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70話、干物の混ぜご飯
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「はぁ~……すっかり夜ね」
太陽が沈み込んで暗闇が支配する時間帯。街道端のちょうどいいスペースでたき火を起こして一息ついていると、モニカが憂鬱そうにつぶやいた。
「さすがにもう野宿も慣れたでしょ?」
モニカが着いてきてから、こうして夜を迎えるのは四度目。それくらいになると慣れたものだろうと思っていたけど、モニカは食って掛かるように私へ詰め寄った。
「慣れるわけないでしょっ。憂鬱も憂鬱。野宿なんてやっぱりありえないわっ」
ありえないと言われても、旅をしているのだから避けられない事柄だ。慣れるしかない。
「だいたい外で寝ると疲れが全然取れないのよ。体が凝ってバキバキになるし、温かいベッドが恋しいわ」
「あ、それは分かる」
今ではすっかり野宿に慣れた私だけど、モニカの言う通り寝起きでの体の凝りには一向に慣れない。温かいベッドが恋しくなるのは同意だった。
「……野宿なら多少の不便があるのは仕方ない」
クールなことを言うのはもう一人の幼馴染クロエ。夜でも月明かりに映える銀髪に無表情を描く綺麗な顔は、まるで人形のようだ。
「じゃあクロエは野宿でも体が凝らないって言うの?」
肩をすくめるモニカに、クロエは静かに首を振った。
「私は……特に肩が凝る。枕が違うと首をひねりやすい癖があるのかも」
「あ~……それ分かるかも。あんた寝てる時全く寝返りとかうたないものね。寝相が良すぎるから肩が凝るのよ」
「……そういうものなの?」
「さあ? 詳しいことは知らないけどそうだと思ってるわ」
全く根拠のない発言だったのか。ちょっとなるほどなぁ、って思ってしまった。恥ずかしい。
「ところでリリアはなにしてるの?」
モニカとクロエが会話を続ける中で、私の魔女帽子のつばを定位置にするライラが上から声を投げかけてきた。
実を言うと私はさっきから作業中だったのだ。ライラはそれが気になったのだろう。
「夕ごはんの準備だよ。多分結構すぐできると思う」
モニカとクロエがしばしの間私の旅に同行するにあたって、野宿の際のごはんは私に一任されていた。
モニカは野宿に慣れてないし、クロエは普段野宿では乾パンなどの質素な食べ物しか食べないらしい。しかも二人とも料理には興味ないので、私に任せた方が安心と意見が一致したようだ。
正直私も料理の腕は二人と似たような物だし、野宿の際に食べるごはんはそこまで凝った物ではない。ちょっと荷が重いなと感じつつも、やるだけやってみるつもりだった。
とにかく普段とは違い、三人分プラス妖精一人分を用意しなければいけない。どうしたものかと朝から考えていた私は、一つ案を思いついて早速今準備をしていたのだ。
といってもそんな大変な物を作るつもりもない。保存が効く主食として以前買っていたある物を利用するつもりだ。
そのある物とは……お米だ。今日のお昼にお米を練って作ったお団子を食べて、そういえばお米買っておいたなぁ、と思い出したのだ。
お米は小麦粉と違い、そこから加工しなくても食べることができる。小麦粉は水を加えて練らないとパンやビスケットにならないが、お米ならそのまま水で煮れば炊けるしリゾットにもなる。
保存も長期間効くし、数日分ならかさばらない上重さもほどほど。それでいて炊くとふっくらとして食べごたえもある。普段お米を食べないので気づかなかったが、旅で携帯するならわりと悪くない食材だ。
元々はリゾットにして食べようと思っていたけど、今回は四人分を準備しないといけない。となるとリゾットよりも普通に炊いた方が良いだろう。
その考えで私はフライパンにお米を二合ほど入れ、十分ひたるくらい水を注いで蓋をし、たき火の上にテレキネシスで固定した。
四人分とは言うが、小さい妖精のライラに十五歳程度の体で成長が止まっている私たち三人なので、二合もあればまず十分だろう。
お米の炊き方は私のかつての弟子リネットから教えてもらっていた。まず中の水が沸騰するくらい待って、沸騰したら弱火で十五分から二十分。その後数分蒸らせばおいしく炊き上がるとの事だ。
たき火の上に固定したフライパンを見守っていると、そのうちごぽごぽと音が立って蓋が何度か浮き上がる。それが水が沸騰したサインなので、そこからフライパンをたき火のもう少し上、火の先がギリギリ当たらないくらいの位置で固定し、後は二十分ほど待つ。
これで主食は確保できたわけだが、パンと違ってお米はそれ単体で食べてもなんだか物足りない。炊いたお米には合わせるおかずが必要なのだ。
今回お米のおかずの当てもあった。おかずにするというより炊き上がったごはんに混ぜ込むつもりだけど。とにもかくにもお米が炊きあがる前にその下準備を済ませておきたい。
そうして行動を起こそうとして、はたと気づいた。
「そういえばモニカとクロエってお米食べられる?」
そう、この二人はお米が苦手ではないだろうか?
