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第九章 少女は王宮の夢を見るか
#6
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レーヴェ王国の王都サフィーヤは、西側が海、東側が山に繋がる森に面している。王宮はその山の斜面に張り付くように建てられており、街を一望することができる。
一番高いところにあるのが王族の住まい、国の中枢機関である本宮で、その下には貴族たちの屋敷が並ぶ二の郭、そして麓が王都を守護する近衛騎士団の宿舎がある三の郭でという造りになっている。
それぞれの区画は城壁で仕切られ、出入りするには身元を明らかにし、郭門を通らなければならない。二の郭に入るには内部の人間からの身元保証が必要だし、本宮に入るともなれば更に厳重な身元の確認がなされる。だが、三の郭には騎士団や本宮で働く者の家族との面会が行われたり、商人や職人の出入りもあるため、身元が怪しくなければ平民でも出入りすることは可能だ。
そして今日は、国内の騎士団の代表者や、腕に覚えのある各地の領主の子息などが集まって腕を競う、親善試合が行われるのだった。若者たちのちょっとした腕試しのお祭りのようなもので、関係者から物見遊山の一般市民まで、多くの人間が試合場を取り囲んでいる。飲み物や軽食を売っている商人の姿も見えた。
エディリーンたちも、魔術研究院に在籍している証である、双頭の蛇が絡んだ杖の紋章を衛兵に見せる。衛兵は鷹揚に頷いて、彼女たちを門の内側へ通した。
会場は、三の郭の中央にある広場だった。試合は既に始まっている。今は胸に近衛騎士団の紋章を付けた若者と、どこかの領主の息子らしい青年が、木の柵に囲われた試合場の中で向かい合っていた。
腕試しの試合であるため、使うのは真剣ではなく、木剣である。打ち合う度に、乾いた音が響いた。
何度か剣戟を交わし、騎士団の男が領主の息子の小手に一撃を決めた。領主の息子は木剣を取り落とし、審判が勝利宣言をする。両方の陣営から、歓声と落胆の声が上がった。
試合場の周囲は既に観客に取り囲まれていたので、三人は本宮へ上る坂の途中、少し離れた小高い場所を見つけて、そこから見物することにした。
すると、そこに近付いてくる影があった。
「久しいな。エディリーン嬢」
聞き覚えのある声に振り向くと、そこにいたのはこの国の第二王子だった。
「ユリウス王子……。どうしてこんなところにいるんです?」
数か月振りの再会だった。
今の王子は、頭を布切れで覆い、土で汚れた農民のような格好をしていた。ご丁寧に、背中には泥のついた野菜の入った籠まで背負っている。だが、その程度の変装で誰だかわからなくなるほど、エディリーンの目は節穴ではないし、この王都で彼女に知り合いのように声をかけてくる人間など限られている。
しかし、彼は供の一人も付けている様子がない。
「まあ、ユリウス殿下でいらっしゃいますか!?」
双子の姉妹が目を白黒させ、慌てて膝を折ろうとするが、
「よい。内緒で来ているからな」
そう言ってにやりと笑い、口の前に人差し指を立てて二人を立たせる。
「城は窮屈だからな。たまの息抜きくらい許されるだろう」
はあ、とエディリーンは曖昧に返事をした。しかし、ユーディトとクラリッサは王族を前にすっかり緊張してしまい、エディリーンの陰に隠れるようにしている。
しかし、これで図らずもエディリーンとユリウス王子に面識があるということが証明されてしまったのだった。本当に王子と知り合いだったのか、どこで知り合ったのかなど、聞きたいことはあるだろうが、ここで根掘り葉掘り聞いてこないところは、彼女たちもわきまえている。
「そうだ、エディリーン嬢。せっかく来たのなら、そなたも試合に出てみないか?」
「……どうしてそんなことを」
そういえば、この人はかつて会った時も、こんなふうに突拍子のないことを言っていた。そのせいで、自分は今ここにいる面もあるのだった。
「そなたの実力をこの目で見てみたい。それに、力を示しておけば、そなたを侮る者もいなくなるだろう」
真面目くさっているが、どこか面白がっている様子でもあった。
「わたしのようなものが出ては、場を乱すのでは?」
どう考えても面倒なことになりそうだった。それに、飛び入り参加などできるのか。
「俺が口添えすれば問題ないさ。どうだ? 勝者には賞金も出るぞ」
賞金という単語に、エディリーンはぴくりと反応した。
別に守銭奴ではないつもりだが、自分で金銭を稼いでいない今の生活は、地に足が着いていないような不安感があるのだ。住まいや食事、生活に必要なものは支給され、最低限の生活をするのには困っていない。魔術師は貴重な存在であるから、研究院に在籍しているだけで保護されるらしいが、そんな生活は、彼女がこれまで培った価値観では納得のいかないものだったので、自分の手で金を稼げるとあれば、魅力的な話だった。
それに、王都に来てからというもの、室内に閉じこもってばかりで、単純に鬱憤がたまっていたというのもある。
「手加減しなくていいのなら。わたしが勝って何かずるをしたんじゃないかと言われるのは、嫌ですからね」
「そのようなことを言う人間は、俺の臣下に欲しくないな。何度か言っていると思うが、俺は実力主義なのだ」
ユリウスはからからと笑ってそんなことを言い放つ。それなら、もしケチをつけられでもしたら、責任はこの人に押し付けようと思った。
「規則は?」
