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71話、りんごの村と伝統りんご料理
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そろそろお昼になる時間帯。私たちは、街道の途中にあった小ぢんまりとした村に立ち寄っていた。
一見何の変哲もないその村だけど、思わず立ち寄ってしまったのには理由がある。
人が住む家が数軒しかない小さな村の奥には、何とも立派なりんごの果樹園があったのだ。
村の入口からでも分かるほど大きく丸く赤いりんごがなっている、立派な果樹園。それに興味を引かれ、私たちは立ち寄っていたのだ。
外にいる村人たちに軽く挨拶をかわし、奥の果樹園を見てもいいと許可を取る。
そしてやってきた果樹園前。柵で囲われていて中には村人しか入れないらしいが、外から見学するには問題ないようだ。
本当に立派な果樹園だった。等間隔にりんごの木が何本も植えられ、今は収穫期なのかそのどれもに赤いりんごがなっている。
これだけ立派な果樹園なのだから、これまでもきっと一見の旅人が立ち寄ってきたのだろう。果樹園入口前には立て札が建てられていて、そこにはこの果樹園が出来たいきさつが記されていた。
それによると、この村には昔からりんごがたくさんなっていたが、食用ではなくまずかったらしい。
しかしこれほどたくさんのりんごの木が自生するのだからどうにか生かせないかと、何代もの前の村長が提案し、まずい中でもまだ甘みのあるりんごの種を積極的に植え、そこから何世代も掛け合わせて今のおいしいりんごがなるようになったとのこと。
また、たくさんのおいしいりんごがなるようになったので、それを活かすりんご料理も積極的に開発しているようだ。興味があれば村の食事処「りんご園」にぜひお越しください……と立て札は結んでいる。
……一見の旅人に紹介するための立て札だけあって、ちゃっかりお店の宣伝もしているのは見事だ。
「りんご料理って……そんなにある?」
皆で立て札を読み終えた後、モニカが首を傾げてそう言った。
「ジャムとかアップルパイとか、そういうデザート系ならすぐ思いつくけど……この書き方だと他には無いりんご料理があるってことだよね」
私もモニカと同じく「りんご料理」とやらにピンときてない。
クロエは心当たりある? と聞いてみると、彼女は長い銀髪を揺らして首を振った。
「料理はそんなに詳しくない。自分でりんごを買う時はいつもそのまま食べる」
確かに、りんごを買ってきてそこから自分で加工することはそんなに無いかも。だいたいフルーツとしてそのまま食べたくなって買うことが多いし。
料理が得意な人ならまた別だろうけど……あいにく私たちは皆料理は得意ではない。
なので三人とも「りんご料理」の具体的な想像がつかず、立て札を前に考え込む。
すると私の魔女帽子のつばに座ってぷらぷらと足を揺らしていたライラが、明るい声を響かせた。
「行ってみればいいじゃない、この食事処りんご園に」
それを聞いて、私たちは一斉に黙り込んだ。ライラはそれを不思議に思ったのか、帽子のつばから降りてパタパタと羽根を羽ばたかせて私の顔の前にやってくる。
「いきなり黙ってどうしたの?」
可愛らしく小首を傾げるライラに、私は重々しく口を開いた。
「いやほら、前の唐辛子を栽培していた村のことがあるからさ……想像もつかない料理を提供するお店に入る勇気がでないっていうか……」
私が言うと、モニカがうんうんと頷いた。
「結果的に私は普通においしく食べられたけど、毎回そうとは限らないものね。この村のりんご料理があの村の辛い料理くらいぶっ飛んでる可能性は十分あるわ」
「……私はそのことを二人から聞いただけだから何とも言えないけど、こういう小さな村での村おこし料理はインパクト重視でとてつもない物が多々あるのは経験済み」
魔術遺産の研究のためあちこちの地域に行っているクロエも、過去の私のように痛い目にあったことがあるのだろう。実感のこもった発言だった。
「じゃあ……行かないの?」
ライラが純粋な声音でそう言うと、これまた私たちはしばし黙ることになった。
そして私が先に口を開く。
「ずっと考えてるけど、りんご料理ってそんなに危険性は無いと思うんだよね」
モニカとクロエもうんうん頷き、続くように口を開く。