私は元々お米が苦手だった。というのも、そもそもお米を食べる文化が無かったからだ。実家がある地域はもっぱらパンが主食。当然幼馴染の二人もパン文化で育っている。
だからどうなのだろうと聞いてみたが、二人はあっけらかんと言った。
「前は苦手だったけど、お肉にはパンよりお米が合うって気づいてからは問題なくなったわ」
「……私も、別に苦手ではない。魔術遺産の調査ではお米が主食の地域にもよく行く」
意外にも二人ともお米は大丈夫のようだ。しかしお米慣れした経緯がまさに二人らしい。
なら何の憂いもない。私は鞄の中から袋を取り出し、その中身を取り出した。
それは初めて見るならちょっとグロテスクな見た目とも言える、魚の干物だ。以前川魚の干物を食べた時結構おいしかったので、時折野宿の際食べようと買っておいたのだ。
今回のは川魚ではなく海の魚のはずだ。種類は……何だろう。そもそも魚の種類に詳しくない。多分何かしらの白身魚だ。
私が取り出した魚の干物を見て、モニカはうぇっと悲鳴にも似た声をあげた。
「なにそれ……干からびた魚の死骸?」
「違うよ。干物。乾燥させた魚」
モニカの感想を耳にして、なんか前も似たようなことを聞いたことが……と思い返す。
あれだ、ライラに初めて干物見せた時も同じこと言ってた。
干物は水分が無くなることで旨みがぎゅっと詰まるらしい。初見では確かに見た目に一歩引いてしまうけど、食べると問題なくおいしいのだ。
この干物を、まずは軽く火であぶって焼く。テレキネシスで火の上に固定すると、乾燥した身からじわりと油が浮き上がってきた。
日持ちさせるため、また水分を無くすため塩も結構使われているので、油が浮き出て艶が出てきた身に白いつぶが現れていく。塩の結晶だ。
しばらくあぶっていると、魚の匂いと塩が焼けるような匂いが漂ってくる。それくらいになったら火から遠ざけ、骨が混じらないよう身をほぐし皿にうつし替える。
「なんか地味な作業ね」
干物の身をほじくる私を見ながら、モニカは軽くあくびをした。暇なら手伝ってほしいけど、完全に私に任せ切っているようだ。別にいいけど。
干物の身を綺麗に取り除いた頃になると、ごはんは蒸らしまで終えて炊きあがっていた。
フライパンの蓋を開けて中身を確認すると、お米はふっくらと炊きあがっている。わりと勘で水を調整したけど、いい具合だったようだ。
こうなると後は簡単。ほぐした干物の身をごはんに入れ、軽く混ぜ込む。混ぜる時はスプーンを使う。テレキネシスでやろうかと思ったけど、ごはんは一粒一粒が合わさった塊みたいなものだからか、何かうまく操作できなかった。全部一気に持ち上げるとかならできるけど、混ぜるというのはテレキネシスでは難しい。
フライパンで炊いたからかおこげも出来ていて、干物のほぐし身と一緒におこげも分散するよう混ぜていく。ざっくりと混ざったら完成。干物のほぐし身混ぜ込みごはんだ。
干物自体の味が濃いし塩気もあるので、これだけで味は問題ないだろう。
仕上げにネギや青菜を刻んだものを散りばめてもおいしそうだと思ったけど、野外なのでそんなものは用意できていない。今回はこのシンプルなままで頂くことにした。
「はい、出来たよ。全員分の食器はないし……もう雑にフライパンから直接取っちゃって」
こうして食べる段になって気づいたけど、それぞれに取り分ける食器類も不足している。普段はライラと分けるだけなので問題ないが、他に二人もいたらそうなるのが当然だった。
でもだからといって皆の分の食器を準備するのもかさばるし、とりあえずこういう雑な食べ方でお茶を濁そう。
「ま、いいんじゃない。そんな気を使う仲でもないしね」
「野外料理なら……こういうのも風情」
