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二つを兼ねる者 セグナ・アグナータ
79 シリルローレルの思い出
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「食事にしよう」
レオの言葉に皆が顔を上げる。
下働きの男らが、広場のたき火を炊き、皿に食事を盛りつけ始めていた。
外はすっかり暮れていた。
まだキリアンが消えて行った出入り口の岩に振り向くファオンの背を、アリオンが触れてそっと促す。
ファオンはアリオンを見上げ、頷く彼に従い、いつものようにたき火を囲む石の椅子に歩き出した。
先に座る皆が、顔を上げて見つめる。
セルティス、アラン、デュラン。
レオも顔を上げ、ファルコンも。
キース、そしてリチャード。
シーリーンが横に来るファオンの背に触れる。
ファオンは両側に付くシーリーンとアリオンに促されて、二人の真ん中の椅子に座る。
シーリーンから手渡された皿を手にする。
たき火の灯りがチラチラと燃え、ファオンはその時ようやく…自分の衣服が《皆を繋ぐ者》のもので無い事を実感する。
顔を上げる。
皆黙々と食べ始めている。
ファオンはまだ、途惑っていた。
確かに、何かが変わった。
どう変わったのかは解らなかった。
けれどこの夕食は、尾根に上がってから一度も無い雰囲気だった…。
レオが口を開く。
「お前のテントだが…ファオン」
ファオンは顔を上げる。
「歴代の…と言っても、今までたった三人しかいないが…セグナ・アグナータに習うと、 自分のテントは持たず、望む男のテントに泊まっていたそうだ」
ファオンは顔を下げる。
…自分は完全な…《勇敢なる者》では無いのだと思い出す。
その時ふと、思い当たった。
リチャードに責められた時…意識が薄れかけて浮かんだ戦場の光景…。
アリオンの思いが強烈に伝わり、そして…見えた。
もうここに来てから通常の事からかけ離れていたから、すっかり忘れていた。
でも過去に一度あった。
師、シリルローレルがたまたま一人で外へ見回りに出ていた時旅人の一団と出会い、その時《化け物》の巣の近くで襲われ…。
あの時は、滞在地のテントで寝ていた。
夢だと思った。
たった一人で《化け物》数体を相手に…けれど数の多い旅人をシリルローレルは護りきれず…。
“幾人かの犠牲が出る…!”
その師の痛切な思いが心に響き、その時見えた。
左の木陰に隠れるようにして立つ、杖付きが…。
師はアリオンとは違い、直ぐ自分が夢で見た杖付きの場所に気づき、駆け込んで杖付きを斬った。
彼が帰ってきた時、まだ眠気でぼんやりしながら師を出迎え…。
けれどシリルローレルははっきりと言った。
“助かった。ありがとう”
と。
シリルローレルに尋ねた。
あれが、何だったのかと。
シリルローレルははっきりと聞いたと言った。
僕の声で。
“左の木立の木の陰にいます!”
