蒼天の風 祈りの剣

月代零

文字の大きさ
上 下
57 / 74
第九章 少女は王宮の夢を見るか

#6

しおりを挟む
 レーヴェ王国の王都サフィーヤは、西側が海、東側が山に繋がる森に面している。王宮はその山の斜面に張り付くように建てられており、街を一望することができる。
 一番高いところにあるのが王族の住まい、国の中枢機関である本宮で、その下には貴族たちの屋敷が並ぶ二の郭、そして麓が王都を守護する近衛騎士団の宿舎がある三の郭でという造りになっている。
 それぞれの区画は城壁で仕切られ、出入りするには身元を明らかにし、郭門を通らなければならない。二の郭に入るには内部の人間からの身元保証が必要だし、本宮に入るともなれば更に厳重な身元の確認がなされる。だが、三の郭には騎士団や本宮で働く者の家族との面会が行われたり、商人や職人の出入りもあるため、身元が怪しくなければ平民でも出入りすることは可能だ。

 そして今日は、国内の騎士団の代表者や、腕に覚えのある各地の領主の子息などが集まって腕を競う、親善試合が行われるのだった。若者たちのちょっとした腕試しのお祭りのようなもので、関係者から物見遊山の一般市民まで、多くの人間が試合場を取り囲んでいる。飲み物や軽食を売っている商人の姿も見えた。
 エディリーンたちも、魔術研究院に在籍している証である、双頭の蛇が絡んだ杖の紋章を衛兵に見せる。衛兵は鷹揚に頷いて、彼女たちを門の内側へ通した。

 会場は、三の郭の中央にある広場だった。試合は既に始まっている。今は胸に近衛騎士団の紋章を付けた若者と、どこかの領主の息子らしい青年が、木の柵に囲われた試合場の中で向かい合っていた。
 腕試しの試合であるため、使うのは真剣ではなく、木剣である。打ち合う度に、乾いた音が響いた。
 何度か剣戟を交わし、騎士団の男が領主の息子の小手に一撃を決めた。領主の息子は木剣を取り落とし、審判が勝利宣言をする。両方の陣営から、歓声と落胆の声が上がった。

 試合場の周囲は既に観客に取り囲まれていたので、三人は本宮へ上る坂の途中、少し離れた小高い場所を見つけて、そこから見物することにした。
 すると、そこに近付いてくる影があった。

「久しいな。エディリーン嬢」

 聞き覚えのある声に振り向くと、そこにいたのはこの国の第二王子だった。

「ユリウス王子……。どうしてこんなところにいるんです?」

 数か月振りの再会だった。
 今の王子は、頭を布切れで覆い、土で汚れた農民のような格好をしていた。ご丁寧に、背中には泥のついた野菜の入った籠まで背負っている。だが、その程度の変装で誰だかわからなくなるほど、エディリーンの目は節穴ではないし、この王都で彼女に知り合いのように声をかけてくる人間など限られている。
 しかし、彼は供の一人も付けている様子がない。

「まあ、ユリウス殿下でいらっしゃいますか!?」

 双子の姉妹が目を白黒させ、慌てて膝を折ろうとするが、

「よい。内緒で来ているからな」

 そう言ってにやりと笑い、口の前に人差し指を立てて二人を立たせる。

「城は窮屈だからな。たまの息抜きくらい許されるだろう」

 はあ、とエディリーンは曖昧に返事をした。しかし、ユーディトとクラリッサは王族を前にすっかり緊張してしまい、エディリーンの陰に隠れるようにしている。
 しかし、これで図らずもエディリーンとユリウス王子に面識があるということが証明されてしまったのだった。本当に王子と知り合いだったのか、どこで知り合ったのかなど、聞きたいことはあるだろうが、ここで根掘り葉掘り聞いてこないところは、彼女たちもわきまえている。

