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50話、自称吸血鬼とラズベリーケーキ
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「や……やっと見つけたわよ、魔女リリア!」
試作ニョッキがそこそこ良く出来て、気分よくミルライクの町へ戻ろうとしていた道中。
町の正門前付近に差しかかったところで、そんな聞き覚えのある声を私は聞いた。
振り向いてみれば、そこには見覚えのある金髪の美少女がいた。日傘をさし、青白い顔で私を睨んでいる。
「……あ、自称吸血鬼のベアトリス」
さすがに彼女のことをそう簡単に忘れることはできない。
そう、彼女は吸血鬼……らしい。今のところ彼女が血を吸っているところを見ていないので、自称と言わざるをえないけど。
あ、でも魔女が使う魔術とは違う不思議な術は使ってたな。
しかし……なぜ彼女がここにいるんだろうか。
「さ、探したわよ……さ、さあ、早く私に……はぁ、はぁ、血を……飲ませなさいよ……」
息も絶え絶えな様子だが、その台詞に私は首を竦めるしかない。
「まさか私の血を吸いに追いかけてきたの?」
「当たり前でしょう……闇夜からいつもあなたを狙っていると、あの時の私のセリフを忘れたのかしら?」
「あー……忘れてた」
「なによそれ! 覚えてなさいよ!」
すっかりそんな捨て台詞を忘れていた私に対してベアトリスは憤慨していた。しかし忘れてしまうのはしょうがないと思う。
だってあの後立派な洋館が急に古くなったし、しかも崩壊してベアトリスはそれに思いっきり巻き込まれていたし……。
なにより今日この日まで闇夜からベアトリスが狙っていた気配など全く無かった。この様子から見てようやく私に追いついたという感じだ。
「と、とりあえず……早く血……血を飲ませなさいよ……はぁ、はぁ、はぁ……」
「え……嫌だけど」
噛まれるのは嫌だし、何か息も荒くて気持ち悪いし。
「……何だかすごく汗かいてない?」
ライラがベアトリスの顔を覗き込み、心配そうにつぶやいた。
よくよく注意深く見てみると、確かにベアトリスの頬には汗が浮かんでいる。元々雪のように白い肌をしているが、顔色は白いを通り越して青白い。
「まさか……今が昼間だから?」
私は空を仰ぎ見た。青空からは心地いい陽気が差し込んでいる。
決して暑くはないちょうどいい気温だ。それなのにこれほど汗をかき体調を崩すとなると……吸血鬼だから日光に弱いからだとしか思えない。
「そうよ……太陽の光は嫌い……日傘をさしても気分が悪いわ……」
「じゃあ大人しくあの洋館に引きこもっていればいいのに」
わざわざ体調を崩してまで私を追いかけて、いったい何をしているんだこの吸血鬼。
するとベアトリスはひどく悔しげに私を睨んだ。
「あ、あの洋館は、もう無いわ。完璧に崩壊してしまったもの……」
「……え。あれあなたの変な魔術っぽいので直せないの?」
「そんな都合の良いことなんてできないわよ……ぼろいのを見た目だけ良くしていただけなんだもの……」
じゃあこの吸血鬼……今や住む家もない根無し草なんだ。
なんだかベアトリスは段々涙目になっていく。あ、なんだろう、私悪くないのに心にくる。
「そうよ……もう私には帰る場所もない……周辺の村や町にはそれとなく吸血鬼だってバレてるし、あんな森で家もなく暮らしていくなんて嫌だし、もうこうなったらあなたを追いかけて意地でも血を飲むしかないでしょう!? 私間違ってる!?」
「間違ってるでしょ……」
住む家が崩壊したのは可哀想だけど、私の血を飲んで事態が好転するわけない。
呆れる私にベアトリスはよろよろと近づいて、私の胸元の服を力なく引っ張った。
「す、吸わせて……はぁはぁ……ひ、一口でいいから……もうそれで満足して帰るから……」
「……うわっ」
ちょっと本気で引いちゃった。
だって青白い顔で汗流しながらか細い声で言うんだもん。めちゃくちゃ怖いしそれ以上にぞわぞわする。
「ちょっ、離して……」
「血を飲んだら離すから……ほんのちょっとでいいから……一口思いっきり吸うだけだから……」
「絶対やだ」
「じゃあ……じゃあ……せめて血の代わりに何か食べさせて……」」
力尽きたようにベアトリスは崩れ落ちた。
私はしかたなく彼女の体を支えることにする。血を吸いたいという必死の懇願はとても気持ち悪かったけど、体調が悪くて倒れ込むところはさすがに放っておけない。
そもそもその体調が悪いのは、日光が苦手なのに外を出歩く彼女の自業自得だけど。
「しかたないなぁ……じゃあ何かおごるよ。何が食べたい?」
「……甘い物」
「……肉とかじゃないんだ」
血の代わりといったら肉とかのイメージなんだけど、甘い物なんだ。吸血鬼にとって血ってデザート感覚?