振り向くとそこに杖付きが、顔半分だけ出してこちらを見、杖を振るのが見えたと。
師は言った。
「とても親しく思っていると、例え離れていても相手の考えが解る事もある。
それにかつて《勇敢なる者》だった頃に、良くあった」
そして…当時の《皆を繋ぐ者》によく、危険を助けて貰った。
とも。
情の深い《皆を繋ぐ者》ほど…抱かれた《勇敢なる者》の危機を感じるのだと。
「道に迷って帰れなかった時…。
導いて貰ったこともある。
それに進もうとした先に、避けられないほど多い《化け物》がいる時、迂回路を教えて貰ったことも」
僕は目を見開いた。
「《皆を繋ぐ者》にははっきり、聞こえたそうだ。
“帰れない!”と叫ぶ俺の声が。
その時、谷間の複雑に入り組んだ岩の中にいる俺の姿が見え、どう進めば出られるかも見えたと。
それに…突然はっきり見えたそうだ。
《化け物》たむろう姿が。
俺はその時たった一人だった。
“そのまま進めば危険です”
彼は叫んだ。
但し、心の中で。
だが俺はどちらも受け取った。
誰から発したのも感じられた。
俺が英雄なのでは無く、護り手の声を誰よりもはっきりと聞こえたから、危機から救われた」
戯れ言に近いと思った。
けれど、自分が見えた時感じた。
嘘では無いのだと。
シリルローレルは言った。
「時に感覚が研ぎ澄まされた時…相手を失いたく無いと痛切に思った時。
どうすれば危機が回避出来るか、見ることの出来る者がいる。
《皆を繋ぐ者》には多い。
だから《勇敢なる者》は《皆を繋ぐ者》をただの、性奴隷などとは思っていない。
確かに男達は彼を共有することで絆を深める。
だがそれだけではない。
優れた《皆を繋ぐ者》は、戦士らを危機から守るのだ」
その時思った。
師の危機を《皆を繋ぐ者》のように感じた自分を、恥ずかしいと。
師を助けられて嬉しかった。
けれど自分がなりたかったのは、《皆を繋ぐ者》では無く《勇敢なる者》だったから。
自分にも、危機を助けてくれる《皆を繋ぐ者》と出会える事を、その時願った。
ファオンは俯く。
そして横の、アリオンを見上げた。
聞きたかった。
だがアリオンが振り向く。
「…レオを助けに走った時…」
ファオンは目を見開く。
アリオンと心が繋がっているように感じられて。
「お前が叫んでた。
杖付きを殺れと。
俺は…戦場の迷い事だと思った。
杖付きは小さく…襲い来るキーナン《化け物》の中で最も弱い。
だから…あれを斬っても意味が無いと思い、レオを助けに入った。
もし…知っていたら。
群れを扇動するのが杖付きだと。
俺はあの時、杖付きを斬っていた」
ファオンは目を見開く。
「…僕の…声で?」
アリオンは頷く。
レオがその時、ぼそり…と言った。
「時に《勇敢なる者》らは戦いの恐怖から救われたいと願いながら《皆を繋ぐ者》に縋り付くように…抱く。
それを受け止められる《皆を繋ぐ者》もいれば、負担に思う《皆を繋ぐ者》もいる」
皆がそう言った…一番年上の《勇敢なる者》、レオを一斉に見つめた。
レオの言葉に皆が顔を上げる。
下働きの男らが、広場のたき火を炊き、皿に食事を盛りつけ始めていた。
外はすっかり暮れていた。
まだキリアンが消えて行った出入り口の岩に振り向くファオンの背を、アリオンが触れてそっと促す。
ファオンはアリオンを見上げ、頷く彼に従い、いつものようにたき火を囲む石の椅子に歩き出した。
先に座る皆が、顔を上げて見つめる。
セルティス、アラン、デュラン。
レオも顔を上げ、ファルコンも。
キース、そしてリチャード。
シーリーンが横に来るファオンの背に触れる。
ファオンは両側に付くシーリーンとアリオンに促されて、二人の真ん中の椅子に座る。
シーリーンから手渡された皿を手にする。
たき火の灯りがチラチラと燃え、ファオンはその時ようやく…自分の衣服が《皆を繋ぐ者》のもので無い事を実感する。
顔を上げる。
皆黙々と食べ始めている。
ファオンはまだ、途惑っていた。
確かに、何かが変わった。
どう変わったのかは解らなかった。
けれどこの夕食は、尾根に上がってから一度も無い雰囲気だった…。
レオが口を開く。
「お前のテントだが…ファオン」
ファオンは顔を上げる。
「歴代の…と言っても、今までたった三人しかいないが…セグナ・アグナータに習うと、 自分のテントは持たず、望む男のテントに泊まっていたそうだ」
ファオンは顔を下げる。
…自分は完全な…《勇敢なる者》では無いのだと思い出す。
その時ふと、思い当たった。
リチャードに責められた時…意識が薄れかけて浮かんだ戦場の光景…。
アリオンの思いが強烈に伝わり、そして…見えた。
もうここに来てから通常の事からかけ離れていたから、すっかり忘れていた。
でも過去に一度あった。
師、シリルローレルがたまたま一人で外へ見回りに出ていた時旅人の一団と出会い、その時《化け物》の巣の近くで襲われ…。
あの時は、滞在地のテントで寝ていた。
夢だと思った。
たった一人で《化け物》数体を相手に…けれど数の多い旅人をシリルローレルは護りきれず…。
“幾人かの犠牲が出る…!”