「そうだ、エディリーン嬢。せっかく来たのなら、そなたも試合に出てみないか?」
「……どうしてそんなことを」

 そういえば、この人はかつて会った時も、こんなふうに突拍子のないことを言っていた。そのせいで、自分は今ここにいる面もあるのだった。

「そなたの実力をこの目で見てみたい。それに、力を示しておけば、そなたを侮る者もいなくなるだろう」

 真面目くさっているが、どこか面白がっている様子でもあった。

「わたしのようなものが出ては、場を乱すのでは?」

 どう考えても面倒なことになりそうだった。それに、飛び入り参加などできるのか。

「俺が口添えすれば問題ないさ。どうだ? 勝者には賞金も出るぞ」

 賞金という単語に、エディリーンはぴくりと反応した。

 別に守銭奴ではないつもりだが、自分で金銭を稼いでいない今の生活は、地に足が着いていないような不安感があるのだ。住まいや食事、生活に必要なものは支給され、最低限の生活をするのには困っていない。魔術師は貴重な存在であるから、研究院に在籍しているだけで保護されるらしいが、そんな生活は、彼女がこれまで培った価値観では納得のいかないものだったので、自分の手で金を稼げるとあれば、魅力的な話だった。
 それに、王都に来てからというもの、室内に閉じこもってばかりで、単純に鬱憤がたまっていたというのもある。

「手加減しなくていいのなら。わたしが勝って何かずるをしたんじゃないかと言われるのは、嫌ですからね」
「そのようなことを言う人間は、俺の臣下に欲しくないな。何度か言っていると思うが、俺は実力主義なのだ」

 ユリウスはからからと笑ってそんなことを言い放つ。それなら、もしケチをつけられでもしたら、責任はこの人に押し付けようと思った。

「規則は?」
「相手の剣を落とすか、一本取った方が勝ちだ。狙っていいのは防具を付けている箇所のみ。故意に急所を狙ったり、生命が危うくなるような怪我をさせたら失格だ」
「……承知しました」

 エディリーンは試合場を一瞥し、頷いた。話している間に、木剣を落とす乾いた音が響き、もう一試合終わったところだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

無職ニートの俺は気が付くと聯合艦隊司令長官になっていた

中七七三
ファンタジー
■■アルファポリス 第1回歴史・時代小説大賞 読者賞受賞■■ 無職ニートで軍ヲタの俺が太平洋戦争時の聯合艦隊司令長官となっていた。 これは、別次元から来た女神のせいだった。 その次元では日本が勝利していたのだった。 女神は、神国日本が負けた歴史の世界が許せない。 なぜか、俺を真珠湾攻撃直前の時代に転移させ、聯合艦隊司令長官にした。 軍ヲタ知識で、歴史をどーにかできるのか? 日本勝たせるなんて、無理ゲーじゃねと思いつつ、このままでは自分が死ぬ。 ブーゲンビルで機上戦死か、戦争終わって、戦犯で死刑だ。 この運命を回避するため、必死の戦いが始まった。 参考文献は、各話の最後に掲載しています。完結後に纏めようかと思います。 使用している地図・画像は自作か、ライセンスで再利用可のものを検索し使用しています。 表紙イラストは、ヤングマガジンで賞をとった方が画いたものです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

SEVEN TRIGGER

匿名BB
SF
20xx年、科学のほかに魔術も発展した現代世界、伝説の特殊部隊「SEVEN TRIGGER」通称「S.T」は、かつて何度も世界を救ったとされる世界最強の特殊部隊だ。 隊員はそれぞれ1つの銃器「ハンドガン」「マシンガン」「ショットガン」「アサルトライフル」「スナイパーライフル」「ランチャー」「リボルバー」を極めたスペシャリストによって構成された部隊である。 その中で「ハンドガン」を極め、この部隊の隊長を務めていた「フォルテ・S・エルフィー」は、ある事件をきっかけに日本のとある港町に住んでいた。 長年の戦場での生活から離れ、珈琲カフェを営みながら静かに暮らしていたフォルテだったが、「セイナ・A・アシュライズ」との出会いをきっかけに、再び戦いの世界に身を投じていくことになる。 マイペースなフォルテ、生真面目すぎるセイナ、性格の合わない2人はケンカしながらも、互いに背中を預けて悪に立ち向かう。現代SFアクション&ラブコメディー

貞操逆転世界の温泉で、三助やることに成りました

峯松めだか(旧かぐつち)
ファンタジー
貞操逆転で1/100な異世界に迷い込みました 不意に迷い込んだ貞操逆転世界、男女比は1/100、色々違うけど、それなりに楽しくやらせていただきます。 カクヨムで11万文字ほど書けたので、こちらにも置かせていただきます。 ストック切れるまでは毎日投稿予定です ジャンルは割と謎、現実では無いから異世界だけど、剣と魔法では無いし、現代と言うにも若干微妙、恋愛と言うには雑音多め? デストピア文学ぽくも見えるしと言う感じに、ラブコメっぽいという事で良いですか?

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

処理中です...