「分かった、じゃあケーキでも食べに行こう。ほら、立って!」
ベアトリスの手を引っ張るが彼女は体に力が入らないようだ。
しかたないので肩を抱くようにして彼女の体を支え、ゆっくりと歩かせる。
なんだこれ、病人の介護かな。
「わ、悪いわね……」
ベアトリスはしおらしくそう言った。私の血を狙っているとはいえ、体調の悪さには少し同情してしまう。
「……この位置からなら簡単に噛みつけそうなのに、体が動かないわ……悔しい……」
あ、たった今同情心なくなった。ここに置いていっちゃおうかなこの吸血鬼。
しかし甘い物をおごると約束した手前、ここでやっぱりやめたとは言えない。
ちょっと複雑な心境のままベアトリスを市街に連れて行き、適当に目が入ったケーキ屋さんに入ることにする。
中には数人お客さんが入っていたので、できるだけ目立たない隅のテーブル席にベアトリスを座らせた。
「ふぅ……ちょっと楽になったわ」
日光が遮られる室内だからか、ベアトリスの体調は段々と良くなっていってるらしい。まだ顔色は青白いが、汗は引いていた。
私はベアトリスとテーブルを挟んだ対面の席に座り、軽くメニューを眺めた。
チーズケーキにタルトにプリン。ケーキ屋さんではあるがケーキ以外の甘味も作っているらしい。
「ねえ、何食べるの? おごるけど食べられないくらいたくさん頼むのはやめてよね」
ベアトリスにメニューを突き出してそう言うと、彼女は憤慨したとばかりに腕を組んだ。
「人様におごってもらうというのに、そんなみっともないマネを私がすると思っているの? それはとんでもない侮辱だわ。それとも魔女流の冗談なのかしら?」
「その二択だと侮辱の方かなー、いや別に侮辱したつもりもないけどさ」
ただ以前エメラルダと一緒にケーキを食べたことを思いだしたのだ。あの子はどっかアホだから、一人で食べきれない量のケーキを注文していた。
だから一応、念のため。でもベアトリスの反応からすると甘味を前にしてタガが外れるタイプでもなさそうだし、大丈夫か。
ようやく気分が良くなってきたのか、ベアトリスの顔色は元の白く美しい肌色に戻っていた。色素の薄い肌に、真っ赤な唇が映えている。
彼女はしばし無言でメニューを見つめた後、一つの文字を指さした。
「ラズベリーケーキでお願い」
おごられる意識はあるのか、どことなく慎んだ態度だ。なんだか毒気が抜かれる。
「私もそれにしよう。ライラもいいよね?」
「構わないわよ」
ライラの了解を聞き、私は店員を呼んでラズベリーケーキを二つ注文した。私もライラも食後すぐなので、二人で一個を分け合うくらいがちょうどいい。
注文したケーキが届く間、私はこの少しだけしおらしくなった自称吸血鬼に色々と聞いてみることにした。
正直、結構気になっているところが多いのだ。本当に吸血鬼だというのなら、やっぱり興味自体はある。
「ねえ、質問していい?」
「……どうぞ、ご自由に」
答えるかどうかは気分次第。言外にそんな色を含ませてベアトリスは肩をすくめた。
「私の血が吸いたいみたいだけど、そもそもどうして血を吸うの?」
「愚問ね。それが吸血鬼だからとしか言いようがないわ」
「血を吸わないとお腹が空くとか」
「ないわね」
「じゃあ衝動的に血を吸いたくなるとか」
