カガスタ!~元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト~

中務 善菜

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第四章:一世一代の商談

32:またとない好機

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 うーん、場違い。

 煌びやかな装飾のなされた大層広いパーティ会場。ご参列なさった皆様も、品の良さが異次元レベルの方々ばかり。

 そんな空間に放り出されてみろ、現代日本人は言葉を失い固まるしかなかった。歴戦の社畜もこの空気にはたじたじである。

 さすがに私服で参列するわけにはいかなかったので、イアンさんに礼服を用意してもらった。ああ、この格好の方がしっくりくるな。社畜時代を彷彿とさせる。かしこまった服装の方が馴染み深いのも妙な話だ。

「ほら、もっと堂々としてろ」

 どしっ、と背中を叩かれる。振り返ると、イアンさんが困ったような眼差しを向けていた。いやいや、堂々とと申されましてもね。これほど格式高い場は馴染みがないものでして。

 睨むように見つめると、彼はどうしたもんかと頭を掻いた。

「そう睨むな……俺にもわからねぇんだよ、陛下の考えてることは」

「閣下がわからなければ私のような下々の者は未来永劫わかりっこないでしょうね」

 もう諦めるしかない。受け入れろ、私はこの場に相応しい存在だ。分不相応な輩をこんなところへ呼ぶものか。よーしよし、いいぞ。表情に余裕が生まれる。心なしか精神状態も安定してきた。

「お前本当に気持ちの切り替えが上手いよな……」

「どうも。それで、陛下はまだいらしていないのですか?」

「ああ……そろそろ時間だってのに、なにやってやがんだあの野郎……」

 イアンさんって本当に口が悪いな。上司に対してあの野郎なんて言えないよ。いや、嘘だ。本人がいないときはあの野郎どころじゃなかった。私の方がよっぽど悪辣あくらつな表現をしていたと思う。イアンさんはまだ可愛いや。

 そのとき、会場が暗闇に包まれた。辺りがざわめく。事件性の高いものだろうか? イアンさんも警戒したのか、私の肩を抱き寄せた。

 迂闊にもドキッとしてしまうが、この人、本当に“リオ”に弱い人だな。私が人質に取られたらこの人死んじゃう気がする。

 しばしの動揺の後、会場の奥がスポットライトで照らされた。響く足音。姿を現したのは、なんとまあ麗しい紅の髪をした男性だった。ミランダさんの髪色に似ているが、彼女よりも深い。深紅色、と言うべきか。

「ったく、ようやくお出ましか」

 憎々しそうに呟くイアンさん。どうやら彼が皇帝陛下、カイン・レッドフォード――私のような者をこの場に招待した、とんちきな人だ。

 カイン陛下は一度深呼吸して、会場に向かって微笑んだ。異世界の上流階級はなんだってこんなに顔がいいんだ……一般市民はその顔で息を引き取るレベルですよ……いや、慣れてるのか?

 ここまでの感情になるのは私が日本で育ったから? この世界ではただのイケメンってレベルなのかな。そんなことあってたまるか。

 陛下は用意されたスタンドマイクの前で二、三度咳払い。そうして、話し始めた。

「まずはこの場にご列席いただいた皆様へ、私から精一杯の謝辞を。固い挨拶も、安物の鍍金めっきで飾った言葉もありません。本日は心行くまで、お楽しみください」

 私たち来賓は自然と手を叩いていた。短い言葉だったのに、カイン陛下の気持ちが素直に伝わってきた。壁をすり抜け、溝を飛び越えて、直接胸の奥に届いてた。無抵抗に心を握り締められる感じ。恐ろしい人だと、直感的に思った。

 それから程なくして、歓談の時間が設けられた。イアンさんにエスコートされているのだが、周囲の視線が痛い。如何にも庶民といった雰囲気の私に生粋のセレブたちは興味津々。勿論、悪い意味で。時折耳に入る嘲りの言葉も、いまは聞かなかったことにしておく。

 っていうか、イアンさんは私をどこへ連れていくおつもりで? ……ああ、ですよね。彼の視線の先には、優雅にグラスを傾ける皇帝陛下。仕方がないこととはいえ、緊張してしまう。

「陛下、こちらが例の旅人です」

「うん? ああ、本当に来てくれたんだ。初めまして、旅人さん。僕がレッドフォード帝国現皇帝、カインだよ」

「は、初めまして。旅人のリオと申します。この度はお招きいただき光栄です。本日は楽しませていただきます」

「うん、楽しんで。その前に、僕と少しお話してくれるかな?」

 来た、来てしまった。陛下は私とお喋りがしたいのだ、金持ちは酔狂なものだと思う。いったいなにを話せばいいのか。

 固まる私に微笑みかける陛下。この世界の顔面偏差値には到底慣れそうにない。そのような甘いマスクで微笑を湛えてはなりません。側室何桁の顔なんだろうこの人。この世界に来てから美形の基準がかなり高くなっている気がする。

 魔性の男という言葉が脳裏を過るが、むしろ魔性そのものだ。金、地位、権力、そして顔。この世の全てを抱ける要素が服を着て歩いている感じがする。もう日本に帰れないよ、どうしてくれるの……お盆だけでも帰りたいよ……。

