魔女リリアの旅ごはん

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150話、お菓子の食べ歩き

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 ベルストの町二日目は、市場を物色しつつお菓子の食べ歩きをする事となった。
 もともとはベアトリスがお菓子を買いたいと言いだしたのが切っ掛けだったのだが、この町のお菓子はとにかく凝っている物が多い。

 その為、あまり日持ちしないのが多いのだ。だから今買い置きするよりも、この町を出発前に買った方が良いと私達は早々に理解した。
 そこでここは目的を少し変え、いざ町を出発する時にどんなお菓子を買うか迷わないよう、色々と食べ歩きしながら物色しようとなったのだ。

 ベルストは紅茶とお菓子に力を入れている町だ。だからか、市場にはお菓子売り場がずらっと並ぶ一角があり、そこを歩いているだけでこの町で有名なお菓子はほぼ網羅できる。
 甘い匂いが充満するお菓子市場は、その名もベルストフェアリー。妖精すら寄ってくるベルスト自慢のお菓子という意味合いらしい。

「確かに、この甘い匂いは妖精も大好きよ」

 正真正銘の妖精であるライラは、このお菓子の甘い匂いに酔っているのか、ふわふわふらふら飛び回っていた。
 ライラのこの様子からすると、ベルストフェアリーという名は正鵠を得ているらしい。もっとも、私達意外にライラの姿は見えないので、市場の人々はそれを理解できないだろうけど。

 ベルストフェアリーは大きな一本道の左右に様々なお店が立ち並ぶ。そこでは袋詰めのお菓子の他、作りたての生菓子まで販売していた。
 行き交う人々を見ていると、大体の人が紅茶の入った紙カップ片手に生菓子を購入してはつまんでいた。この町ではどうやらお菓子の食べ歩きが結構な観光スポットのようだ。

 おあつらえ向きに、ほとんどの店では紅茶を販売している。さすがは紅茶とお菓子に力を入れる町。私達も他の人々にならい、紅茶を買って早速ベルストフェアリーを観光する事にした。

「やっぱり生菓子が多いわね。買い置きに向かないお菓子で気になるのがあったら、今のうちに食べないと後悔しそうだわ」

 歩きだして一歩目で足を止めたベアトリスは、台座に並べられた生菓子をしげしげと眺めながらそう言った。
 そこにあったのは小さなカップケーキ。それもただのカップケーキとは少し違っていて、バタークリームがたっぷり乗ったゴージャスな感じ。

 チョコやクッキーなどの袋詰めお菓子もあるにはあるが、やはり人気なのは出来たての生菓子系。
 ベルストフェアリーでは食べ歩きしやすいように一口サイズの物が多く作られている。もちろん持ち帰り用は大きいサイズのお菓子もあった。

 早速私達は一口サイズのバタークリームカップケーキを購入し、食べることに。
 ケーキ部分はチョコケーキで、その上に真っ白なバタークリームが渦を描くように盛られている。紙カップの側面をぺりっと剥がし、豪快に一口で食べてみた。

「んっ、甘っ」

 これはすごい甘さだ。チョコケーキ部分もしっかり甘いが、バタークリームの濃厚な甘さがそれ以上。
 口の中が蕩けてしまいそうなバター感に、目が覚めるような甘さの中、紅茶を一口。ちょっと渋めで香りがすっきりとした紅茶を飲むと、甘さが流れていって口の中に少し苦みが残る。

 こうなってくると、自然とまた甘いお菓子が欲しくなってくる。うーん、この渋くもすっきりした紅茶と甘いお菓子の組み合わせはすごい。延々食べられそう。

「次はあれ食べましょう、あれっ」
「私、あっちのも食べたいわ!」

 ベアトリスとライラもすっかりこの組み合わせの妙にやられたのか、率先してお菓子を見繕いだした。
 そしてそれは私も同じだ。こうなったら、このベルストフェアリーで売られている主要なお菓子を一日でコンプリートする勢いで食べていこう。

 次に食べたのは、ベアトリスが食べたいと主張したスポンジケーキ。
 これもただのスポンジケーキではない。一般にスポンジケーキと言えばふわふわとした生地だが、これはまるでパウンドケーキのようなどっしりした感じ。正式名称はベルストスポンジケーキで、この町名産の独特なスポンジケーキらしい。

 ベルストスポンジケーキは、生地を真横に半分に切り分け、その間にバタークリームとラズベリージャムがたっぷりと入っているのだ。

「ん~~~♪ ラズベリ~~~♪」

 そのスポンジケーキにかぶりついたベアトリスは、満面の笑みだった。うん、絶対ラズベリージャムが入ってたからこれを選んだよね。
 でも、ベアトリスが満面の笑みになったのはラズベリージャムのおかげだけではない。バタークリームの濃厚さに、ラズベリージャムの甘酸っぱさ、そしてしっとりしつつもバター風味が香る甘いスポンジケーキ部分。甘くて甘酸っぱくて、口の中に幸せが満ちていく。そんなお菓子だ。