「仮に大量のりんごが使われている料理だとしても、甘いだけで辛いよりはマシだとは思うのよね」
「……最悪、アップルパイを食べればいい。りんご料理ならまず外せない料理だから、あるはず」
それぞれの言葉を聞き終えたライラは、妙な表情をしてぐるりと私たちの顔を見回した。
「なら、行けばいいじゃない、食事処りんご園」
「うん……行こうとは思っている」
「じゃあこの時間なに!? なんで皆ぴくりとも動かないの? お昼時で皆お腹空いてるでしょ」
「今はあれだよ……心の準備中」
「……心の準備ってなに……」
ライラは訳が分からないとばかりに何度も首を傾げた後、私の帽子のつばにちょこんと座った。
「よく分からないけど、私のお腹と背中がくっつくまでに心の準備をしてね」
ライラはピンときてないようだけど、想像もつかない未知の料理を前にすると足が止まるのはしかたないことだ。
特にごはんは重要なのだ。できれば毎食おいしいのが食べたいと思うのが人の常。おいしいごはんを食べると幸せな気分になるということは、口に合わない料理で一食を終えると何だか釈然としない気分を引きずるのだ。
とはいえ、この機会に出会ったりんご料理を食べないという選択肢はない。だから心の準備さえ終えれば食べに行くつもりだ。何が出てきても後悔しないよう、覚悟だけはしておかないと。
そうして何度も深呼吸をして気合を入れた私は、モニカとクロエを率いて食事処「りんご園」へと向かった。
「……そんなに気合必要なの?」
呆れ混じりのライラは気にしないようにする。
そうしてやってきた食事処「りんご園」は、この村唯一のお店にして観光客向けだからか、意外とおしゃれな内装をしていた。
可愛らしくデフォルメされたりんごのイラストが目立つ壁紙に、綺麗な白い絹のテーブルクロス。椅子はふかふかのカバーがかけられていて、座り心地がよさそうだ。
モニカとクロエの二人を連れているので、四人用のテーブル席へと腰かける。そして期待と不安混じりに皆でメニューを開いてみた。
やはりここではりんご料理を推しているらしく、どこの品名を見てもりんごの三文字が目立つ。
前菜にはりんごをふんだんに使ったサラダや、りんごソースで食べる野菜スティックなどなど。
メインどころは、りんごのソテーを乗っけたりんごと牛肉のステーキに、ハンバーグのりんごおろしソースがけ、りんごの果肉入り鶏肉団子なんかもあった。
「あ、思ったよりおいしそうかも」
メニューを眺めながらつぶやくと、モニカも同意見だったらしく声を弾ませた。
「なるほど、肉とりんごは確かに合うかもしれないわね。りんごの甘酸っぱさが肉汁と絡んで……ああ、おいしそうかも」
クロエはパラパラとメニューをめくり、デザート欄を見て目を輝かせた。
「アップルパイある。良かった」
「……そういえばクロエってデザート類は結構好きだったっけ?」
思えば昔からデザートを食べる時はどこか楽しげだった気がする。
クロエは、むしろ今頃気づいた? とばかりに目を丸くしていた。
「昔から何度か甘い物は好きだと言っていた気がする」
「そうだっけ?」
するとモニカが意地悪く笑った。
「リリアはもうボケが入っちゃってるのよ」
「ボケてないって! 前も言ったけどモニカよりも先にはボケない。モニカの方が年上だし」
「あ、またそれ! やめなさいよあんたっ」
私たちの言い合いを聞いて、クロエはなぜかライラの方を見た。
「ライラから見て最近のリリアはボケてる?」
「……微妙なところかも」
「微妙!?」
思わず私は大きな声を出していた。
ライラ……私のこと微妙にボケてると思ってたんだ。
ショックを受ける私をなだめる様に、ライラが帽子越しに頭を撫でてくる。
「だって、前ピラミッドに登ろうとして一段で諦めようとしてたじゃない」
……あ、あったなーそれ。
「それにその後すぐパン生地を砂に埋めるし」
あーその言い方語弊がある。
「他にも若い恋人たちが居る真ん中でイルミネーションツリーを眺めるし、雪が寒いってだだこねたし」
「そろそろその辺でやめようライラ」
段々私がボケてるかどうか関係なくなってる。これまであった旅路での私の醜態じゃないか、どれもこれも。
「あんた……何してんのよ」
「リリアの意外な一面」
幼馴染二人に白い目で見られ、低くうなるしかない私だった。
……とりあえず注文をしようと場を流し、皆で話し合って料理を決める。