モニカもクロエも同じフライパンをつつくのには抵抗ないようだ。モニカが言う通り、そういうことを気にする間柄ではない。二人は幼馴染で近しいし、ライラとは普段からごはんをわけあってるし。
ということで、四人でフライパンを囲み箸でつつきはじめる。
干物の混ぜごはんを一口食べる。まだ炊き立てなので熱々だったが、ヤケドするほどでもない。
じっくりと味わうように咀嚼すると、干物に詰まった魚の旨みと塩気がしっかりと効いていておいしかった。ごはんは食べてから分かったが、水加減が目分量だったからかちょっともちゃっとしている。とはいえまずいというほどでもない。柔らかいのが好きなら問題ないだろう。
ごはんは味が無いようでいて、噛んでいるとほのかな甘みがある。この甘みはでんぷんによる甘みらしい。砂糖ほど強い甘みではなく、なんだか柔らかな甘さだ。
そのほのかな甘さと魚の干物の塩気がお互いを引き立てているようで、食べている内にどちらの味も強く感じてくる。一緒に混ぜて食べるとこういうことになるんだ。
この塩気と甘さが口の中で渾然一体となるのはなんだか堪らない。お昼に食べたお団子も甘じょっぱい味付けだったし、お米はそういう食べ方の方があっているのだろうか。モニカもお肉と合うって言ってたし。
私が作った干物の混ぜごはんを、モニカとクロエ、そしてライラは次々と口に運んでいく。
「魚の身と一緒に食べるのも悪くないわね。最初は死骸に見えたけど結構おいしいじゃない、干物」
肉食のモニカは魚肉もそれなりに好きなのか、満足げだった。でも死骸とか言うのは止めて欲しい。
「おいしいけど私はお米硬めが好き」
クロエに言われ、私は相づちを打った。
「確かに柔らかめだよね。今度はもうちょっと水減らしてみる。でもクロエってお米は硬めが好きなんだ。意外」
「うん、だからリゾットよりも普通に炊いた方が好き」
そう言われて思い出したのは、かつての弟子の一人エメラルダだった。あの子もリゾットより普通に炊いたお米を気に入っていた。
そうか、クロエはエメラルダタイプなんだ。性格もエメラルダに似てちょっと変わってるし。
幼馴染とかつての弟子の間に妙な共通点を発見してしまった。もしかしたらこの二人は気が合うのかも。
「私は柔らかい方が好きかもしれないわ」
そう言ったのはライラだった。ライラは体が小さいし、それに比例して噛む力とかも私たちより若干弱いのかもしれない。でもそれとは無関係に柔らかい炊き上がりが好きなのかも。
クロエとライラの発言を聞いて、モニカもまたお米の炊き具合について口を開いた。
「私は柔らかくもなく固くもなく、普通ぐらいが一番好きだわ。私にとってお米はお肉をよりおいしく食べるためのものだから、普通なのが一番よ」
「……モニカからするとお肉が主食なんだ」
なんだかモニカらしい意見を聞いて私は呆れ混じりに息を吐いた。
「……で、リリアはどうなの?」
クロエに聞かれて、私はきょとんとする。
「どうって……なにが?」
「お米の炊き具合」
なるほど、と手を打つ。聞いてみれば三人で綺麗に意見が分かれている。そこで四人目の私はどうなのかと気になったのだろう。
しかも私は野宿でのごはん作り担当。今後またお米を炊く時は私好みの炊きあがりになるだろうと、三人は予想しているはずだ。その期待と不安混じりに私の答えを待っている。
私はたっぷりと考え込んでから、口を開いた。
「……ごめん、最近になってお米は食べ慣れたしおいしいとも思うけど、そんな炊き具合気にするほど好きでもないや」
やっぱり私はお米よりパン派だ。素朴なパンをスープに付けて食べるのが何よりも好物。炊き具合がどうのこうの言うほどお米派ではない。
だからこれからもお米を炊く時は、目分量で一期一会の硬さ柔らかさを楽しむと思う。
笑い交じりにそう言うと、三人は呆れたとばかりに深いため息をついていた。
……私、変なこと言った?