 日本に帰るのが怖くなる私のことなど露知らず、陛下は真っ直ぐに私を見つめる。

「きみとお話がしたいと言ったのはね、知恵を貸してほしかったからなんだ」

「知恵、ですか……?」

「そう。先日の一件――いや、クーデターの気配を感じて騎士を巡回させるようになってから、民から不安の声が届いていてね。この国は大丈夫なのか、アンジェ騎士団は信頼に値するのか。それらの不安が行き着く先はどこだと思う?」

 答えはすぐに思いつく。しかし言えるわけがない。カイン陛下が即位してからこのような事態になっているのだとしたら、民の不安は間違いなく陛下自身に向く。たかが旅人風情が一国一城の主にそのようなことを言えるものか。

 湧き出る冷や汗に気付いたか、イアンさんが肩を叩く。

忌憚きたんのない意見を求めてんだ、思ったこと素直に言ってやれ」

「閣下……」

 無責任なことを言わないでいただけますかね!? これで私の首が飛んだらあなたの首も噛み千切ってやりましょうか!? 連帯責任、一蓮托生! 私の死をあなたの死とイコールで結び付けてやりますからね!

 こうなればヤケだ。ケセラセラ。社畜の合言葉を胸で唱えて、深呼吸。重々しく口を開く。

「……無礼を承知で申し上げますが、陛下への不安に繋がるかと……」

「その通り。きみは聡明で、かつ肝の据わった人だね。皇帝を前にしておべっかを使わなかったのは、イアンを除いてきみが初めてだよ」

 それはお褒めいただいているという認識でいいのでしょうか。顔を見ても、微笑みを絶やすことはない。オルフェさんと違って圧力が半端じゃない。え、私、死ぬ? 処される?

 気づいたときには、陛下の御前で跪いていた。両手も着き、床に額を叩きつけるような速度で頭を垂れる。初めて見たでしょう、これが日本人の誠意の証。ジャパニーズ・ドゲザです。

「大変申し訳ございません! 失言でした! ご無礼をお許しください! 手足だけならなんということもございません! ですが命、命だけは……!」

「馬鹿! 落ち着け! 顔を上げろ! 大声を出すな!」

 イアンさんが私の肩を掴んで持ち上げようとするが、私はいま大樹の気持ちだ。あなた如きが私を動かせると思わないことですね! 私はいま! 屋久杉よりも大きな意志で跪いている!

「ふふっ、はははっ! 大丈夫だよ、リオ。顔を上げて」

 格闘する私たちを見て、陛下は愉快そうに笑った。あ、この人も人間だ……人間の笑顔をしている。私たち、そんなに滑稽に映っていたのかな。死に物狂いで謝罪していただけだったけれど……。

「いいんだ、流浪の身であるきみがそう思うなら、僕の予感も間違っていないと確信できたから。僕としてもね、この状況は好ましくない。なんとか民の不安を取り除きたいんだ。ねえ、リオ。きみならこのような状況、どう打破する?」

 金も地位も権力もある、顔もいい。それに加えて懐はマリアナ海溝よりも深い。なんだこの完璧超人は。逆に女性が寄って来なさそう。本当に私たちと同じ地上に足をつけて生きているのか? 実は浮いているとかない?

 御御足おみあしに目をやるが、靴を履いている。たぶん、ちゃんと人間だ。地に足をつけずに生きられるなら、靴なんて要らないはず。

 それより落ち着け牧野理央。どう打破するかを尋ねられている。私ならどうするか。この状況を覆すようなプロジェクトなんてそうそう思いつくはずが――。

 ――待って、これ、チャンスだ。

 逸る気持ちと吊り上がる口角を抑えつけ、努めて冷静に告げる。

「軍事大国というイメージとは真逆の方向へ舵を取るというのはいかがでしょうか」

「へぇ、その意図は?」

「現在、レッドフォード帝国は軍事大国というイメージが根付いているはずです。好戦的なフィンマ騎士団が解体され、治安維持に特化したアンジェ騎士団が組織されたいまでも。ですがそれは、過去のレッドフォード帝国です。カイン陛下が治める新たなレッドフォード帝国の形が定まれば、民も受け入れてくれるのではと思いました」

「大胆な提案だ。元々の強みを捨て、新たな強みを作り出すということかい? 民の不安を煽ることにならないかな?」

「一時的にではありますが、いま以上に不安を煽る政策ではあります。しかし、その一時的な不安すら消し飛ばす衝撃的なプロジェクトがあれば、きっと受け入れてくれます」

「一世一代の大博打になるね、僕に出来るかな」

 眉を下げる陛下。どうして私がここまで真剣に考え、答えているか。知る由もないだろう、というか知られたまずい。

 だからこそ強気に、確固たる自信を映して笑う。この機会を絶対に逃してたまるか。商魂逞しい歴戦のブラック営業に相談したのがあなたの運の尽きです。

「――僭越せんえつながら、提案させていただきます」
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