【R18】紅の獅子は白き花を抱く

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紅の騎士は白き花を愛でる

19.リシェは、白雪姫でもあるの?

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「美味しい!」
 泡立てた生クリームと、ナッツが載って、キャラメルソースのかかったパンケーキを一口食べて、リシェーナは感動のあまり声を上げた。
 ジオークは、「折角一緒にお出かけしたんだからお昼は外で食べよう、最近流行のカフェテリアがあるんだよ」と言ってこのお店に誘ってくれたのだ。

 この辺は治安のいい区域で、住んでいる人間もある程度豊かなひとたちだ。
 いかにも良家の子女といった女性ばかりなのだが、ジオークは全く物怖じしていない。
 それだけなら、こんなにもやっとしなかったのだろうが、ジオークはちらちらと見られているのだ。
 だが、ジオークは視線になど慣れているのか、全く気にしていない。
「女の子ってこういうもの好きだよね」

 微笑んだジオークの言葉に、リシェーナはまたもやなぜだかもやっとする。
 美味しいパンケーキの味が、一瞬わからなくなった。
 そのとき、リシェーナはどのような顔をしたのだろう。
 ジオークがリシェーナのパンケーキをちらと見た。

「やっぱり、フルーツのにすればよかったんじゃない?」
 リシェーナが、最後の最後まで、フルーツのパンケーキか、ナッツのパンケーキか悩んでいたために、リシェーナが選択を誤ったと思っているように見えたらしい。
 だから、リシェーナはふるふると首を横に振った。
「何か、苦手なフルーツでもあった?」
 ジオークが訊いてくるので、リシェーナは感心する。

 リシェーナが、店員さんに「果物、何?」と聞いてからナッツのパンケーキをオーダーしたことで、ジオークはそう察したらしい。 店員さんは、オレンジとブルーベリー、それから、林檎が載っていると言っていた。
 その、林檎が問題なのだ。


「林檎、食べたらダメ」


 リシェーナが言うと、ジオークはきょとんとした。
「リシェは、白雪姫でもあるの?」
 言われて、考える。

 どういう経緯だったかは覚えていないが、確かにそのとき、幼いリシェーナは母に白雪姫を読んでもらっていた。
 そこで、母が言ったのだ。 「林檎は毒のある、怖い食べ物だから食べたらだめよ?」と。そのことがずっと頭に残っていて、林檎はやはり、食べる気が起きない。
 一番に覚えたフレンティア語も、pommme――林檎だった覚えがある。
 リシェーナが悩んでいると、ジオークはもう一つ、質問を投げた。
「ほかにも食べたらいけないフルーツはあるの?」
「桃、ラルクチェ、チェリー」

 リシェーナが即答すると、ジオークはまた、首を揺らす。
「どうして?」
「林檎の仲間、だから」
 林檎の親戚の果物にも、毒があると、幼いリシェーナに母は言い聞かせたものだ。
 父もそれを真に受けているのか、リシェーナに買ってきてくれる果物はオレンジや葡萄が多かったし、リシェーナは自然とオレンジや葡萄が好きになった。
 ジオークは、何か考えるような表情をしたが、もうその話はジオークの中で終わったのだろう。

「お昼が甘いパンケーキだけでいいの? おれのも美味しいよ」
「え」
 ジオークが、実に自然にフォークに刺したエビとアボカド、葉物の野菜とパンケーキをリシェーナに差し出してくるので、リシェーナは目を白黒させてしまった。
 これは、「食べてみて」ということだろうか。
 戸惑いながら、リシェーナが口を開くと、ジオークは食べさせてくれた。

「ね? 美味しいでしょ?」
 リシェーナは口元を押さえながら、こくこくと頷いた。
 リシェーナの食べているパンケーキは、厚みもあってふんわりしているが、ジオークの食べているパンケーキはクレープほどとはいかないまでも、薄めだ。
 サウザンドレッシングのような味のソースがかかっていて、これはこれで美味しいと思う。


 リシェーナも、パンケーキを切って、ジオークに見せてみた。
「食べる?」
「じゃあ、デザートにもらうことにするよ」
 食事を続けるジオークを、自分もパンケーキを食べながら、リシェーナは見た。

 ジオークは、食べ方がきれいだ。
 器用に色んな種類の具材をパンケーキと一緒に口に運んでいる。
 けれど、一口の大きさが違うのか、リシェーナよりもジオークの方が食べるのが早い。
 先にジオークが食べ終わってしまって、リシェーナはデザート用の一口をジオークに差し出した。
「はい、デザート」

 だが、ここで、デザートにもらうと言ったのはジオークなのに、なぜか困ったような顔をする。
「…うーん、なんだろうね。 するのはあんまり照れないけど、される方になると照れるね」
「いらない?」
 リシェーナがフォークを持ったまま首を傾げると、ジオークはぱくりとリシェーナのパンケーキを食べる。
「…うん、これはこれで美味しいね」

 ジオークが漏らした言葉に、リシェーナは嬉しくなった。
 さっき、自分が思ったことと、同じことを、ジオークも思ってくれた。
 こんなことが、とても、嬉しい。
 嬉しくて、幸せな気持ちで食べる美味しいものは、いつもより、ずっともっと美味しく感じるものらしい。 すいすいとフォークとナイフが進み、ぱくぱくと食べてしまう。

「美味しかった、ごちそうさま」
 リシェーナが笑顔で一口紅茶に口をつける。
 改めて、幸せだ、とほっと息をつく。


「…昨夜はごめんね?」


「…え?」
 唐突なジオークの言葉。
 謝られる節が見当たらなくて、リシェーナは一瞬反応が遅れた。

 ジオークは、微苦笑を浮べる。
「あんなもの、見せるべきじゃなかったな、って」
 何を言っているかは、すぐにわかった。
 あんなもの、というのは、昨夜の招待状のことだろう。
 もしかしてジオークも、一日中もやもやして、悩んでくれていたのだろうか。
 そう思うと、なんだかあたたかい気分になって、答えることができた。
「ううん。 大丈夫」

 リシェーナの言葉にジオークは、あからさまな安堵の表情を浮かべてくれる。
「…なら、よかった」

 よかったのは、リシェーナのほうだと思う。
 ジオークに引き取ってもらって、傍にいてもらえて、本当によかった。
 ジオークと共にいると、ずっと昔に忘れていた、素直な自分に戻れる気がする。
「…うん」
 リシェーナはそっとジオークの手に、自分の手を重ねた。


 ここから、伝わってくれればいい。
 リシェーナが、まだ言葉にも、形にもできていない思い、全て。
 それらが伝わってくれているのかどうかはまだ、わからないけれど。

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