太陽が沈み込んで暗闇が支配する時間帯。街道端のちょうどいいスペースでたき火を起こして一息ついていると、モニカが憂鬱そうにつぶやいた。
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「慣れるわけないでしょっ。憂鬱も憂鬱。野宿なんてやっぱりありえないわっ」
ありえないと言われても、旅をしているのだから避けられない事柄だ。慣れるしかない。
「だいたい外で寝ると疲れが全然取れないのよ。体が凝ってバキバキになるし、温かいベッドが恋しいわ」
「あ、それは分かる」
今ではすっかり野宿に慣れた私だけど、モニカの言う通り寝起きでの体の凝りには一向に慣れない。温かいベッドが恋しくなるのは同意だった。
「……野宿なら多少の不便があるのは仕方ない」
クールなことを言うのはもう一人の幼馴染クロエ。夜でも月明かりに映える銀髪に無表情を描く綺麗な顔は、まるで人形のようだ。
「じゃあクロエは野宿でも体が凝らないって言うの?」
肩をすくめるモニカに、クロエは静かに首を振った。
「私は……特に肩が凝る。枕が違うと首をひねりやすい癖があるのかも」
「あ~……それ分かるかも。あんた寝てる時全く寝返りとかうたないものね。寝相が良すぎるから肩が凝るのよ」
「……そういうものなの?」
「さあ? 詳しいことは知らないけどそうだと思ってるわ」
全く根拠のない発言だったのか。ちょっとなるほどなぁ、って思ってしまった。恥ずかしい。
「ところでリリアはなにしてるの?」
モニカとクロエが会話を続ける中で、私の魔女帽子のつばを定位置にするライラが上から声を投げかけてきた。
実を言うと私はさっきから作業中だったのだ。ライラはそれが気になったのだろう。
「夕ごはんの準備だよ。多分結構すぐできると思う」
モニカとクロエがしばしの間私の旅に同行するにあたって、野宿の際のごはんは私に一任されていた。
モニカは野宿に慣れてないし、クロエは普段野宿では乾パンなどの質素な食べ物しか食べないらしい。しかも二人とも料理には興味ないので、私に任せた方が安心と意見が一致したようだ。
正直私も料理の腕は二人と似たような物だし、野宿の際に食べるごはんはそこまで凝った物ではない。ちょっと荷が重いなと感じつつも、やるだけやってみるつもりだった。
とにかく普段とは違い、三人分プラス妖精一人分を用意しなければいけない。どうしたものかと朝から考えていた私は、一つ案を思いついて早速今準備をしていたのだ。
といってもそんな大変な物を作るつもりもない。保存が効く主食として以前買っていたある物を利用するつもりだ。
そのある物とは……お米だ。今日のお昼にお米を練って作ったお団子を食べて、そういえばお米買っておいたなぁ、と思い出したのだ。
お米は小麦粉と違い、そこから加工しなくても食べることができる。小麦粉は水を加えて練らないとパンやビスケットにならないが、お米ならそのまま水で煮れば炊けるしリゾットにもなる。
保存も長期間効くし、数日分ならかさばらない上重さもほどほど。それでいて炊くとふっくらとして食べごたえもある。普段お米を食べないので気づかなかったが、旅で携帯するならわりと悪くない食材だ。
元々はリゾットにして食べようと思っていたけど、今回は四人分を準備しないといけない。となるとリゾットよりも普通に炊いた方が良いだろう。
その考えで私はフライパンにお米を二合ほど入れ、十分ひたるくらい水を注いで蓋をし、たき火の上にテレキネシスで固定した。
四人分とは言うが、小さい妖精のライラに十五歳程度の体で成長が止まっている私たち三人なので、二合もあればまず十分だろう。
お米の炊き方は私のかつての弟子リネットから教えてもらっていた。まず中の水が沸騰するくらい待って、沸騰したら弱火で十五分から二十分。その後数分蒸らせばおいしく炊き上がるとの事だ。
たき火の上に固定したフライパンを見守っていると、そのうちごぽごぽと音が立って蓋が何度か浮き上がる。それが水が沸騰したサインなので、そこからフライパンをたき火のもう少し上、火の先がギリギリ当たらないくらいの位置で固定し、後は二十分ほど待つ。
これで主食は確保できたわけだが、パンと違ってお米はそれ単体で食べてもなんだか物足りない。炊いたお米には合わせるおかずが必要なのだ。
今回お米のおかずの当てもあった。おかずにするというより炊き上がったごはんに混ぜ込むつもりだけど。とにもかくにもお米が炊きあがる前にその下準備を済ませておきたい。
そうして行動を起こそうとして、はたと気づいた。
「そういえばモニカとクロエってお米食べられる?」
そう、この二人はお米が苦手ではないだろうか?