「ないわね。私にとって血は嗜好品のようなものよ。いうなれば水ではなく紅茶ね。紅茶は飲まなくても我慢できるけど、水ばかり飲んでいたら紅茶が恋しくなるでしょう?」
まあ確かに、その理屈は分かる。
分からないのは、吸血鬼なのに血を吸うことがたかだか嗜好品程度の扱いでしかないことだ。
それだったら、別に私の血を吸おうとしなくていいじゃん。そもそも血を吸うのにこだわらなくてもいい。
私が沈黙の裏にそんな想いを抱いていると察したのか、ベアトリスは肩をすくめて鼻で笑った。
「魔女リリア。あなたは、なぜ魔女なのかしら?」
「……魔女だから、としか答えようがないけど」
もっと正確にいうなら、魔女として修行を積み、魔術を扱えるようになったから、というところだろうか。
ベアトリスは私の答えを聞いて、くすくすと小さく嗤った。
「そう、魔女だから。それ以上の答えなんて必要ないわ。あなたがなぜ魔女になったのか、なぜ今も魔女として生きているのか、そんなこともどうでもいい。あなたは自分が魔女であることを受け入れ、魔女として生きている。それがあなたの真実でしょう?」
ベアトリスは店内をゆっくり見回して、続ける。
「あなただけじゃないわ。このお店に居る人も、外で出歩いている人も、皆、己が己自身であることを受け入れて生きている。それだけがたった一つの真実。そこに理屈をつけることもできるけど、所詮それは枯れ木の枝葉のようなものよ」
つまり、ベアトリスはこう言いたいのだ。
「私は、吸血鬼だから。吸血鬼とは、血を吸う者のことを言うのよ。私が私であり続けるには、血を吸うことにこだわるしかないの」
自尊心を込めた、そしてどことなく哀愁の漂う彼女の言葉を聞いて、私は確信を抱く。
ベアトリスは……やはり、魔術遺産のような存在なのだろう。あの地域に伝わる吸血鬼の噂がやがてあの地に宿る呪いになり、人々が心に描く吸血鬼が……ベアトリスが生まれたのだ。
彼女が元々人だったのか、それとも呪いによって零から生み出されたものかは分からない。
ただ、彼女はあの地で噂される吸血鬼像が実体化した、魔術遺産のような存在なのは間違いないだろう。
だから彼女は血を求めるのだ。実際に吸えたかどうかは関係ない。血を吸うことにこだわるのが、吸血鬼としてのアイデンティティ、つまり彼女の存在意義となっている。
ベアトリスは、そんな呪いに縛られている。
なんと言っていいか分からず、私は沈黙を返す。すると折よくケーキが運ばれてきた。
真っ赤なラズベリーソースがかかった、おいしそうなケーキ。今その赤いソースが、血のように見えて仕方ない。
ベアトリスは細い指でフォークを取り、淑女然としてケーキを一口食べた。
真っ赤なラズベリーソースが彼女の唇につく。それを赤い舌で舐めとって、ベアトリスは言う。
「おいしいっ! なんておいしいのっ! やっぱりラズベリーは最高だわっ!」
……は?
ベアトリスはなんというか、アホみたいに可憐な笑顔を浮かべてケーキをむしゃむしゃ食べていた。
「ああ、もう。どうして吸血鬼は血を吸わないといけないのかしら? 同じ赤ならラズベリーの方が絶対においしいのに。吸血鬼なんかより時代はラズベリー鬼よ、ラズベリー!」
はぁ? なに言ってるんだこの吸血鬼。ラズベリー鬼ってなに?