「リリア、これっ。これが気になるわっ。このプルプルしたやつ」

 ライラが気になっているのは、小さなカップに入ったクリーム色のゼリーみたいなお菓子だ。品名はゼリーではなくババロアとなっている。

「ババロアって、ムースみたいな物だっけ?」

 ベアトリスに聞くと、すぐに返答が帰って来た。

「似ているけど別よ。ムースは泡立てた卵白や生クリームで、ババロアはゼラチンで固めたものよ。プリンとも似ているけど、プリンは卵の性質で固めているの。まあ、どんな成分で固まっているかの違いね」
「へえー」

 こういう時ベアトリスの料理知識が役立つ。そんな細かい違いなんだなぁ。
 疑問が氷解したところで、早速ババロアを頂くことに。
 ベアトリスがプリンに似ていると言った通り、器に入ったミルク色のババロアは確かにプリンのようだ。しかし紙スプーンの先をババロアに投入してみると、その感触が違う。

 プリンは柔らかいが、ババロアはぷるっとした感じ。ちょっとゼリー感がある。ゼラチンで固めているからゼリーに近いのだろう。
 一口ちゅるんとすすってもぐもぐ。
 味は甘いミルク味。生クリームともまた違った感じで、プリンともまた違う。ムースが更に固めになった物って言うのがしっくりくるかも。

「こってりしたゼリーって感じだね。おいしい」

 ムースともプリンとも違ったその食感と味は、結構気に入った。ライラも同じようで、ぷるぷるしたババロアをおいしそうに食べている。

「リリアは食べてみたいのないの?」

 ライラに言われて、そうだなぁと周りを見渡した。
 私が好きなお菓子はクッキーとかスコーンとか結構素朴なやつだ。特にスコーンは好きで、元々紅茶を良く飲む私はスコーンをお供にする事も多い。

 三人目の弟子リネットと共に暮らしていた時は、お手製のスコーンを焼いてもらってたっけ。
 でもスコーンは昨日食べたばっかり。できれば違うのがいいかな。この町特有のって感じのやつ。
 そういう思いでうろうろしていると、なんだか素朴なお菓子を発見できた。

「ショートブレッド……」

 それは長方形のクッキーの塊みたいなお菓子だった。
 ブレッドと言うがパンという感じではない。やっぱり大きなクッキーといった見た目だ。
 この素朴な風情に引かれた私は、早速購入して食べて見ることにした。

 一口噛むと、サクっとした食感。クッキーっぽいけど、クッキーよりは中の生地がしっとりしている。
 サクサクしっとり系で、味はクッキーよりも濃いバター味。クッキーとは明らかに違う、でもパンでもない。スコーンでもなければケーキでもない。

 甘いバター味でどことなく落ち着く不思議な味。色んなお菓子を毎日食べていたら、やっぱり最終的にこの味に落ちついた。そんな雰囲気漂う素朴さだ。
 ベアトリスもライラもショートブレッドをサクサク食べ始める。

「うん、おいしいわねこれ。日持ちもしそうだし、出発前に買うならこれがいいかも」
「そうね。お茶とも合うし、小腹が空いた時につまむのにもよさそうじゃない」

 ベアトリスとライラもわりとこの素朴さに引かれたのか、好感触だ。
 ショートブレッド一本を食べ終えた私は、紅茶をぐびっと飲む。
 そうして口内を洗い流した後息をついた。

「おいしいけどさ……私が惹かれたのだけちょっと地味じゃない?」

 おいしいけど、見た目長方形のただの焼き菓子だ。ベアトリスが惹かれたベルストスポンジケーキはジャムも入っていて色鮮やかだったし、ライラが惹かれたババロアはぷるぷるしてて面白かったのに。
 特に素朴な味に引かれるっていうのが、また弟子達におばあちゃん扱いされそうで嫌というか。

「おいしいから良いじゃない別に。ほらこれ、この町伝統のお菓子で一番人気らしいわよ」

 ベアトリスに言われるも、何だか釈然としない気持ちだった。
 こういう時にもっと魔女感だしたチョイスをするべきだったかもしれない。ベアトリスなんてさりげなくラズベリーアピールしてたしさ……。

 なんて、妙な対抗心を抱く私は、何か面白いお菓子は無いのかと目を光らせて歩きはじめるのだった。
 ……結果からいうと、そんな変なお菓子は無かった。全部普通においしかった……。当たり前だよね。
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