「相手の剣を落とすか、一本取った方が勝ちだ。狙っていいのは防具を付けている箇所のみ。故意に急所を狙ったり、生命が危うくなるような怪我をさせたら失格だ」
「……承知しました」
エディリーンは試合場を一瞥し、頷いた。話している間に、木剣を落とす乾いた音が響き、もう一試合終わったところだった。
一番高いところにあるのが王族の住まい、国の中枢機関である本宮で、その下には貴族たちの屋敷が並ぶ二の郭、そして麓が王都を守護する近衛騎士団の宿舎がある三の郭でという造りになっている。
それぞれの区画は城壁で仕切られ、出入りするには身元を明らかにし、郭門を通らなければならない。二の郭に入るには内部の人間からの身元保証が必要だし、本宮に入るともなれば更に厳重な身元の確認がなされる。だが、三の郭には騎士団や本宮で働く者の家族との面会が行われたり、商人や職人の出入りもあるため、身元が怪しくなければ平民でも出入りすることは可能だ。
そして今日は、国内の騎士団の代表者や、腕に覚えのある各地の領主の子息などが集まって腕を競う、親善試合が行われるのだった。若者たちのちょっとした腕試しのお祭りのようなもので、関係者から物見遊山の一般市民まで、多くの人間が試合場を取り囲んでいる。飲み物や軽食を売っている商人の姿も見えた。
エディリーンたちも、魔術研究院に在籍している証である、双頭の蛇が絡んだ杖の紋章を衛兵に見せる。衛兵は鷹揚に頷いて、彼女たちを門の内側へ通した。
会場は、三の郭の中央にある広場だった。試合は既に始まっている。今は胸に近衛騎士団の紋章を付けた若者と、どこかの領主の息子らしい青年が、木の柵に囲われた試合場の中で向かい合っていた。
腕試しの試合であるため、使うのは真剣ではなく、木剣である。打ち合う度に、乾いた音が響いた。
何度か剣戟を交わし、騎士団の男が領主の息子の小手に一撃を決めた。領主の息子は木剣を取り落とし、審判が勝利宣言をする。両方の陣営から、歓声と落胆の声が上がった。
試合場の周囲は既に観客に取り囲まれていたので、三人は本宮へ上る坂の途中、少し離れた小高い場所を見つけて、そこから見物することにした。
すると、そこに近付いてくる影があった。
「久しいな。エディリーン嬢」
聞き覚えのある声に振り向くと、そこにいたのはこの国の第二王子だった。
「ユリウス王子……。どうしてこんなところにいるんです?」
数か月振りの再会だった。
今の王子は、頭を布切れで覆い、土で汚れた農民のような格好をしていた。ご丁寧に、背中には泥のついた野菜の入った籠まで背負っている。だが、その程度の変装で誰だかわからなくなるほど、エディリーンの目は節穴ではないし、この王都で彼女に知り合いのように声をかけてくる人間など限られている。
しかし、彼は供の一人も付けている様子がない。
「まあ、ユリウス殿下でいらっしゃいますか!?」
双子の姉妹が目を白黒させ、慌てて膝を折ろうとするが、
「よい。内緒で来ているからな」
そう言ってにやりと笑い、口の前に人差し指を立てて二人を立たせる。
「城は窮屈だからな。たまの息抜きくらい許されるだろう」
はあ、とエディリーンは曖昧に返事をした。しかし、ユーディトとクラリッサは王族を前にすっかり緊張してしまい、エディリーンの陰に隠れるようにしている。
しかし、これで図らずもエディリーンとユリウス王子に面識があるということが証明されてしまったのだった。本当に王子と知り合いだったのか、どこで知り合ったのかなど、聞きたいことはあるだろうが、ここで根掘り葉掘り聞いてこないところは、彼女たちもわきまえている。
「そうだ、エディリーン嬢。せっかく来たのなら、そなたも試合に出てみないか?」
「……どうしてそんなことを」
そういえば、この人はかつて会った時も、こんなふうに突拍子のないことを言っていた。そのせいで、自分は今ここにいる面もあるのだった。
「そなたの実力をこの目で見てみたい。それに、力を示しておけば、そなたを侮る者もいなくなるだろう」
真面目くさっているが、どこか面白がっている様子でもあった。
「わたしのようなものが出ては、場を乱すのでは?」
どう考えても面倒なことになりそうだった。それに、飛び入り参加などできるのか。
「俺が口添えすれば問題ないさ。どうだ? 勝者には賞金も出るぞ」
賞金という単語に、エディリーンはぴくりと反応した。
別に守銭奴ではないつもりだが、自分で金銭を稼いでいない今の生活は、地に足が着いていないような不安感があるのだ。住まいや食事、生活に必要なものは支給され、最低限の生活をするのには困っていない。魔術師は貴重な存在であるから、研究院に在籍しているだけで保護されるらしいが、そんな生活は、彼女がこれまで培った価値観では納得のいかないものだったので、自分の手で金を稼げるとあれば、魅力的な話だった。
それに、王都に来てからというもの、室内に閉じこもってばかりで、単純に鬱憤がたまっていたというのもある。
「手加減しなくていいのなら。わたしが勝って何かずるをしたんじゃないかと言われるのは、嫌ですからね」
「そのようなことを言う人間は、俺の臣下に欲しくないな。何度か言っていると思うが、俺は実力主義なのだ」
ユリウスはからからと笑ってそんなことを言い放つ。それなら、もしケチをつけられでもしたら、責任はこの人に押し付けようと思った。
「規則は?」
「相手の剣を落とすか、一本取った方が勝ちだ。狙っていいのは防具を付けている箇所のみ。故意に急所を狙ったり、生命が危うくなるような怪我をさせたら失格だ」
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