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第二章 誠忠のホムンクルス
第67話 前世のトラウマ
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昼休みが終わると、僕とアルフェはそれぞれの選択授業の教室に分かれた。
「今日からは、ホムンクルスに関する項目に進みます」
いよいよ、ホムンクルスに関係する授業に入るというその宣言に続き、リオネル先生は、教科書に書かれている概要を説明する。
「ホムンクルスは、約七百年前に錬金術師アルビオン・パラケルススによって生み出された人造生命です。アルビオンは理想的なヒューマンリソースとして、この人造生命を生み出しましたが、その研究の成り立ちや経緯の詳細については明らかにされていません」
教科書に書いてある内容は、リオネル先生の言う通りだが、僕が知っている知識では、アルビオンが晩年、死期を悟って不老不死研究に没頭した際の副産物として生まれたのがホムンクルスだったはずだ。どうやら、女神の手によって、歴史が改竄され、ヒューマンリソースとしてアルビオンが開発したことになっているようだ。
――つまり、不老不死の研究は禁忌、ということだ。
アルビオンと彼を取り巻く研究者たちが次々と不審な死を遂げ、改竄された歴史が当然の史実として語られるようになっていることから察するに、このアルビオンも神人によって処刑されたのだろう。
「この授業のなかで扱うホムンクルスは、『理想的なヒューマンリソースの量産』を目的として研究されてきた錬金術の一分野です。約二百年前に起きた第三次聖帝戦争では戦況不利となった帝国軍が特攻兵器として、ホムンクルス兵を大量投入し、多大な犠牲が生まれました。これは後にホムンクルスの人権問題のきっかけとなり、ヴァース条約という国際法でホムンクルスの製造と所持に制限がかけられるようになったのです」
「リオネル先生!」
教科書には、第三次聖帝戦争の凄惨な光景を描いた絵が載せられている。命の重さを想像し、しんと静まり返った教室に、甲高い声が響いた。
「ライル、質問があるのですね?」
「はい。俺たちはホムンクルスを所持出来ないってことですか?」
挙手し、質問を始めたのはグーテンブルク坊やだった。どうやら、ライル・グーテンブルクという名らしい。
「いいえ。錬金術師の資格試験を受ければ所有資格を得られます。錬金術師の資格試験には特級、一級、二級、三級が存在しますが、ここは錬金術の専門学校ではないので、あなた方が受けられるのは三級までです」
なるほど、在学中でも試験を受ければ所有資格が得られるのか。グーテンブルク坊やにしてはいい質問だ。
「リオネル先生は何級なんですかー?」
「もちろん、一級ですよ」
女子生徒の質問に、リオネル先生が柔らかな微笑みを返すと、教室のあちこちから歓声が上がった。
「すげー!」
「リオネル先生、格好いい!」
「……でも、上には上がいますので。冠位には遠く及びません」
冠位の称号がまだ残っているということは、僕の本来の実力は現代では特級と呼ばれるクラスなんだろうな。どのみち、中学校の在学中は三級どまりには違いないのだけれど。
「その気になれば、みなさんも在学中に取得できますから挑戦してみてください。ちなみに、この学校の生徒として受けられる試験は年に一度だけ、十月に行われます」
十月と言えば、あともう三ヶ月ほどしかないな。今試験を受けるのは目立ち過ぎるだろうか……。
「では、質問にも答えたことですし、この流れでホムンクルスの製造過程について学んで行きましょう」
リオネル先生がやんわりと私語を止めて、次のステップへと生徒を誘導する。六年間の実績もあって、アナイス先生のような貫禄が出て来たように感じられた。
「ホムンクルスの製造に必要なものは、主として三つに大別されます。ひとつは飼育用の試験管、魔導培養液であるアムニオス流体、そしてベースとなる遺伝子情報です」
