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第四章

第二話 雪景色

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 それから数日が経ち【神樹】の故障? はあっさりと解決した。
 【神樹】の前に呼び出された俺を待っていたのはエリーゼとカトリーヌさんだ。

「答えは実に簡単だったよ、レヴィンくん。どうやら【神樹】の新機能に欠けているのは、情報だったみたい」
「情報が足りない……?? どういうことです?」

 エリーゼの代わりにカトリーヌさんが口を開く。

「かいつまんで説明しますね。古くから物質は、極めて微小な粒子で構成されているのではないかと考えられてきました。水一つとっても、そこには目では捉えられないほどの小さな小さな粒が集まっていて、毒の成分もまた同様なのです」

 ふむ。すでにさっぱり分からない。
 それが本当なら、俺も小さな粒で出来ているということだろうか?
 エルフィもアリアもエリスも、みんなブツブツということなのだろうか? 怖い。

「古代の神竜たちは、どうやらその小さな粒の存在を突き止め、その性質や形状などを極めて詳細に解き明かしていたらしく、【竜医局】の力を使えば、どんな毒もその正体を突き止められたようです。ですが、その小さな粒についての情報が収められていた記憶領域が壊れているようです」
「つまり神竜たちの研究成果が無くなっちゃって【竜医局】がうまく力を発揮できないってこと?」
「そのとおりです! 流石はレヴィンさんです」

 正直ほとんど話についていけてないが、そう言われると、悪い気はしない。てへへ。
 そういえば、アントニオの設計図がないと【工房】で作れる家は極めてシンプルなものになってしまう。
 【竜医局】もそれと同じような状況なんだろう。

「という訳で、私は夫と共に、データベースに情報を入力していこうと思います。私が収集した資料だけでは不十分ですので、なにか方策を考えないと」

 カトリーヌさんは早速やる気を表して、何やらブツブツとつぶやきながら考え込み始めた。

「さすがに俺に手伝えることはなさそうだな」

 一応、【神樹】を管理している立場だけど、詳しい運用についてはあまり役に立てない。こういうのはその道のエキスパートに任せるのが一番だ。
 代わりに美味しいものを差し入れたりなんとかして、カトリーヌさんが集中できる環境を作らないと。
 
 それから一月ほど、俺たちはカトリーヌさんに頼まれるがままに資料を調達したり、食べ物を差し入れたりと、カトリーヌさんとアーガスの作業のサポートをしていた。
 どうやら予想以上に大変らしく、一月がたった今でも作業は終わっていない。

  そんなある日、俺はカトリーヌさんへの差し入れを用意していると、不意に誰かに声を掛けられた。

「レヴィン殿、少しよろしいでしょうか?」

 随分と渋い声だ。この声と神出鬼没な現れ方は、人間態のリントヴルムに違いない。

「どうしたの? あ、もしかして、新しいエリアが広がったとか」
「ご明察です。どうやら市場が盛況のようで、私の力も随分と戻ってきまして、北部の寒冷地エリアが解放されました」
「寒いエリア……ってことはもしかして雪が降っていたり?」

 生まれてから俺は、ほとんど雪を見たことが無い。
 寒冷地という響きを聞いて、俺は少し胸が躍った。

「金属資源が豊富で、珍しい魔獣も大勢いるエリアです。ただ、一つ問題が……」
「問題?」
「実は、拡張されたエリアですが、どうも妙なことになってまして、よろしければレヴィン殿にお力添え願えないかと思いまして」

 その数日後、俺たちはリントヴルムの頼みで、新たに拡張された北のエリアに向かうことになった。
 そこは、故郷ではほとんど見ることのなかった雪で覆われた秘境だ。

「ママ!! 見て!! 雪だよ雪!!」

 一面の銀世界……と言いたいが、それどころか猛吹雪が吹きすさぶ極寒の地であった。
 普段、雪を見る機会がないので、確かに感動的な光景だが、その感動が吹き飛ぶほどに異常な寒さだった。

「ど、どうして、エルフィはあんなに元気なのかな」

 アリアが不思議そうに首を傾げる。
 俺たちはみんな防寒着をフル装備しているが、それでもわずかな隙間から寒風が容赦なく襲ってきて、全身が冷え込んでいく。
 しかし、エルフィは、この寒さをものともせずに雪の中に飛び込んだり、ごろごろと転がったりしている。

「昨日、下調べで来た時のスピカさんはかなり凍えてましたね。個体差があるのでしょうか?」

 エリスの言う通り、昨日俺たちは一度この場所を訪れていた。
 しかし、防寒着を纏っていても、スピカはこの寒さに耐えることが出来ず、彼女は留守番となった。
 一方のエルフィはご覧の通りのはしゃぎっぷりだ。エルフィとスピカで寒さの耐性が真逆のようだけど、どうしてだろうか。

「分かったかも!! 竜になった時の姿がヒントだよ」

 アリアが興奮したように手を叩いた。
 竜になった時の姿……?

「エルフィちゃんはもふもふとしたかわいらしい白竜ですよね。スピカさんは身体が大きくて鱗だらけで、いかにも竜って感じのたくましい赤竜でしたね」
「もしかして、そういうことなのか?」

 一般的にトカゲは変温動物と言い、外の気温に合わせて体内の気温が変化する。
 より正確に言うと、しっかりとした体温調節機能が無く、外気の影響を受けやすいのだ。
 そのため、冬は寒さで動けなくなるものもいる。

「確かにエルフィはもふっとしてて、哺乳類みたいな皮膚も持ってるんだよなあ。それが影響しているのだろうか」

 神竜の生態には詳しくないが、見た目と寒さの耐性はなんとなく関係がありそうだ。

「それにしても、ここを探索するなんて、本当に大丈夫かな……遭難しないかな?」

 アリアは不安げだ。

 目の前の吹雪の状況はかなりひどく、一寸先も見渡せないほどだ。
 そんな極寒の地に訪れた理由は、まさにこの猛吹雪にある。

 リントヴルムによると、元々北部はたまに吹雪くことはあっても、今のように猛吹雪が何日も続くようなことは無いとのことだった。
 それもそのはず、この大陸の気候は中央の【神樹】によって制御されている。
 この北部エリアも適度に寒冷地感を出すために、積雪のタイミングが制御されているはずだった。

「【神樹】の影響を外れた異常気象ですか。確かにこの吹雪、かなり酷いですね。雪とは無縁の地域に住む私達がこの中を進んだら、一瞬で遭難してしまいそうですね」
「ああ。だけど、俺たちには【神樹】の力があるからな」

 幸い、ここは【神樹】の機能が利用できる大陸の上だ。
 雪の中の旅は素人だが、危ないときは【工房】の力出小屋を作り出して、その中に避難することができる。
 いざとなれば転移門で街まで戻れるし、リントヴルムの背中だからこそできる探索方法だ。

「とはいえ油断は禁物だ。リントヴルムが言ってたように、ここの気候は異常だ。はぐれないように気をつけるんだぞ」

 こうして、未知の極寒地帯の探索が始まった。
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