アグナータの命運

あーす。

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二つを兼ねる者 セグナ・アグナータ

78 帰り行く兄達

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 ファオンは遠ざかる長兄ファーレーンの背を見つめる。

キリアンは『馬鹿な真似』と言ったけれど、嬉しかった。

…それを伝える間もない。

ファーレーンがふ、と振り向き、切なげに見つめるファオンを見返し、微かに頷く。

ファオンは気持ちが伝わったと解って、一辺に笑顔になって頷き返す。

けれど、レオと話すシェナンと共にまだその場にいるキリアンが、じっと見つめるのに気づき、ファーレーンはキリアンに振り向く。

「…お前はもう少し、過激な行動と言動を控えるんだな!」

が、キリアンが即座に言い返す。

「俺はあんたと違ってファザコンじゃないし、親父のいいなりの、優等生でも無いからな!」

「誰がファザコンだ!」
「親父そっくりのレドナンドに、いつも寄り添いべったりくっついて、たいそう懐いてるだろう?!」

ファーレーンの、冷たい瞳。

その場にいた全員が、彼が本気で怒ったと知り、凍り付く。

「…やっぱりそれで、レドナンドに特別愛想が良いのか…」

ぽつりと呟くキースの言葉に、ファーレーンは即座に振り向く。

「別に愛想を振りまいてない。
長だから一目置いてるだけだ」

が、キリアンは怒鳴る。
「キースで無くても勘ぐるぜ。
あんたレドナンドと一緒だと、雪解けの春の日差しみたいに微笑んでる」

その言葉を聞いた途端、ファーレーンの瞳は冷気を増し、全員が再び、凍り付いて震えた。


シェナンが気づいて取りなす。
「いいから行かせろ。あっちも群れが押し寄せて、忙しい」
そう、キリアンに告げると、ファーレーンにも振り向いて言う。

「あんたも弟の戯れ言くらい、受け流せないのか?
余計勘ぐられるぜ。
言われた事が真実と」

ファーレーンはその、ひょろりとした風貌の喰えない南長の言葉に目を剥く。

が、思い直してくるり。と背を向け、立ち去っていった。

ファーレーンが消えた途端体温が戻り、皆がほっとする。

「…やっぱり、図星だからマジで怒ったのか…」

キースのがっくりしたような声に、レオは気の毒げな視線を向けた。

シェナンが気づき、レオを見る。
「俺達も、キリアンが毎度挑発してくれるから数を積極的に減らせて、東に比べ少しは余裕があるが、いつ群れがまた襲い来るとも限らない」

レオが頷く。

キリアンがロレンツと肩並べ、シェナンの後に続く姿に、ファオンは泣き出しそうな瞳を向ける。

キリアンは気づいて振り向く。
ファオンのその表情を見つめると、切なげに眉寄せる。

「…今日の英雄が、何てツラだ…」

皆、そう言ったキリアンの言葉に気づき、ファオンを伺い見る。

キリアンはファオンにそっと近寄る。

「…いいから、いざとなったらアリオンかシーリーンに頼れ。
二人共お前に凄くイカれてるし、お前の方も好意持ってるだろう?
あいつらバカみたいにお前に惚れてるから、お前が真剣に泣きつけば、レオにだって喰ってかかってくれる」

ファオンはキリアンに抱き付き、胸に顔を埋め、上げない。

キリアンは尚も言った。

「…どうせ…アリオンとシーリーンの立場が悪くなるから。
とか他人を気遣って、我慢してるんだろう?
お前の我慢強さには脱帽する。
だが俺の1/10くらいは他人に迷惑駆けたって全然平気だ」

ファオンは顔を上げる。

世界でたった一人の…頼れる肉親と離れる事が、辛くてたまらないように。

だがキリアンは、念押しして言った。
「お前はもう、ただのアグナータ(皆を繋ぐ者)じゃない。
滅多にいないセグナ・アグナータ戦う皆を繋ぐ者で更に…今日の英雄だ。
忘れるな」

ファオンは潤む瞳で頷く。

キリアンはファオンからそっと離れると、出入り口の岩の横で待つ、シェナンとロレンツの方に進みかけ…振り向く。

「“巨根”!
この先そんなデカいものファオンに突っ込もうとかしたら、俺があんたを拉致して、あんたくらいのデカい張り型ケツに突っ込んで、ファオンがどれだけ痛かったか、思い知らせるからな!」

ファルコンが一気に目を剥く。
「俺をお前が拉致なんて出来ない!」

けど隣のロレンツが、ぼそっ。と言った。

「…夜闇で気配消されて背後に忍び寄られ、眠り薬付けた布で鼻塞がれたら、あんただって気絶するだろう?」

横のシェナンも頷く。
「実際キリアンは、やたら自分に色目使う、気にくわない体のデカい雑兵アルナに、それをした」

ファルコンは呆然としてキリアンの美麗なきつい顔を見る。

三人は背を向け、北の一同は心から安堵しかけた。

またキリアンが振り向き、固まったけど。

「…リチャード。
てめぇ…。
もしファオンにこの先酷い事しやがったら、拉致して突っ込みまくって、気が狂うまで逝かせないからな!」

リチャードはキリアンの言葉の意味に気づいてなかった。
仲よさそうなロレンツが気になりすぎて。

皆が自分を見つめているのに気づくと、ようやく睨み付けてるキリアンに問う。

「…な…何て言った?」

キリアンは俯いて吐息を吐き出す。

アランがこっそり耳打ちする。
「拷問してやる。
と脅したんだ」

リチャードは希望に瞳を輝かせ、ロレンツはそれを見て目を見開いた。

「言って置くが、キリアンはすると言ったらどれだけ酷い事でも平気でする。
顔に騙されるな。
“やった!二人きりだ!”
…なんて甘い妄想は…甘い甘い。
甘過ぎだ」

キリアンがロレンツに振り向く。
「あいつが俺と二人きりになりたいって?」

ロレンツが頷く。

が、その時その場の全員が解った。

少し背の高い綺麗な美男のロレンツが、仲良さげに顔を傾け美麗なキリアンを見つめる姿に、妬くリチャードの心情が。

だがキリアンは素っ気無く言った。

「なら眠り薬、布に染みこませて襲う手間が省けるな」

皆、一斉にあまりにも望み無い、リチャードの願望に顔を背けた。
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