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第二章:願う者

幕間3:人を楽しませるということ

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 日が傾く頃、俺は川辺に座り込んでいた。人の往来はそれほど多くない。せいぜい散歩をする爺ちゃん婆ちゃんくらいだ。俺のことなんて見向きもしない。彼らは他人に構うような時間を持ち合わせていないからだろう。心にゆとりがあるんだな、羨ましい。

 穏やかな川のせせらぎに身を委ね、深い息。ここ最近、生きた心地がしなかった。孤児院の子供たちを楽しませるために頭を使っていて、自分のことを後回しにしていた。でも、ちゃんと楽しませられた。笑ってくれた。それが嬉しかったし、許されたような気になる。

 服の内ポケットに手を突っ込み、取り出すのは写真の群れ。子供たちの笑顔が収められている。何枚も、何枚も、キラキラした笑顔が形に残っている。

 手品で喜んでくれたなによりの証拠。誇らしいとは思う。けど、素直に喜べはしない。

 ――笑ってくれたよ。“お前”の手品で。

 苦笑する。あいつらの笑顔は俺が生んだものじゃない。“あいつ”なんだ。俺にはなんの力もない。人の道具を我が物顔で振り回して、得意げに笑って。恥ずかしいとは思わないのか。俺の無力さは俺しか知らない。だから、あんなこと言われるんだ。

 人を楽しませる才能がある? 笑わせないでくれよ、俺にはなんの力もない。純粋な子供を騙してるだけなんだよ。人から奪った道具で偉そうに振る舞ってるだけの恥ずかしい奴なんだよ。

 怒りはない。俺のことを見抜けるはずがなかったから。あの言葉で生まれた感情は、ただただ虚しさだけだった。本当の俺を隠すのは、俺自身が望んだことではある。望んでいるのに、それが一番じゃない。だから、俺の本当の願いは誰も知らないし、絶対に叶わない。

 ポケットから取り出すのは、マッチの入った箱。慣れた手付きで着火して――写真を燃やした。端から徐々に灰を落としていく写真を眺めていれば、風が吹く。それと同時に手放すと、風に攫われてどこかへ飛んでいく。

 ――これでいい。風がきっと“あいつ”のところに運んでくれる。

 どうすれば報いることができるのか、俺にはわからない。こんな気休めでしか報いれない自分に心底腹が立つ。みんなを楽しませるのは“あいつ”の役目のはずなのに、どうして俺がやっているんだ。

 喜んでくれるのはいい。笑顔を貰って悪い気はしない。ただ、それは俺のものじゃない。“あいつ”のものだ。心の底からの笑顔は俺じゃ生み出せない。“あいつ”じゃなきゃ駄目だったのに。どうしていなくなっちまったんだよ。

 思えば、最後に笑ったのはいつだっけ。“あいつ”が最期に見せてくれた手品だった。それだってもう三年も前の話だ。

「いったい誰が――“お前”以外の誰が、俺を笑顔にしてくれんだよ」

 風が運ぶ笑顔の灰を見ながら独り言ち、笑う。他人から奪った力で人を喜ばせてる分際で、烏滸がましいことを言うな。俺自身の力で同じことができるようになってから言え。心の底から笑うことなんて、俺にはできない。こんな恥ずかしい奴には資格がない。

 人を楽しませるってことは、隠すこと。俺の願いも、俺自身も見せちゃいけない。自分を暗闇に閉じ込めて、華々しく、綺麗なものを見せなきゃいけない。

 ――そういうもんだろ、エンターテイナーって。
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