出し、ローフィスは憮然。
とふてくされた。

シェイルはもう、シェリアンに縋り付いて涙が次から次々と零れ、口もきけず…。
シェリアンは抱き止めて、囁く。

「あの赤ん坊があんなに立派な青年じゃ…小さかった息子がこれ程大きくなっても、納得だ。
でもまさか…俺より、俺の亡くなった妹そっくりに育つとは、思わなかった」

シェイルは涙で声を詰まらせながら、囁く。
「そう…なの?」

シェリアンは嬉しそうに微笑む。

「シャーレはたった8才で、病で亡くなったから。
お前として、生まれ変わってきたのかな?
もしそうなら。
今度は助けられて、こんなに大きく育って…凄く嬉しい」

シェイルはシェリアンの微笑を見た。

昔、母と一緒にピクニックした時見た、とても爽やかで青年っぽい、太陽のような笑顔が彷彿と思い出され、また、ぽろぽろと涙を流す。

シェイルは泣き通しで、とうとうシェリアンはシェイルを抱きしめて囁く。

「悲しくない。
俺はずっと悪友だと思ってたディラフィスが情に厚く有能で、助けられた。
…まるで拾い物のような命だ…。
でも俺が一番覚えているのは、落ちて行く時、バルコニーの向こうにいる小さなお前。
どれほどそれが、嬉しかったことか。
それが出来たから。
例え死んでいても、満足だった」

シェイルはぎゅっ!と、シェリアンの胸のシャツに指を食い込ませる。
「僕…にそんな、価値があるの?」

「あるに、決まってる!」
シェリアンに笑って髪ごと頭をなぜられ、シェイルはもっと激しく、声を上げて泣いた。

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