アムニオス流体というのは、生体錬成分野において用いられる培養用の液体だ。胎生動物の子宮内を満たす羊水と胎盤の機能を魔術的、科学的に再現することを目指したもので、液内で培養されるホムンクルスの物理的保護、細菌やウイルスの感染保護、温度恒常性維持といった役割の他に、栄養補給や代謝管理を担っている。
教科書には、アムニオス流体に沈むホムンクルスの図が載せられており、皆はそれを真剣な目で見つめている。その図にあるホムンクルスから、僕はグラスの複製を連想してしまった。
「……これ、息できないよね?」
「バカ、赤ん坊も生まれる前は同じ状態だろ?」
「鋭いですね。このアムニオス流体は、酸素含有率が極めて高く、肺を満たすことで液体呼吸を可能にします」
ひそひそと囁かれる私語をきちんと拾い、リオネル先生が補足する。教科書は当然の性質として扱っているのか詳細が載せられていなかったため、他の生徒たちはノートにメモを取り始めた。
「……ベースとなる遺伝子情報については、人間を生み出すわけではありませんので、受精卵や胚を用意する必要はありません。血液が主に使われますが、先の人権問題のきっかけとなった第三次聖帝戦争では、効率の良さと成功率の高さから、戦死者の肉片や肉塊が用いられたことも問題となりました」
「うわ……」
先の悲惨な光景の絵からなにかを想像してしまったのだろう、グーテンブルク坊やが低く唸る声が聞こえてきた。
「…………」
僕は僕で、グラスの養父のことを思い出し、酷く気分が悪くなった。グラスのことをホムンクルスの『材料』としか見ていなかった養父は、僕の脳を使う気でいたはずだ。
平和に慣れすぎて、何故ホムンクルスが気になっていたのかをすっかり頭の端に追いやっていたようだ。
思いがけず掘り起こされた前世のトラウマは、その後の授業の内容が頭の中に入ってこなくなるほどに僕を蝕んだ。
「……リーフ、大丈夫ですか?」
授業が終わった後、笑顔で近づいてきたリオネル先生が、僕にだけ聞こえるように小声で訊ねた。どうやらかなり顔色が悪かったらしい。
「……いえ、……昔のことを想像してしまっただけで……」
「アルフェと同じであなたも想像力が豊かなんでしょう。今日の話は、人類の愚かで悲惨な過去も包み隠さず述べましたから」
グーテンブルク坊やのお陰で、上手く誤解してくれたようだ。ついでに聞いていなかった授業の内容もひとしきり把握できた。
「……いえ、リオネル先生のせいではありません。あの話は、同じ過ちを繰り返さないために必要なものですから」
それは、再び神人の禁忌に触れないためにも必要なことだ。
「ありがとうございます。ところで、リーフ。あなたは三級錬金術検定試験を受けるつもりはありませんか?」
「…………」
どうして急にそんなことを聞かれたのかわからなくて、反応が遅れてしまった。
「小学校の頃に反物質の取扱資格を取得していたでしょう? 早い段階でこの資格も保有しておけば、今後の研究で二の足を踏まなくても済むのではないかと思いまして」
確かにそれは一理あるな。検討しておくべきだろう。
「ありがとうございます。母にも相談してみます」
こういうとき、母が錬金術師だというのはなにかと便利でいいな。子供らしく検討の意思を示したところで、小走りで近づいてくるアルフェの足音が聞こえた。
「リーフ!」
案の定、アルフェがやってきた。アルフェは、アナイス先生に請われて魔法学の授業を選択している。今日の授業は早めに終わったらしい。
「リオネル先生も、見てこれ! 魔法で作ったの!」
アルフェがそう言って見せたのは、濃い藍色の水晶玉だった。
「よーく見ててね……」
アルフェが水晶玉を両手で持ち、目を閉じる。
「星々の煌めきよ、この手の中に集え――」
アルフェが投影魔法の詠唱を始めると、水晶玉の中に夜空と星々が浮かび上がった。
「すごい……」
「素晴らしいです、アルフェ」
アルフェの手の中に現れた美しい夜空と星々の姿に、僕とリオネル先生の口から感嘆の声が漏れる。アルフェが水晶玉に投影した星空は、ただ星が浮かぶだけではなく、時折流れ星が空を翔け、刻一刻と変化を見せている。
「これだけのことを、投影魔法の基礎だけで実現してしまうなんて……」