私は元々お米が苦手だった。というのも、そもそもお米を食べる文化が無かったからだ。実家がある地域はもっぱらパンが主食。当然幼馴染の二人もパン文化で育っている。
だからどうなのだろうと聞いてみたが、二人はあっけらかんと言った。
「前は苦手だったけど、お肉にはパンよりお米が合うって気づいてからは問題なくなったわ」
「……私も、別に苦手ではない。魔術遺産の調査ではお米が主食の地域にもよく行く」
意外にも二人ともお米は大丈夫のようだ。しかしお米慣れした経緯がまさに二人らしい。
なら何の憂いもない。私は鞄の中から袋を取り出し、その中身を取り出した。
それは初めて見るならちょっとグロテスクな見た目とも言える、魚の干物だ。以前川魚の干物を食べた時結構おいしかったので、時折野宿の際食べようと買っておいたのだ。
今回のは川魚ではなく海の魚のはずだ。種類は……何だろう。そもそも魚の種類に詳しくない。多分何かしらの白身魚だ。
私が取り出した魚の干物を見て、モニカはうぇっと悲鳴にも似た声をあげた。
「なにそれ……干からびた魚の死骸?」
「違うよ。干物。乾燥させた魚」
モニカの感想を耳にして、なんか前も似たようなことを聞いたことが……と思い返す。
あれだ、ライラに初めて干物見せた時も同じこと言ってた。
干物は水分が無くなることで旨みがぎゅっと詰まるらしい。初見では確かに見た目に一歩引いてしまうけど、食べると問題なくおいしいのだ。
この干物を、まずは軽く火であぶって焼く。テレキネシスで火の上に固定すると、乾燥した身からじわりと油が浮き上がってきた。
日持ちさせるため、また水分を無くすため塩も結構使われているので、油が浮き出て艶が出てきた身に白いつぶが現れていく。塩の結晶だ。
しばらくあぶっていると、魚の匂いと塩が焼けるような匂いが漂ってくる。それくらいになったら火から遠ざけ、骨が混じらないよう身をほぐし皿にうつし替える。
「なんか地味な作業ね」
干物の身をほじくる私を見ながら、モニカは軽くあくびをした。暇なら手伝ってほしいけど、完全に私に任せ切っているようだ。別にいいけど。
干物の身を綺麗に取り除いた頃になると、ごはんは蒸らしまで終えて炊きあがっていた。
フライパンの蓋を開けて中身を確認すると、お米はふっくらと炊きあがっている。わりと勘で水を調整したけど、いい具合だったようだ。
こうなると後は簡単。ほぐした干物の身をごはんに入れ、軽く混ぜ込む。混ぜる時はスプーンを使う。テレキネシスでやろうかと思ったけど、ごはんは一粒一粒が合わさった塊みたいなものだからか、何かうまく操作できなかった。全部一気に持ち上げるとかならできるけど、混ぜるというのはテレキネシスでは難しい。
フライパンで炊いたからかおこげも出来ていて、干物のほぐし身と一緒におこげも分散するよう混ぜていく。ざっくりと混ざったら完成。干物のほぐし身混ぜ込みごはんだ。
干物自体の味が濃いし塩気もあるので、これだけで味は問題ないだろう。
仕上げにネギや青菜を刻んだものを散りばめてもおいしそうだと思ったけど、野外なのでそんなものは用意できていない。今回はこのシンプルなままで頂くことにした。
「はい、出来たよ。全員分の食器はないし……もう雑にフライパンから直接取っちゃって」
こうして食べる段になって気づいたけど、それぞれに取り分ける食器類も不足している。普段はライラと分けるだけなので問題ないが、他に二人もいたらそうなるのが当然だった。
でもだからといって皆の分の食器を準備するのもかさばるし、とりあえずこういう雑な食べ方でお茶を濁そう。
「ま、いいんじゃない。そんな気を使う仲でもないしね」
「野外料理なら……こういうのも風情」
モニカもクロエも同じフライパンをつつくのには抵抗ないようだ。モニカが言う通り、そういうことを気にする間柄ではない。二人は幼馴染で近しいし、ライラとは普段からごはんをわけあってるし。