……ああ、そうか。私はあの洋館で最後にベアトリスを見た光景を思い出して、確信を抱く。
この吸血鬼……どことなく思慮が深そうでいて、その実……アホなのだ。
さっきふとエメラルダのことを思いだしたのは、この二人が同じタイプのアホさ加減だとどこかで察知していたからだろう。
なんだかうっかり彼女に同情しかけたことがバカバカしくなってしまった。ベアトリスの真実に想いを馳せたのは完全に無駄な時間だった。
「……ちょっと、ケーキ、食べないの? 食べないならもらってあげてもいいわよ」
ため息をついて一向にケーキを食べない私を見て、ベアトリスは物欲しげな目をしていた。
「食べるよ。あげない」
そんなベアトリスを尻目に、ケーキを一口食べる。
ラズベリーケーキは甘酸っぱい。ラズベリーの爽やかでいて甘みのある酸っぱさが、なんだか染み入るようだった。
黙って食べる私とは対照的に、ベアトリスは一口食べるごとにうるさくわめく。
「んー、おいしい! もう一個追加注文するわ! あ、これは私が払うから気にしなくていいわよ!」
……この吸血鬼早くどっかに行ってくれないかな。
試作ニョッキがそこそこ良く出来て、気分よくミルライクの町へ戻ろうとしていた道中。
町の正門前付近に差しかかったところで、そんな聞き覚えのある声を私は聞いた。
振り向いてみれば、そこには見覚えのある金髪の美少女がいた。日傘をさし、青白い顔で私を睨んでいる。
「……あ、自称吸血鬼のベアトリス」
さすがに彼女のことをそう簡単に忘れることはできない。
そう、彼女は吸血鬼……らしい。今のところ彼女が血を吸っているところを見ていないので、自称と言わざるをえないけど。
あ、でも魔女が使う魔術とは違う不思議な術は使ってたな。
しかし……なぜ彼女がここにいるんだろうか。
「さ、探したわよ……さ、さあ、早く私に……はぁ、はぁ、血を……飲ませなさいよ……」
息も絶え絶えな様子だが、その台詞に私は首を竦めるしかない。
「まさか私の血を吸いに追いかけてきたの?」
「当たり前でしょう……闇夜からいつもあなたを狙っていると、あの時の私のセリフを忘れたのかしら?」
「あー……忘れてた」
「なによそれ! 覚えてなさいよ!」
すっかりそんな捨て台詞を忘れていた私に対してベアトリスは憤慨していた。しかし忘れてしまうのはしょうがないと思う。
だってあの後立派な洋館が急に古くなったし、しかも崩壊してベアトリスはそれに思いっきり巻き込まれていたし……。
なにより今日この日まで闇夜からベアトリスが狙っていた気配など全く無かった。この様子から見てようやく私に追いついたという感じだ。
「と、とりあえず……早く血……血を飲ませなさいよ……はぁ、はぁ、はぁ……」
「え……嫌だけど」
噛まれるのは嫌だし、何か息も荒くて気持ち悪いし。
「……何だかすごく汗かいてない?」
ライラがベアトリスの顔を覗き込み、心配そうにつぶやいた。
よくよく注意深く見てみると、確かにベアトリスの頬には汗が浮かんでいる。元々雪のように白い肌をしているが、顔色は白いを通り越して青白い。
「まさか……今が昼間だから?」
私は空を仰ぎ見た。青空からは心地いい陽気が差し込んでいる。
決して暑くはないちょうどいい気温だ。それなのにこれほど汗をかき体調を崩すとなると……吸血鬼だから日光に弱いからだとしか思えない。
「そうよ……太陽の光は嫌い……日傘をさしても気分が悪いわ……」
「じゃあ大人しくあの洋館に引きこもっていればいいのに」
わざわざ体調を崩してまで私を追いかけて、いったい何をしているんだこの吸血鬼。
するとベアトリスはひどく悔しげに私を睨んだ。
「あ、あの洋館は、もう無いわ。完璧に崩壊してしまったもの……」
「……え。あれあなたの変な魔術っぽいので直せないの?」
「そんな都合の良いことなんてできないわよ……ぼろいのを見た目だけ良くしていただけなんだもの……」
じゃあこの吸血鬼……今や住む家もない根無し草なんだ。
なんだかベアトリスは段々涙目になっていく。あ、なんだろう、私悪くないのに心にくる。
「そうよ……もう私には帰る場所もない……周辺の村や町にはそれとなく吸血鬼だってバレてるし、あんな森で家もなく暮らしていくなんて嫌だし、もうこうなったらあなたを追いかけて意地でも血を飲むしかないでしょう!? 私間違ってる!?」
「間違ってるでしょ……」
住む家が崩壊したのは可哀想だけど、私の血を飲んで事態が好転するわけない。
呆れる私にベアトリスはよろよろと近づいて、私の胸元の服を力なく引っ張った。
「す、吸わせて……はぁはぁ……ひ、一口でいいから……もうそれで満足して帰るから……」
「……うわっ」
ちょっと本気で引いちゃった。
だって青白い顔で汗流しながらか細い声で言うんだもん。めちゃくちゃ怖いしそれ以上にぞわぞわする。
「ちょっ、離して……」
「血を飲んだら離すから……ほんのちょっとでいいから……一口思いっきり吸うだけだから……」
「絶対やだ」
「じゃあ……じゃあ……せめて血の代わりに何か食べさせて……」」
力尽きたようにベアトリスは崩れ落ちた。
私はしかたなく彼女の体を支えることにする。血を吸いたいという必死の懇願はとても気持ち悪かったけど、体調が悪くて倒れ込むところはさすがに放っておけない。
そもそもその体調が悪いのは、日光が苦手なのに外を出歩く彼女の自業自得だけど。
「しかたないなぁ……じゃあ何かおごるよ。何が食べたい?」
「……甘い物」
「……肉とかじゃないんだ」
血の代わりといったら肉とかのイメージなんだけど、甘い物なんだ。吸血鬼にとって血ってデザート感覚?
