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第一話 狼と七匹の子ヤギ
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山科由美の捜索願が出た次の日、朝一番に捜査一課の石川の席に相棒の陣内は急いでいた。
昨夜、陣内は彼なりに七年前の事件を調べて、最近まで同じサークルにOBとして当時の被害者の一人、田中二郎の兄が所属していることを突き止めた。
さらにに驚いたことに、その兄の田中一也の捜索願も提出されていたのだ。だが、おかしい……どうして?
それらを伝えるべく部屋に入ろうとした陣内に、ぶつかるように出てきた人物がいた。
「お! 陣内、丁度良い。これから出るぞ」
入口でぶつかりそうになった石川は、陣内にそう言うと、急いで地下駐車場に降りていった。
「ちょっと待って下さいよ。石川さん!」
「待たねぇよ。話は車の中だ!」
二人を乗せた車はサイレンを鳴らし走り出していった。
☆ ☆ ☆
山奥の少し開けた広場のような場所、ここは以前、研修所があった場所だ。そこに数台の警察車両が並んでいた。
黄色い規制線をくぐって、石川と陣内は進んでいく。
「俺は何も言わん。とにかく見てみろ。話はそれからだ!」
後ろを歩く陣内は緊張気味に頷いた。
雑草が少し伸びた広場に、ブルーシートで目隠しされた一台の軽自動車が止まっている。作業中だった鑑識が石川たちに道を開けた。
陣内は石川と同じように手を合わせ一礼してから、シートを恐る恐るめくった。
「自分の目でしっかり見るんだ!」
石川の言葉通り、陣内は先入観を無くしてシートの下の人物を見た。
そこには眠っているかのような女性がひとり助手席に座っていた。右手で何か大切なモノを掴むようにして、運転席の方へ手を伸ばして……幸せそうな顔をして……死んでいた。
所轄の刑事が概要を説明しに近づいてきた。
「死亡時刻は一昨日の深夜から昨日の早朝のようです。ガイシャは山科由美十九才、排気ガスを車内に入れた一酸化炭素中毒死です。争った形跡なし、着衣の乱れもありません。一昨日の晩から失踪していたんですが、わざわざここまで来て自殺したんですね」
「他殺の可能性は?」石川が確認する。
「薄いですね。サークルの合宿で昔の殺人事件の生き残りだって話をカミングアウトしたらしく、かなり取り乱していたようです」
「なんで、ここまでわざわざ来て死んだんだ?」
「そこはわかりませんね。昔の友人の死んだ場所だからでしょうか? あの、そろそろご遺体の搬送いいでしょうか?」
鑑識もあらかた終了し、後は搬送を待つだけとなっていた。
「何か気になることはあったか?」
となりで無言だった陣内に石川が声をかけた。
「えっ、俺は特に……」そう口ごもった陣内の目に気になる物が映りこむ。
「あっ、ちょっと」
その言葉に鑑識の手が止まる。
「この缶コーヒーなんですけど……」
陣内が指し示したのは助手席のドリンクホルダーに入った、カフェオレの缶だった。
「大丈夫ですよ。ちゃんと指紋も採ってありますから」安心してくれとばかり鑑識はうなずいた。
「何だ、何が気になるんだ?」石川も車内をのぞき込む。
「いえ、あっちにもありますよね。缶コーヒー」
運転席側のドリンクホルダーにも、ブラックの缶コーヒーの空き缶がささっていた。
「なんか、二人で来たみたいに見えませんか?」
石川の顔が厳しくなった。
運転席側の缶コーヒーには指紋が無かった。DNA鑑定は後日になるらしい。帰りの車の中で、石川やけに無口だった。
帰ってすぐ、報告もそこそこに石川はパソコンにかじりついた。
「おい陣内。これだ」そう言って陣内を呼びつけた石川はパソコンのモニターをこちらに向ける。
「ちょうど一年前、あそこで田中一也が自殺したんだよ。弟の命日だったらしい」
「同じ場所ですか……」
「ああ、写真も残っていたぞ」
陣内は驚きで言葉が出なかった。なぜなら、そこには軽自動車の運転席で助手席側に左手を伸ばし死んでいた、田中一也の幸せそうな顔が写っていたからだった。
その写真の微笑みが今日自殺した山科由美の笑顔とダブって陣内には見えてしまった。
「あの缶コーヒーは誰のモノだったんでしょうかね?」
「たぶん、車の持ち主の置き忘れだろう」
複雑な顔で石川が答えた。
昨夜、陣内は彼なりに七年前の事件を調べて、最近まで同じサークルにOBとして当時の被害者の一人、田中二郎の兄が所属していることを突き止めた。
さらにに驚いたことに、その兄の田中一也の捜索願も提出されていたのだ。だが、おかしい……どうして?