観光客向けのお店でもあるからか、複数人でも食べられるよう大きなサイズで注文もできるようなので、モニカが食べたいと言ったりんごと牛肉のステーキと、クロエの好物アップルパイ、それぞれ三人前を頼むことにした。妖精のライラを含めて四人なので、三人分でちょうどいいくらいだろう。
後はドリンクの果汁百パーセントりんごジュース。りんご園というお店の名前にふさわしく、りんご尽くしの注文だ。
注文からしばらくして、りんごジュースとりんごと牛肉のステーキが運ばれてくる。
りんごと牛肉のステーキは複数人用で注文したからか、大きいお皿に乗っていた。お肉やその上のリンゴソテーはサイコロ状に切りそろえられていて、皆で食べやすいようになっている。
「へえー、良い匂いするじゃない」
モニカがお肉の匂いを嗅いで声を弾ませる。言う通り匂いは良い。お肉の匂いとりんごの爽やかな匂いがうまく混ざり合っていて、食欲をそそる。
待ちきれないとフォークを持つモニカに合わせ、全員で一斉に口へ運んだ。
しっかりとした歯ごたえの牛肉に、熱が通って柔らかくしっとりとしたりんごソテーの食感。牛肉は塩コショウで下味をしっかり付けてあるのかちょっと塩気が強く、りんごのさっぱりとした甘みと酸っぱさがそれを引き立てていた。
「ん~、おいしいじゃない」
「確かにお肉と合っている」
舌つづみを打つモニカに、黙々と頷くクロエ。二人の感想通り、りんごと牛肉のステーキは意外にもベストマッチだった。
りんごジュースを飲んでみると、果汁百パーセントだけあってすごく濃い。それでいて甘さは自然で、後味はさっぱりとしていた。
ちょっと警戒して覚悟を決めていたけど、実際食べてみるとりんご料理はすごくおいしい。多分りんごとお肉が高相性と分かっていて、それをメインに提供しているのもあるだろう。
複数人用の特大サイズのりんごと牛肉のステーキだったが、四人であっという間に平らげてしまう。
食べ終えたモニカがお腹を撫でながらつぶやく。
「この人数でも結構ボリュームあったけど、りんごがさっぱりしてるせいか、わりと余裕あるわね」
「これならアップルパイも問題なく食べられる」
クロエは無表情の中でわくわくと瞳を輝かせていた。そんなにアップルパイ好きなんだ。
「ライラはどう? まだ食べられる?」
私が聞くと、ライラはにこりと笑った。
「全然問題ないわ」
私もまだお腹には余裕がある。実はりんごと牛肉のソテーはモニカがばくばく食べてくれたのだ。肉好きにも程があるが、おかげでお腹には大分余裕を持てた。
甘い物は別腹なのか、お肉をたくさんたいらげたモニカもデザートのアップルパイを問題なく食べられるようだ。
どうやら今回の食事は無事大満足で終わりそう。
そう楽観しながらアップルパイを待っていた私たちは、やがて運ばれてきたアップルパイを目の当たりにして、一斉に押し黙った。
そのアップルパイは、よくあるアップルパイとは少し違って、焼き上げられたパイの上に生クリームがふんだんに乗っかり、更にその上にりんごのコンポートがたくさん散りばめられていたのだ。
ぱっと見、もはやケーキと見間違う出来栄えである。しかもボリュームがすごい。アップルパイの上にクリームとコンポートが乗ってるのだから、普通の物と比べて倍近い大きさだ。
それが私とモニカとクロエ、それぞれの前にやってきた時、全員話が違うとばかりに視線が交わった。
「こ、こんなボリュームがあるアップルパイだなんて、聞いてないわよ」
震え声のモニカ。傍らのクロエは慌ててメニューを開き、乾いた声を出した。
「……ごめん、このアップルパイの正式名称、伝統のアップルパイ、だった……横に普通のアップルパイも乗っている……こっちを頼むべきだったかも」
……なるほど、これは確かに伝統を感じさせるボリュームだ。
やっぱり、地域性が出る料理は油断できない。そのことを改めて感じた私だった。
……結局、ボリュームはすごかったが、私たちは全員伝統のアップルパイを食べきることに成功した。
私はライラと分けあったし、クロエは甘いものが好きだからか、ちょっと苦しそうだったけど完食していた。
ただ一人モニカだけは……その前に大好きなお肉料理をバクバク食べていたこともあり、こんなの絶対太る、とぶつぶつ言いながら虚ろな目で食べ続けていた。
それでも食べるのをやめないところから分かるように……伝統のアップルパイはとてもおいしかったのだ。