ということで、四人でフライパンを囲み箸でつつきはじめる。
干物の混ぜごはんを一口食べる。まだ炊き立てなので熱々だったが、ヤケドするほどでもない。
じっくりと味わうように咀嚼すると、干物に詰まった魚の旨みと塩気がしっかりと効いていておいしかった。ごはんは食べてから分かったが、水加減が目分量だったからかちょっともちゃっとしている。とはいえまずいというほどでもない。柔らかいのが好きなら問題ないだろう。
ごはんは味が無いようでいて、噛んでいるとほのかな甘みがある。この甘みはでんぷんによる甘みらしい。砂糖ほど強い甘みではなく、なんだか柔らかな甘さだ。
そのほのかな甘さと魚の干物の塩気がお互いを引き立てているようで、食べている内にどちらの味も強く感じてくる。一緒に混ぜて食べるとこういうことになるんだ。
この塩気と甘さが口の中で渾然一体となるのはなんだか堪らない。お昼に食べたお団子も甘じょっぱい味付けだったし、お米はそういう食べ方の方があっているのだろうか。モニカもお肉と合うって言ってたし。
私が作った干物の混ぜごはんを、モニカとクロエ、そしてライラは次々と口に運んでいく。
「魚の身と一緒に食べるのも悪くないわね。最初は死骸に見えたけど結構おいしいじゃない、干物」
肉食のモニカは魚肉もそれなりに好きなのか、満足げだった。でも死骸とか言うのは止めて欲しい。
「おいしいけど私はお米硬めが好き」
クロエに言われ、私は相づちを打った。
「確かに柔らかめだよね。今度はもうちょっと水減らしてみる。でもクロエってお米は硬めが好きなんだ。意外」
「うん、だからリゾットよりも普通に炊いた方が好き」
そう言われて思い出したのは、かつての弟子の一人エメラルダだった。あの子もリゾットより普通に炊いたお米を気に入っていた。
そうか、クロエはエメラルダタイプなんだ。性格もエメラルダに似てちょっと変わってるし。
幼馴染とかつての弟子の間に妙な共通点を発見してしまった。もしかしたらこの二人は気が合うのかも。
「私は柔らかい方が好きかもしれないわ」
そう言ったのはライラだった。ライラは体が小さいし、それに比例して噛む力とかも私たちより若干弱いのかもしれない。でもそれとは無関係に柔らかい炊き上がりが好きなのかも。
クロエとライラの発言を聞いて、モニカもまたお米の炊き具合について口を開いた。
「私は柔らかくもなく固くもなく、普通ぐらいが一番好きだわ。私にとってお米はお肉をよりおいしく食べるためのものだから、普通なのが一番よ」
「……モニカからするとお肉が主食なんだ」
なんだかモニカらしい意見を聞いて私は呆れ混じりに息を吐いた。
「……で、リリアはどうなの?」
クロエに聞かれて、私はきょとんとする。
「どうって……なにが?」
「お米の炊き具合」
なるほど、と手を打つ。聞いてみれば三人で綺麗に意見が分かれている。そこで四人目の私はどうなのかと気になったのだろう。
しかも私は野宿でのごはん作り担当。今後またお米を炊く時は私好みの炊きあがりになるだろうと、三人は予想しているはずだ。その期待と不安混じりに私の答えを待っている。
私はたっぷりと考え込んでから、口を開いた。
「……ごめん、最近になってお米は食べ慣れたしおいしいとも思うけど、そんな炊き具合気にするほど好きでもないや」
やっぱり私はお米よりパン派だ。素朴なパンをスープに付けて食べるのが何よりも好物。炊き具合がどうのこうの言うほどお米派ではない。
だからこれからもお米を炊く時は、目分量で一期一会の硬さ柔らかさを楽しむと思う。
笑い交じりにそう言うと、三人は呆れたとばかりに深いため息をついていた。
……私、変なこと言った?
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