「流れ星は、リーフに見せたくて。これなら色んな願いごとが叶いそうでしょ?」
アルフェが、にこにこと微笑みながら僕を見つめてくる。その笑顔が、今の僕には救いの光のように見えた。
「今日からは、ホムンクルスに関する項目に進みます」
いよいよ、ホムンクルスに関係する授業に入るというその宣言に続き、リオネル先生は、教科書に書かれている概要を説明する。
「ホムンクルスは、約七百年前に錬金術師アルビオン・パラケルススによって生み出された人造生命です。アルビオンは理想的なヒューマンリソースとして、この人造生命を生み出しましたが、その研究の成り立ちや経緯の詳細については明らかにされていません」
教科書に書いてある内容は、リオネル先生の言う通りだが、僕が知っている知識では、アルビオンが晩年、死期を悟って不老不死研究に没頭した際の副産物として生まれたのがホムンクルスだったはずだ。どうやら、女神の手によって、歴史が改竄され、ヒューマンリソースとしてアルビオンが開発したことになっているようだ。
――つまり、不老不死の研究は禁忌、ということだ。
アルビオンと彼を取り巻く研究者たちが次々と不審な死を遂げ、改竄された歴史が当然の史実として語られるようになっていることから察するに、このアルビオンも神人によって処刑されたのだろう。
「この授業のなかで扱うホムンクルスは、『理想的なヒューマンリソースの量産』を目的として研究されてきた錬金術の一分野です。約二百年前に起きた第三次聖帝戦争では戦況不利となった帝国軍が特攻兵器として、ホムンクルス兵を大量投入し、多大な犠牲が生まれました。これは後にホムンクルスの人権問題のきっかけとなり、ヴァース条約という国際法でホムンクルスの製造と所持に制限がかけられるようになったのです」
「リオネル先生!」
教科書には、第三次聖帝戦争の凄惨な光景を描いた絵が載せられている。命の重さを想像し、しんと静まり返った教室に、甲高い声が響いた。
「ライル、質問があるのですね?」
「はい。俺たちはホムンクルスを所持出来ないってことですか?」
挙手し、質問を始めたのはグーテンブルク坊やだった。どうやら、ライル・グーテンブルクという名らしい。
「いいえ。錬金術師の資格試験を受ければ所有資格を得られます。錬金術師の資格試験には特級、一級、二級、三級が存在しますが、ここは錬金術の専門学校ではないので、あなた方が受けられるのは三級までです」
なるほど、在学中でも試験を受ければ所有資格が得られるのか。グーテンブルク坊やにしてはいい質問だ。
「リオネル先生は何級なんですかー?」
「もちろん、一級ですよ」
女子生徒の質問に、リオネル先生が柔らかな微笑みを返すと、教室のあちこちから歓声が上がった。
「すげー!」
「リオネル先生、格好いい!」
「……でも、上には上がいますので。冠位には遠く及びません」
冠位の称号がまだ残っているということは、僕の本来の実力は現代では特級と呼ばれるクラスなんだろうな。どのみち、中学校の在学中は三級どまりには違いないのだけれど。
「その気になれば、みなさんも在学中に取得できますから挑戦してみてください。ちなみに、この学校の生徒として受けられる試験は年に一度だけ、十月に行われます」
十月と言えば、あともう三ヶ月ほどしかないな。今試験を受けるのは目立ち過ぎるだろうか……。
「では、質問にも答えたことですし、この流れでホムンクルスの製造過程について学んで行きましょう」
リオネル先生がやんわりと私語を止めて、次のステップへと生徒を誘導する。六年間の実績もあって、アナイス先生のような貫禄が出て来たように感じられた。
「ホムンクルスの製造に必要なものは、主として三つに大別されます。ひとつは飼育用の試験管、魔導培養液であるアムニオス流体、そしてベースとなる遺伝子情報です」
アムニオス流体というのは、生体錬成分野において用いられる培養用の液体だ。胎生動物の子宮内を満たす羊水と胎盤の機能を魔術的、科学的に再現することを目指したもので、液内で培養されるホムンクルスの物理的保護、細菌やウイルスの感染保護、温度恒常性維持といった役割の他に、栄養補給や代謝管理を担っている。