ついつい食べ過ぎてしまうということもあるので、おいしすぎるというのも考え物なのかもしれない。
そんなことを学んだ私だった。
一見何の変哲もないその村だけど、思わず立ち寄ってしまったのには理由がある。
人が住む家が数軒しかない小さな村の奥には、何とも立派なりんごの果樹園があったのだ。
村の入口からでも分かるほど大きく丸く赤いりんごがなっている、立派な果樹園。それに興味を引かれ、私たちは立ち寄っていたのだ。
外にいる村人たちに軽く挨拶をかわし、奥の果樹園を見てもいいと許可を取る。
そしてやってきた果樹園前。柵で囲われていて中には村人しか入れないらしいが、外から見学するには問題ないようだ。
本当に立派な果樹園だった。等間隔にりんごの木が何本も植えられ、今は収穫期なのかそのどれもに赤いりんごがなっている。
これだけ立派な果樹園なのだから、これまでもきっと一見の旅人が立ち寄ってきたのだろう。果樹園入口前には立て札が建てられていて、そこにはこの果樹園が出来たいきさつが記されていた。
それによると、この村には昔からりんごがたくさんなっていたが、食用ではなくまずかったらしい。
しかしこれほどたくさんのりんごの木が自生するのだからどうにか生かせないかと、何代もの前の村長が提案し、まずい中でもまだ甘みのあるりんごの種を積極的に植え、そこから何世代も掛け合わせて今のおいしいりんごがなるようになったとのこと。
また、たくさんのおいしいりんごがなるようになったので、それを活かすりんご料理も積極的に開発しているようだ。興味があれば村の食事処「りんご園」にぜひお越しください……と立て札は結んでいる。
……一見の旅人に紹介するための立て札だけあって、ちゃっかりお店の宣伝もしているのは見事だ。
「りんご料理って……そんなにある?」
皆で立て札を読み終えた後、モニカが首を傾げてそう言った。
「ジャムとかアップルパイとか、そういうデザート系ならすぐ思いつくけど……この書き方だと他には無いりんご料理があるってことだよね」
私もモニカと同じく「りんご料理」とやらにピンときてない。
クロエは心当たりある? と聞いてみると、彼女は長い銀髪を揺らして首を振った。
「料理はそんなに詳しくない。自分でりんごを買う時はいつもそのまま食べる」
確かに、りんごを買ってきてそこから自分で加工することはそんなに無いかも。だいたいフルーツとしてそのまま食べたくなって買うことが多いし。
料理が得意な人ならまた別だろうけど……あいにく私たちは皆料理は得意ではない。
なので三人とも「りんご料理」の具体的な想像がつかず、立て札を前に考え込む。
すると私の魔女帽子のつばに座ってぷらぷらと足を揺らしていたライラが、明るい声を響かせた。
「行ってみればいいじゃない、この食事処りんご園に」
それを聞いて、私たちは一斉に黙り込んだ。ライラはそれを不思議に思ったのか、帽子のつばから降りてパタパタと羽根を羽ばたかせて私の顔の前にやってくる。
「いきなり黙ってどうしたの?」
可愛らしく小首を傾げるライラに、私は重々しく口を開いた。
「いやほら、前の唐辛子を栽培していた村のことがあるからさ……想像もつかない料理を提供するお店に入る勇気がでないっていうか……」
私が言うと、モニカがうんうんと頷いた。
「結果的に私は普通においしく食べられたけど、毎回そうとは限らないものね。この村のりんご料理があの村の辛い料理くらいぶっ飛んでる可能性は十分あるわ」
「……私はそのことを二人から聞いただけだから何とも言えないけど、こういう小さな村での村おこし料理はインパクト重視でとてつもない物が多々あるのは経験済み」
魔術遺産の研究のためあちこちの地域に行っているクロエも、過去の私のように痛い目にあったことがあるのだろう。実感のこもった発言だった。
「じゃあ……行かないの?」
ライラが純粋な声音でそう言うと、これまた私たちはしばし黙ることになった。
そして私が先に口を開く。
「ずっと考えてるけど、りんご料理ってそんなに危険性は無いと思うんだよね」
モニカとクロエもうんうん頷き、続くように口を開く。
「仮に大量のりんごが使われている料理だとしても、甘いだけで辛いよりはマシだとは思うのよね」
「……最悪、アップルパイを食べればいい。りんご料理ならまず外せない料理だから、あるはず」
それぞれの言葉を聞き終えたライラは、妙な表情をしてぐるりと私たちの顔を見回した。
