【R18】紅の獅子は白き花を抱く

環名

文字の大きさ
21 / 97
紅の騎士は白き花を愛でる

20.別名・憂さ晴らし!!!

しおりを挟む
「おはようございまーす」
 出勤したてのアガットは、いつも通り元気に挨拶をして、執務室に入った。
 一日の始まりは元気な挨拶からだ。

「ああ。 おはよ」

 だが、返って来た挨拶と耳に届いた声に、これでもかというくらいに目を剥いた。
 アガットは、信じられないものを見るように、その人物を見つめる。
 背もたれに思い切り寄りかかって、書類に目を通している、ジオーク・ブラッドベル。
 いつもなら、この時間はどこかをふらふらとほっつき歩いているというのに…。
 しかも、今日のこの様子は…。
 アガットは、ジオーク・ブラッドベルを恐る恐る横目で見つつ、ベンゼに近寄った。

「おはようございます…。 …あの…今日、ブラッドベル殿…」
「ああ、妙にやる気でな」
 声を潜めて言うアガットの言葉が終らないうちに、応答したベンゼは上機嫌だ。
 やる気、に見えなくもないけれど、アガットとしては、その「妙」のほうにもう少し重点を置いて考えてほしい、と思う。

「いえ、あの、あれ違うんですよ?」
 絶対に口には出せないけれど、正直なところ、本当にまずいのだ。
 アガットがささやかに主張したときだった。
 ジオーク・ブラッドベルがクルリと顔をアガットとベンゼに向けるので、アガットはビクッとする。

「ねぇ、ベンゼ。 今日おれ指導してもいいー?」
 まさかで飛び出した言葉に、アガットはあんぐりと口を開いて白目を剥いた。
 ベンゼといえば、アガットの様子にもあまり注意を払っていないらしく、明らかに上機嫌とわかる声音でジオーク・ブラッドベルに問う。
「お。 やる気か?」
「うん、ちょっとね」
 こっくりと頷くジオーク・ブラッドベルに、ベンゼもこっくりと頷き返す。
「よし、任せた」


 なぜ任せる!!!
 アガットが心の中で叫んだときだ。


「うん、じゃあおれちょっと休憩してくるね」
 ジオーク・ブラッドベルはカタンと席を立ち、扉のほうへ消えて行った。

 それを見届けて、ようやくアガットの意識は現実に戻ってくる。
 戻って来たと同時に、ジオーク・ブラッドベルの消えて行った扉を指で指し、息巻いてベンゼに主張した。
「駄目ですって! ああいう状態のブラッドベル殿に、指導とかさせたら!!」
 だが、その必死さは全くベンゼには伝わらないらしく、眉を顰められてしまう。
「は? やる気のときに仕事させんでどうする」


 それはもっともな意見だろう。
 やる気のあるときに仕事をさせなかったら、仕事をさせる機会がない。
 けれども、あのジオーク・ブラッドベルという男の場合、勝手が違いすぎる。


「ちがっ…! あれやる気なわけじゃないですから!!!」
「やる気じゃないなら何なんだ」
 ベンゼが理解不能だ、と眉根を寄せている。
 アガットはどのように説明したらいいのかわからずに、思いのままに吐き出した。


「やる気なんですけど、別の意味でやる気っていうか! 別名・憂さ晴らし!!!」


 最後の言葉を必殺技のように言ったアガットに、ますますベンゼは不可解そうな顔になる。
「少し落ち着け。 今日のお前訳わからん」


「まじで怪我人出ますから!!!」


「…何?」
 無我夢中でアガットが必死の叫びを上げれば、ようやくベンゼの心に響いたようだった。

 そのことに少しほっとして、アガットは落ち着きを取り戻す。
 一つ、深く息をついて、至極真面目な顔をして、告げた。
「今日のブラッドベル殿、めっちゃ機嫌悪いです」
 アガットの告白に、ベンゼは軽く目を見張ると、呆れたように溜息をついた。
 こいつは何を言うのか、と思っているのがよくわかる。
「まさか。 いつもと何も変わらんぞ」
 終しまいには失笑されてしまい、アガットは思わずわなわなしてしまった。
 どうして事の重大さが伝わらないのか。

「あなた節穴ですか!? 全然違うでしょうが!!!」
「アガット、アガット。 相手ベンゼ殿。 ブラッドベル殿じゃないから口の利き方に気をつけて」
 アガットの発した言葉に、やんわりと横からアガットをたしなめる同僚がいる。
 暴言を吐いた自覚はあるけれど、今はそんなことは些事としかいいようがない。
 なぜなら。


「今のベンゼ殿なら今日のブラッドベル殿のほうが百倍怖いです」
 据わりきった目で、アガットは告げた。


 言った傍から否定するのもあれだが、百倍では済まないかもしれない。
 アガットががくぶると震えているというのに、やはり色々と伝わっていないようで、皆がきょとんというような顔をしている。
 アガットは思わず、拳を握っていた。
「なんでかあの人、機嫌悪いときとか苛ついてるときに限って仕事するんですよ! けどいつもの無駄な安売りの愛想がないからすぐわかります!!」
 アガットは普段なら絶対に逆らわないベンゼの机に、バンっと手をついて、ぐっと身を乗り出す。
「ああいうときのあの人に剣なんか持たせたら、本気でやばいですからね。 普段あの人手ぇ抜いてるだけなんですから!」
「まさか」

 これだけ言っても、まだ皆が皆楽観視をしているようだ。
 アガットは、いくら訴えても無駄だと、悟る。
 自分が今出来る限りの手を打っておかないと、後処理が面倒になる、と早々に頭を切り替えた。
 賢明と言えば賢明である。

「やばいなー…。 医務室に予約入れといたほうがいいかなー…。 それとも医師せんせい呼んどいたほうがいいのかな」
 ぶつぶつと一人呟きだしたアガットの様子に、ようやく危機感が湧いてきたらしいベンゼが、声を押し殺すようにして訊いた。
「…そんなにやばいのか?」
 アガットは、据わりきった目で、にこりともせずに答える。


「あのひとの何が怖いって、機嫌悪くても苛ついてても怒ってても切れてても、それが態度に思いのほか出ないところです。」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...