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19.心の傷
しおりを挟む2人が出ていってから半日以上が経過した。もう太陽は真上を通過してしまった。ビスタさんもまだ目覚めない。
鬼人が出ると街中に知らせが走り、討伐完了まで厳戒態勢が敷かれる。人々は外出禁止、店は臨時休業を余儀なくされる。
当然酒場も臨時休業だが、マスターが皆を店に集めて軽食を用意した。皆モソモソと食べ進めるがやはり心配を隠せず、暗い空気が漂っていた。そんな中平常心を保っていたのはマスターとコンゴさんだった。コンゴさんは保安局へ走り、その後街人への知らせも済ませてから戻って来た。
何もしないでいると悪い想像ばかりが頭に浮かぶ。私はキッチンで食器を片付け、温かい飲み物を準備していた。何とか気を紛らわせたかった。
「レドなら大丈夫ですよ、ソニアさん。ルイも普段は穏やかに見えますがかなりの強さです」
そう声を掛けてくれたのはいつの間にかキッチンに来ていたマスター。
「マスター…すみません、ご心配をおかけして」
そんなに顔に出ていたかな、気を付けてたんだけど・・・。
「あなたは感情を隠すのが上手い。もっと楽にしていいんですよ、レドと私の前ではね」
「マスター…ありがとうございます」
いつも通り優しく微笑むマスターに励まされ、少しだけホッとする。
この世界で私の事情を最も知っているのはオーナーとマスター。私に居場所をくれた2人に全てを話せる日が来ればいい。そう思った。
◇
平静だったマスターとコンゴさんもやがて口を開かなくなり、時間だけが無常に過ぎた。外はもう暗くなり始めている。
遅いな・・・
とマスターが小さく呟く。それが増々不安を大きくする。
その時。
ガタン!!
オーナーの私室の方から音がした。
・・・!!帰ってきた!?
私とマスターは奥へ急いだ。
そこで目に入ったのは―――――
上半身血だらけの、ボロボロになったオーナーだった。
肩をやられたようで止血の布が巻いてある。足も引きずっていて、ルイさんに支えられなければ歩く事も出来ない。マスターが慌ててルイさんの逆からオーナーを支える。
私は身体がガクガク震えるのを必死に抑えていた。
ベッドルームの床にマットが出され、そこに横たえられる。
その瞬間、私は彼に駆け寄った。
「レド!!」
彼の肩口に縋るように手を置き、集中も出来ないままヒールを繰り返す。
「ヒー…」
何度目かもわからなくなったヒールを唱えようとした時、レドの血だらけの手が私の手に重なった。
「ソニア…もういい。…傷は塞がった。ありがとう」
「レ、ド…」
「…大丈夫だから、泣くな」
そう言われて初めて、泣いている事に気が付いた。
「…他は?」
「他も治った。お前のおかげだ」
マットの上で上半身を起こす。その姿を見て、やっと大丈夫だと理解できた。
「良かった…レド!」
私は彼の胸に飛びついた。
「ぉわ!?っと…ソニア?」
大きな手が私の背に回る。それだけで凄く安心できた。
「ケガ、しないでくださいって、言ったのに」
「…心配したか?」
「はい…凄く」
「そうか、すまなかったな」
「…もういいです」
抱き合いながら囁くように話していると後ろから声が。
「…レド、ソニアさん、そろそろいいですか?」
・・・・。・・・・?・・・・!!!
ししし、しまったぁ!マスターとルイさんの存在がすっかり頭から抜け落ちてた!(相当失礼)
「すす、すみませ…きゃっ」
がばっと身体を離して謝り・・・終わる前に今度は抱き寄せられる。
「まだダメだ」
「オーナー!」
「…また戻った。レド」
「そ、そんな話は後で聞きますから!先に!マスターと話をして下さい!みんなも寝ないで心配してたんですよ!」
顔は真っ赤だし、服も血で真っ赤だし。もう滅茶苦茶です。・・・半分自分の所為ですが。
◇
着替えやルイさんの治療をし、その間にマスターがオーナーとルイさんの無事と鬼人討伐完了を皆に知らせた。
「鬼人は…ロジックだった」
レドが沈痛な面持ちで名を告げる。
「なっ!!まさか!…本当ですか?そんな…」
マスターが驚愕の表情を浮かべる。ショックを隠せず、暫し呆然とする。
「…確かだ。情けない事に、ロジックだと分かった時に一瞬攻撃を躊躇った。その結果がこのザマだ」
「…あのロジックが…鬼人ですか。…それで…?」
「ちゃんと仕留めたさ。この手で止めを刺した」
「…そうですか。…他の誰かでなく、レドで良かったです。ロジックだって、きっとそう思ってます」
「そう、だな。…ルイ、今回はお前に助けられた。ありがとう」
「いえ、僕もまだまだ修行が足りません。今日実感しました」
「…ルイは最近ルーカスに似てきたな」
レドは微笑みながらそう言った。
後から聞いた話だが、鬼人を倒した後出血が止まるまで動けず、止まっても馬を早く走らせる事は出来なかった。それで余計遅くなったらしい。
◇
マスターとルイさんが出ていくと、レドはさすがに疲れた顔を見せた。彼をベッドへ促して寝かせ、帰ろうとすると止められた。
「ここにいてくれないか」
覇気のない声で言われて傍に座った。
少しの沈黙の後、ぽつりぽつり話し始める。
ロジックとは昔ここにいた魔人で、獣人と結婚して遠い街へ引っ越したらしい。勿論その街からも定期報告は受けていたがそれが途絶えた。その原因を探っている最中だった。
「分かってるんだ、やらなきゃあいつらも救われない。それでも、何回経験しても嫌なもんだ。仲間をやるってのは」
そう呟く彼の心は泣いている気がした。
鬼人は躊躇いがなく、その分強い。だから彼が止めに行った。だが、最強の魔人と言われる彼でさえこうしてケガをする。何度、こんな経験をしてきたのか。その度にこうして心を痛めてきたのだろうか。彼の心はもう傷だらけなんじゃないか。
そう思ったら切なくなった。私に何が出来るか、それはこれから考えよう。傍にいると決めたんだから。とりあえず今はゆっくり休ませてあげたい。
・・・よし。女は度胸!
私は立ち上がってベッドへ上がり、彼の隣に横になる。
「ソニア…?」
レドが呆気に取られているが気にせず、頭を胸に引き寄せて抱きしめた。
「こうしてますから、休んでください」
「…起きるまで居ろよ?」
「はい」
レドはそれからすぐ、寝息をたてはじめた。
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