「なら、行けばいいじゃない、食事処りんご園」
「うん……行こうとは思っている」
「じゃあこの時間なに!? なんで皆ぴくりとも動かないの? お昼時で皆お腹空いてるでしょ」
「今はあれだよ……心の準備中」
「……心の準備ってなに……」
ライラは訳が分からないとばかりに何度も首を傾げた後、私の帽子のつばにちょこんと座った。
「よく分からないけど、私のお腹と背中がくっつくまでに心の準備をしてね」
ライラはピンときてないようだけど、想像もつかない未知の料理を前にすると足が止まるのはしかたないことだ。
特にごはんは重要なのだ。できれば毎食おいしいのが食べたいと思うのが人の常。おいしいごはんを食べると幸せな気分になるということは、口に合わない料理で一食を終えると何だか釈然としない気分を引きずるのだ。
とはいえ、この機会に出会ったりんご料理を食べないという選択肢はない。だから心の準備さえ終えれば食べに行くつもりだ。何が出てきても後悔しないよう、覚悟だけはしておかないと。
そうして何度も深呼吸をして気合を入れた私は、モニカとクロエを率いて食事処「りんご園」へと向かった。
「……そんなに気合必要なの?」
呆れ混じりのライラは気にしないようにする。
そうしてやってきた食事処「りんご園」は、この村唯一のお店にして観光客向けだからか、意外とおしゃれな内装をしていた。
可愛らしくデフォルメされたりんごのイラストが目立つ壁紙に、綺麗な白い絹のテーブルクロス。椅子はふかふかのカバーがかけられていて、座り心地がよさそうだ。
モニカとクロエの二人を連れているので、四人用のテーブル席へと腰かける。そして期待と不安混じりに皆でメニューを開いてみた。
やはりここではりんご料理を推しているらしく、どこの品名を見てもりんごの三文字が目立つ。
前菜にはりんごをふんだんに使ったサラダや、りんごソースで食べる野菜スティックなどなど。
メインどころは、りんごのソテーを乗っけたりんごと牛肉のステーキに、ハンバーグのりんごおろしソースがけ、りんごの果肉入り鶏肉団子なんかもあった。
「あ、思ったよりおいしそうかも」
メニューを眺めながらつぶやくと、モニカも同意見だったらしく声を弾ませた。
「なるほど、肉とりんごは確かに合うかもしれないわね。りんごの甘酸っぱさが肉汁と絡んで……ああ、おいしそうかも」
クロエはパラパラとメニューをめくり、デザート欄を見て目を輝かせた。
「アップルパイある。良かった」
「……そういえばクロエってデザート類は結構好きだったっけ?」
思えば昔からデザートを食べる時はどこか楽しげだった気がする。
クロエは、むしろ今頃気づいた? とばかりに目を丸くしていた。
「昔から何度か甘い物は好きだと言っていた気がする」
「そうだっけ?」
するとモニカが意地悪く笑った。
「リリアはもうボケが入っちゃってるのよ」
「ボケてないって! 前も言ったけどモニカよりも先にはボケない。モニカの方が年上だし」
「あ、またそれ! やめなさいよあんたっ」
私たちの言い合いを聞いて、クロエはなぜかライラの方を見た。
「ライラから見て最近のリリアはボケてる?」
「……微妙なところかも」
「微妙!?」
思わず私は大きな声を出していた。
ライラ……私のこと微妙にボケてると思ってたんだ。
ショックを受ける私をなだめる様に、ライラが帽子越しに頭を撫でてくる。
「だって、前ピラミッドに登ろうとして一段で諦めようとしてたじゃない」
……あ、あったなーそれ。
「それにその後すぐパン生地を砂に埋めるし」
あーその言い方語弊がある。
「他にも若い恋人たちが居る真ん中でイルミネーションツリーを眺めるし、雪が寒いってだだこねたし」
「そろそろその辺でやめようライラ」
段々私がボケてるかどうか関係なくなってる。これまであった旅路での私の醜態じゃないか、どれもこれも。
「あんた……何してんのよ」
「リリアの意外な一面」
幼馴染二人に白い目で見られ、低くうなるしかない私だった。
……とりあえず注文をしようと場を流し、皆で話し合って料理を決める。
観光客向けのお店でもあるからか、複数人でも食べられるよう大きなサイズで注文もできるようなので、モニカが食べたいと言ったりんごと牛肉のステーキと、クロエの好物アップルパイ、それぞれ三人前を頼むことにした。妖精のライラを含めて四人なので、三人分でちょうどいいくらいだろう。