教科書には、アムニオス流体に沈むホムンクルスの図が載せられており、皆はそれを真剣な目で見つめている。その図にあるホムンクルスから、僕はグラスの複製を連想してしまった。
「……これ、息できないよね?」
「バカ、赤ん坊も生まれる前は同じ状態だろ?」
「鋭いですね。このアムニオス流体は、酸素含有率が極めて高く、肺を満たすことで液体呼吸を可能にします」
ひそひそと囁かれる私語をきちんと拾い、リオネル先生が補足する。教科書は当然の性質として扱っているのか詳細が載せられていなかったため、他の生徒たちはノートにメモを取り始めた。
「……ベースとなる遺伝子情報については、人間を生み出すわけではありませんので、受精卵や胚を用意する必要はありません。血液が主に使われますが、先の人権問題のきっかけとなった第三次聖帝戦争では、効率の良さと成功率の高さから、戦死者の肉片や肉塊が用いられたことも問題となりました」
「うわ……」
先の悲惨な光景の絵からなにかを想像してしまったのだろう、グーテンブルク坊やが低く唸る声が聞こえてきた。
「…………」
僕は僕で、グラスの養父のことを思い出し、酷く気分が悪くなった。グラスのことをホムンクルスの『材料』としか見ていなかった養父は、僕の脳を使う気でいたはずだ。
平和に慣れすぎて、何故ホムンクルスが気になっていたのかをすっかり頭の端に追いやっていたようだ。
思いがけず掘り起こされた前世のトラウマは、その後の授業の内容が頭の中に入ってこなくなるほどに僕を蝕んだ。
「……リーフ、大丈夫ですか?」
授業が終わった後、笑顔で近づいてきたリオネル先生が、僕にだけ聞こえるように小声で訊ねた。どうやらかなり顔色が悪かったらしい。
「……いえ、……昔のことを想像してしまっただけで……」
「アルフェと同じであなたも想像力が豊かなんでしょう。今日の話は、人類の愚かで悲惨な過去も包み隠さず述べましたから」
グーテンブルク坊やのお陰で、上手く誤解してくれたようだ。ついでに聞いていなかった授業の内容もひとしきり把握できた。
「……いえ、リオネル先生のせいではありません。あの話は、同じ過ちを繰り返さないために必要なものですから」
それは、再び神人の禁忌に触れないためにも必要なことだ。
「ありがとうございます。ところで、リーフ。あなたは三級錬金術検定試験を受けるつもりはありませんか?」
「…………」
どうして急にそんなことを聞かれたのかわからなくて、反応が遅れてしまった。
「小学校の頃に反物質の取扱資格を取得していたでしょう? 早い段階でこの資格も保有しておけば、今後の研究で二の足を踏まなくても済むのではないかと思いまして」
確かにそれは一理あるな。検討しておくべきだろう。
「ありがとうございます。母にも相談してみます」
こういうとき、母が錬金術師だというのはなにかと便利でいいな。子供らしく検討の意思を示したところで、小走りで近づいてくるアルフェの足音が聞こえた。
「リーフ!」
案の定、アルフェがやってきた。アルフェは、アナイス先生に請われて魔法学の授業を選択している。今日の授業は早めに終わったらしい。
「リオネル先生も、見てこれ! 魔法で作ったの!」
アルフェがそう言って見せたのは、濃い藍色の水晶玉だった。
「よーく見ててね……」
アルフェが水晶玉を両手で持ち、目を閉じる。
「星々の煌めきよ、この手の中に集え――」
アルフェが投影魔法の詠唱を始めると、水晶玉の中に夜空と星々が浮かび上がった。
「すごい……」
「素晴らしいです、アルフェ」
アルフェの手の中に現れた美しい夜空と星々の姿に、僕とリオネル先生の口から感嘆の声が漏れる。アルフェが水晶玉に投影した星空は、ただ星が浮かぶだけではなく、時折流れ星が空を翔け、刻一刻と変化を見せている。
「これだけのことを、投影魔法の基礎だけで実現してしまうなんて……」
「流れ星は、リーフに見せたくて。これなら色んな願いごとが叶いそうでしょ?」
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