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47.悲劇の晩餐

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今のルクス王家には、国王、王妃、王太子、王太子妃の4人しかいない。先代王の弟であるウィリアムの叔父ジョージも王位継承権を持っているが、大公として王宮から独立しており、高齢であることもあって4人が彼に会うことはほとんどない。

王太子エドワードの結婚前、可能な限り毎晩国王親子は一緒に夕食をとっていたが、結婚後は国王夫妻と王太子夫妻と別々になった。それでも毎週1回、決まった曜日にできる限り4人で夕食をとることになっている。悲劇の起きたその日も、恒例の4人での晩餐であった。

普段、国王夫妻が食事をとるダイニングに王太子夫妻が来るという形だが、テーブルはかなりかなり大きく、20人は余裕で席につける。普段使いのダイニングと言っても、王宮にふさわしい家具と装飾品が揃っており、壁にはウィリアムの両親である先代国王夫妻が正装した姿で描かれた肖像画がかかっている。

晩餐はいつも通り進み、前菜からメインに移った。ウィリアムはメインのステーキを切って口に運び、好物の赤ワインを飲んだ。

すると突然ウィリアムが苦しみだし、手からワイングラスが滑り落ちて足元で割れ、ついには椅子から崩れ落ちた。

「父上!口の中のものを吐いて下さい!――おい、水をくれ!侍医を呼べ!」

エドワードはウィリアムのところに駆け付け、懸命に呼びかけた。水をウィリアムの口の中に入れて口の中だけでもゆすごうとしたが、うまくいかない。それよりも護衛騎士達にウィリアムを一番近くの寝室に運ばせることにし、まもなく侍医が到着した。

「毒ですね。まずは水で胃を洗浄いたしましょう。その後で解毒剤を投与しますが、毒の種類が特定できないので、一番よく使われる急性毒に対する解毒剤を使用します。ですから特殊な毒の場合は効かないこともありえます」

「ああ・・・そんな!ウィル!神よ、夫をお助け下さい!」

王妃メラニーは寝台の脇に跪いて手を合わせて一心不乱に神に祈っていた。

助手に指示をして処置をさせている間に侍医はメラニーとエドワードに当時の状況を聞いた。

「王妃陛下、王太子殿下、陛下が倒れる直前に口に入れたものは何でしょうか?」

「そ、それが、私は見てなかったので、わかりません」

「いや、ワインを飲んでグラスを落としたと思うんだが、母上?」

「そうかしら?」

侍医はウィリアムの前に出されていた飲食物全てのサンプルを取った。しかしウィリアムが運ばれる前に、エドワードが室内一切片付けるなと厳命してあったはずにもかかわらず、サンプルを取った時には割れたワイングラスは片付けられていた。結局、サンプルを取った飲食物からは毒は検出されず、毒を特定できなかった。解毒剤もあまり効かなかったようで、ウィリアムは倒れてから1週間経っても昏睡状態のままであった。

王が昏睡状態でも執務は待ってくれない。エドワードは王太子の執務の他に王の執務も代行し、毒殺未遂事件の捜査の陣頭指揮もとって休む時間はほとんどなくなった。エドワードがいくら人前で疲れを見せないようにしていても、長年一緒にいるリチャードは騙せない。

「エド、酷いクマができてるよ。ちょっと休んだらどうだ?」

「いや、それどころじゃない。誰が割れたグラスを片付けたか、証言は揃ったか?一切片付けるなと厳命したはずだ。きな臭いな」

「侍女が片付けたらしいのだが、おかしなことに誰もその侍女を知らないんだよ」

「貴族派か民主化過激派が潜入させた偽侍女かもな」

「エドも気を付けなくては。今更苦労して高齢の大公閣下を毒殺する意味はなかろうし、ヘンリー殿はお前の再従弟だが、王位継承権はない。お前が次のターゲットだろう」

ヘンリーというのは、先代国王弟の大公ジョージの娘が嫁ぎ先のヴェル公爵家で産んだ息子である。大公というのは領地を持たず、名誉爵位のようなもので、ジョージ自身はまだ王族の扱いで王家の歳費が支給されているが、大公は一代限りとなっているのでジョージが亡くなれば爵位は王家に返還となる。ジョージには娘以外に子はなく、女系の子孫には王位継承権はないので、ヘンリーには王位継承権はなく、ヘンリー自身はヴェル公爵家嫡男という立場だ。

「料理人とエド付きの侍従、侍女の身元確認をもう一度しよう。恒例のディナーも毎週同じ曜日にせずに直前に決める方がいい。お前の食事の時は当分俺も給仕にまわる」

「おいおい、次期宰相に給仕なんてさせられないよ」

「いや、本当に信頼できる侍女と侍従はわずかだからな。用心に越したことはないよ」

その後、まもなく侍従のお仕着せを着て本当に給仕をするリチャードの姿が王家のダイニングで見られるようになった。次期宰相のような高位貴族の顔を使用人達は知らず、ましてや地毛の金髪をこげ茶色に染めていたので、本当に新しい給仕担当だと思っているようだった。

王宮に勤める使用人は、上級官吏だろうと下女だろうと、推薦状が必要で身元を徹底的に調べられる。王族に直接仕える侍女に息のかかった者を送り込めるのは、相当王宮内に隠れた強い人脈を持っているのに違いなかった。リチャードは給仕のふりをして王家の影と協力して潜入捜査をしていた。
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