「分かった、じゃあケーキでも食べに行こう。ほら、立って!」
ベアトリスの手を引っ張るが彼女は体に力が入らないようだ。
しかたないので肩を抱くようにして彼女の体を支え、ゆっくりと歩かせる。
なんだこれ、病人の介護かな。
「わ、悪いわね……」
ベアトリスはしおらしくそう言った。私の血を狙っているとはいえ、体調の悪さには少し同情してしまう。
「……この位置からなら簡単に噛みつけそうなのに、体が動かないわ……悔しい……」
あ、たった今同情心なくなった。ここに置いていっちゃおうかなこの吸血鬼。
しかし甘い物をおごると約束した手前、ここでやっぱりやめたとは言えない。
ちょっと複雑な心境のままベアトリスを市街に連れて行き、適当に目が入ったケーキ屋さんに入ることにする。
中には数人お客さんが入っていたので、できるだけ目立たない隅のテーブル席にベアトリスを座らせた。
「ふぅ……ちょっと楽になったわ」
日光が遮られる室内だからか、ベアトリスの体調は段々と良くなっていってるらしい。まだ顔色は青白いが、汗は引いていた。
私はベアトリスとテーブルを挟んだ対面の席に座り、軽くメニューを眺めた。
チーズケーキにタルトにプリン。ケーキ屋さんではあるがケーキ以外の甘味も作っているらしい。
「ねえ、何食べるの? おごるけど食べられないくらいたくさん頼むのはやめてよね」
ベアトリスにメニューを突き出してそう言うと、彼女は憤慨したとばかりに腕を組んだ。
「人様におごってもらうというのに、そんなみっともないマネを私がすると思っているの? それはとんでもない侮辱だわ。それとも魔女流の冗談なのかしら?」
「その二択だと侮辱の方かなー、いや別に侮辱したつもりもないけどさ」
ただ以前エメラルダと一緒にケーキを食べたことを思いだしたのだ。あの子はどっかアホだから、一人で食べきれない量のケーキを注文していた。
だから一応、念のため。でもベアトリスの反応からすると甘味を前にしてタガが外れるタイプでもなさそうだし、大丈夫か。
ようやく気分が良くなってきたのか、ベアトリスの顔色は元の白く美しい肌色に戻っていた。色素の薄い肌に、真っ赤な唇が映えている。
彼女はしばし無言でメニューを見つめた後、一つの文字を指さした。
「ラズベリーケーキでお願い」
おごられる意識はあるのか、どことなく慎んだ態度だ。なんだか毒気が抜かれる。
「私もそれにしよう。ライラもいいよね?」
「構わないわよ」
ライラの了解を聞き、私は店員を呼んでラズベリーケーキを二つ注文した。私もライラも食後すぐなので、二人で一個を分け合うくらいがちょうどいい。
注文したケーキが届く間、私はこの少しだけしおらしくなった自称吸血鬼に色々と聞いてみることにした。
正直、結構気になっているところが多いのだ。本当に吸血鬼だというのなら、やっぱり興味自体はある。
「ねえ、質問していい?」
「……どうぞ、ご自由に」
答えるかどうかは気分次第。言外にそんな色を含ませてベアトリスは肩をすくめた。
「私の血が吸いたいみたいだけど、そもそもどうして血を吸うの?」
「愚問ね。それが吸血鬼だからとしか言いようがないわ」
「血を吸わないとお腹が空くとか」
「ないわね」
「じゃあ衝動的に血を吸いたくなるとか」
「ないわね。私にとって血は嗜好品のようなものよ。いうなれば水ではなく紅茶ね。紅茶は飲まなくても我慢できるけど、水ばかり飲んでいたら紅茶が恋しくなるでしょう?」
まあ確かに、その理屈は分かる。
分からないのは、吸血鬼なのに血を吸うことがたかだか嗜好品程度の扱いでしかないことだ。
それだったら、別に私の血を吸おうとしなくていいじゃん。そもそも血を吸うのにこだわらなくてもいい。
私が沈黙の裏にそんな想いを抱いていると察したのか、ベアトリスは肩をすくめて鼻で笑った。
「魔女リリア。あなたは、なぜ魔女なのかしら?」