後はドリンクの果汁百パーセントりんごジュース。りんご園というお店の名前にふさわしく、りんご尽くしの注文だ。
注文からしばらくして、りんごジュースとりんごと牛肉のステーキが運ばれてくる。
りんごと牛肉のステーキは複数人用で注文したからか、大きいお皿に乗っていた。お肉やその上のリンゴソテーはサイコロ状に切りそろえられていて、皆で食べやすいようになっている。
「へえー、良い匂いするじゃない」
モニカがお肉の匂いを嗅いで声を弾ませる。言う通り匂いは良い。お肉の匂いとりんごの爽やかな匂いがうまく混ざり合っていて、食欲をそそる。
待ちきれないとフォークを持つモニカに合わせ、全員で一斉に口へ運んだ。
しっかりとした歯ごたえの牛肉に、熱が通って柔らかくしっとりとしたりんごソテーの食感。牛肉は塩コショウで下味をしっかり付けてあるのかちょっと塩気が強く、りんごのさっぱりとした甘みと酸っぱさがそれを引き立てていた。
「ん~、おいしいじゃない」
「確かにお肉と合っている」
舌つづみを打つモニカに、黙々と頷くクロエ。二人の感想通り、りんごと牛肉のステーキは意外にもベストマッチだった。
りんごジュースを飲んでみると、果汁百パーセントだけあってすごく濃い。それでいて甘さは自然で、後味はさっぱりとしていた。
ちょっと警戒して覚悟を決めていたけど、実際食べてみるとりんご料理はすごくおいしい。多分りんごとお肉が高相性と分かっていて、それをメインに提供しているのもあるだろう。
複数人用の特大サイズのりんごと牛肉のステーキだったが、四人であっという間に平らげてしまう。
食べ終えたモニカがお腹を撫でながらつぶやく。
「この人数でも結構ボリュームあったけど、りんごがさっぱりしてるせいか、わりと余裕あるわね」
「これならアップルパイも問題なく食べられる」
クロエは無表情の中でわくわくと瞳を輝かせていた。そんなにアップルパイ好きなんだ。
「ライラはどう? まだ食べられる?」
私が聞くと、ライラはにこりと笑った。
「全然問題ないわ」
私もまだお腹には余裕がある。実はりんごと牛肉のソテーはモニカがばくばく食べてくれたのだ。肉好きにも程があるが、おかげでお腹には大分余裕を持てた。
甘い物は別腹なのか、お肉をたくさんたいらげたモニカもデザートのアップルパイを問題なく食べられるようだ。
どうやら今回の食事は無事大満足で終わりそう。
そう楽観しながらアップルパイを待っていた私たちは、やがて運ばれてきたアップルパイを目の当たりにして、一斉に押し黙った。
そのアップルパイは、よくあるアップルパイとは少し違って、焼き上げられたパイの上に生クリームがふんだんに乗っかり、更にその上にりんごのコンポートがたくさん散りばめられていたのだ。
ぱっと見、もはやケーキと見間違う出来栄えである。しかもボリュームがすごい。アップルパイの上にクリームとコンポートが乗ってるのだから、普通の物と比べて倍近い大きさだ。
それが私とモニカとクロエ、それぞれの前にやってきた時、全員話が違うとばかりに視線が交わった。
「こ、こんなボリュームがあるアップルパイだなんて、聞いてないわよ」
震え声のモニカ。傍らのクロエは慌ててメニューを開き、乾いた声を出した。
「……ごめん、このアップルパイの正式名称、伝統のアップルパイ、だった……横に普通のアップルパイも乗っている……こっちを頼むべきだったかも」
……なるほど、これは確かに伝統を感じさせるボリュームだ。
やっぱり、地域性が出る料理は油断できない。そのことを改めて感じた私だった。
……結局、ボリュームはすごかったが、私たちは全員伝統のアップルパイを食べきることに成功した。
私はライラと分けあったし、クロエは甘いものが好きだからか、ちょっと苦しそうだったけど完食していた。
ただ一人モニカだけは……その前に大好きなお肉料理をバクバク食べていたこともあり、こんなの絶対太る、とぶつぶつ言いながら虚ろな目で食べ続けていた。
それでも食べるのをやめないところから分かるように……伝統のアップルパイはとてもおいしかったのだ。
ついつい食べ過ぎてしまうということもあるので、おいしすぎるというのも考え物なのかもしれない。
そんなことを学んだ私だった。
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