その師の痛切な思いが心に響き、その時見えた。
左の木陰に隠れるようにして立つ、杖付きが…。
師はアリオンとは違い、直ぐ自分が夢で見た杖付きの場所に気づき、駆け込んで杖付きを斬った。
彼が帰ってきた時、まだ眠気でぼんやりしながら師を出迎え…。
けれどシリルローレルははっきりと言った。
“助かった。ありがとう”
と。
シリルローレルに尋ねた。
あれが、何だったのかと。
シリルローレルははっきりと聞いたと言った。
僕の声で。
“左の木立の木の陰にいます!”
振り向くとそこに杖付きが、顔半分だけ出してこちらを見、杖を振るのが見えたと。
師は言った。
「とても親しく思っていると、例え離れていても相手の考えが解る事もある。
それにかつて《勇敢なる者》だった頃に、良くあった」
そして…当時の《皆を繋ぐ者》によく、危険を助けて貰った。
とも。
情の深い《皆を繋ぐ者》ほど…抱かれた《勇敢なる者》の危機を感じるのだと。
「道に迷って帰れなかった時…。
導いて貰ったこともある。
それに進もうとした先に、避けられないほど多い《化け物》がいる時、迂回路を教えて貰ったことも」
僕は目を見開いた。
「《皆を繋ぐ者》にははっきり、聞こえたそうだ。
“帰れない!”と叫ぶ俺の声が。
その時、谷間の複雑に入り組んだ岩の中にいる俺の姿が見え、どう進めば出られるかも見えたと。
それに…突然はっきり見えたそうだ。
《化け物》たむろう姿が。
俺はその時たった一人だった。
“そのまま進めば危険です”
彼は叫んだ。
但し、心の中で。
だが俺はどちらも受け取った。
誰から発したのも感じられた。
俺が英雄なのでは無く、護り手の声を誰よりもはっきりと聞こえたから、危機から救われた」
戯れ言に近いと思った。
けれど、自分が見えた時感じた。
嘘では無いのだと。
シリルローレルは言った。
「時に感覚が研ぎ澄まされた時…相手を失いたく無いと痛切に思った時。
どうすれば危機が回避出来るか、見ることの出来る者がいる。
《皆を繋ぐ者》には多い。
だから《勇敢なる者》は《皆を繋ぐ者》をただの、性奴隷などとは思っていない。
確かに男達は彼を共有することで絆を深める。
だがそれだけではない。
優れた《皆を繋ぐ者》は、戦士らを危機から守るのだ」
その時思った。
師の危機を《皆を繋ぐ者》のように感じた自分を、恥ずかしいと。
師を助けられて嬉しかった。
けれど自分がなりたかったのは、《皆を繋ぐ者》では無く《勇敢なる者》だったから。
自分にも、危機を助けてくれる《皆を繋ぐ者》と出会える事を、その時願った。
ファオンは俯く。
そして横の、アリオンを見上げた。
聞きたかった。
だがアリオンが振り向く。
「…レオを助けに走った時…」
ファオンは目を見開く。
アリオンと心が繋がっているように感じられて。
「お前が叫んでた。
杖付きを殺れと。
俺は…戦場の迷い事だと思った。
杖付きは小さく…襲い来るキーナン《化け物》の中で最も弱い。
だから…あれを斬っても意味が無いと思い、レオを助けに入った。
もし…知っていたら。
群れを扇動するのが杖付きだと。
俺はあの時、杖付きを斬っていた」
ファオンは目を見開く。
「…僕の…声で?」
アリオンは頷く。
レオがその時、ぼそり…と言った。
「時に《勇敢なる者》らは戦いの恐怖から救われたいと願いながら《皆を繋ぐ者》に縋り付くように…抱く。
それを受け止められる《皆を繋ぐ者》もいれば、負担に思う《皆を繋ぐ者》もいる」
皆がそう言った…一番年上の《勇敢なる者》、レオを一斉に見つめた。
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