「……魔女だから、としか答えようがないけど」
もっと正確にいうなら、魔女として修行を積み、魔術を扱えるようになったから、というところだろうか。
ベアトリスは私の答えを聞いて、くすくすと小さく嗤った。
「そう、魔女だから。それ以上の答えなんて必要ないわ。あなたがなぜ魔女になったのか、なぜ今も魔女として生きているのか、そんなこともどうでもいい。あなたは自分が魔女であることを受け入れ、魔女として生きている。それがあなたの真実でしょう?」
ベアトリスは店内をゆっくり見回して、続ける。
「あなただけじゃないわ。このお店に居る人も、外で出歩いている人も、皆、己が己自身であることを受け入れて生きている。それだけがたった一つの真実。そこに理屈をつけることもできるけど、所詮それは枯れ木の枝葉のようなものよ」
つまり、ベアトリスはこう言いたいのだ。
「私は、吸血鬼だから。吸血鬼とは、血を吸う者のことを言うのよ。私が私であり続けるには、血を吸うことにこだわるしかないの」
自尊心を込めた、そしてどことなく哀愁の漂う彼女の言葉を聞いて、私は確信を抱く。
ベアトリスは……やはり、魔術遺産のような存在なのだろう。あの地域に伝わる吸血鬼の噂がやがてあの地に宿る呪いになり、人々が心に描く吸血鬼が……ベアトリスが生まれたのだ。
彼女が元々人だったのか、それとも呪いによって零から生み出されたものかは分からない。
ただ、彼女はあの地で噂される吸血鬼像が実体化した、魔術遺産のような存在なのは間違いないだろう。
だから彼女は血を求めるのだ。実際に吸えたかどうかは関係ない。血を吸うことにこだわるのが、吸血鬼としてのアイデンティティ、つまり彼女の存在意義となっている。
ベアトリスは、そんな呪いに縛られている。
なんと言っていいか分からず、私は沈黙を返す。すると折よくケーキが運ばれてきた。
真っ赤なラズベリーソースがかかった、おいしそうなケーキ。今その赤いソースが、血のように見えて仕方ない。
ベアトリスは細い指でフォークを取り、淑女然としてケーキを一口食べた。
真っ赤なラズベリーソースが彼女の唇につく。それを赤い舌で舐めとって、ベアトリスは言う。
「おいしいっ! なんておいしいのっ! やっぱりラズベリーは最高だわっ!」
……は?
ベアトリスはなんというか、アホみたいに可憐な笑顔を浮かべてケーキをむしゃむしゃ食べていた。
「ああ、もう。どうして吸血鬼は血を吸わないといけないのかしら? 同じ赤ならラズベリーの方が絶対においしいのに。吸血鬼なんかより時代はラズベリー鬼よ、ラズベリー!」
はぁ? なに言ってるんだこの吸血鬼。ラズベリー鬼ってなに?
……ああ、そうか。私はあの洋館で最後にベアトリスを見た光景を思い出して、確信を抱く。
この吸血鬼……どことなく思慮が深そうでいて、その実……アホなのだ。
さっきふとエメラルダのことを思いだしたのは、この二人が同じタイプのアホさ加減だとどこかで察知していたからだろう。
なんだかうっかり彼女に同情しかけたことがバカバカしくなってしまった。ベアトリスの真実に想いを馳せたのは完全に無駄な時間だった。
「……ちょっと、ケーキ、食べないの? 食べないならもらってあげてもいいわよ」
ため息をついて一向にケーキを食べない私を見て、ベアトリスは物欲しげな目をしていた。
「食べるよ。あげない」
そんなベアトリスを尻目に、ケーキを一口食べる。
ラズベリーケーキは甘酸っぱい。ラズベリーの爽やかでいて甘みのある酸っぱさが、なんだか染み入るようだった。
黙って食べる私とは対照的に、ベアトリスは一口食べるごとにうるさくわめく。
「んー、おいしい! もう一個追加注文するわ! あ、これは私が払うから気にしなくていいわよ!」
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