それらを伝えるべく部屋に入ろうとした陣内に、ぶつかるように出てきた人物がいた。
「お! 陣内、丁度良い。これから出るぞ」
入口でぶつかりそうになった石川は、陣内にそう言うと、急いで地下駐車場に降りていった。
「ちょっと待って下さいよ。石川さん!」
「待たねぇよ。話は車の中だ!」
二人を乗せた車はサイレンを鳴らし走り出していった。
☆ ☆ ☆
山奥の少し開けた広場のような場所、ここは以前、研修所があった場所だ。そこに数台の警察車両が並んでいた。
黄色い規制線をくぐって、石川と陣内は進んでいく。
「俺は何も言わん。とにかく見てみろ。話はそれからだ!」
後ろを歩く陣内は緊張気味に頷いた。
雑草が少し伸びた広場に、ブルーシートで目隠しされた一台の軽自動車が止まっている。作業中だった鑑識が石川たちに道を開けた。
陣内は石川と同じように手を合わせ一礼してから、シートを恐る恐るめくった。
「自分の目でしっかり見るんだ!」
石川の言葉通り、陣内は先入観を無くしてシートの下の人物を見た。
そこには眠っているかのような女性がひとり助手席に座っていた。右手で何か大切なモノを掴むようにして、運転席の方へ手を伸ばして……幸せそうな顔をして……死んでいた。
所轄の刑事が概要を説明しに近づいてきた。
「死亡時刻は一昨日の深夜から昨日の早朝のようです。ガイシャは山科由美十九才、排気ガスを車内に入れた一酸化炭素中毒死です。争った形跡なし、着衣の乱れもありません。一昨日の晩から失踪していたんですが、わざわざここまで来て自殺したんですね」
「他殺の可能性は?」石川が確認する。
「薄いですね。サークルの合宿で昔の殺人事件の生き残りだって話をカミングアウトしたらしく、かなり取り乱していたようです」
「なんで、ここまでわざわざ来て死んだんだ?」
「そこはわかりませんね。昔の友人の死んだ場所だからでしょうか? あの、そろそろご遺体の搬送いいでしょうか?」
鑑識もあらかた終了し、後は搬送を待つだけとなっていた。
「何か気になることはあったか?」
となりで無言だった陣内に石川が声をかけた。
「えっ、俺は特に……」そう口ごもった陣内の目に気になる物が映りこむ。
「あっ、ちょっと」
その言葉に鑑識の手が止まる。
「この缶コーヒーなんですけど……」
陣内が指し示したのは助手席のドリンクホルダーに入った、カフェオレの缶だった。
「大丈夫ですよ。ちゃんと指紋も採ってありますから」安心してくれとばかり鑑識はうなずいた。
「何だ、何が気になるんだ?」石川も車内をのぞき込む。
「いえ、あっちにもありますよね。缶コーヒー」
運転席側のドリンクホルダーにも、ブラックの缶コーヒーの空き缶がささっていた。
「なんか、二人で来たみたいに見えませんか?」
石川の顔が厳しくなった。
運転席側の缶コーヒーには指紋が無かった。DNA鑑定は後日になるらしい。帰りの車の中で、石川やけに無口だった。
帰ってすぐ、報告もそこそこに石川はパソコンにかじりついた。
「おい陣内。これだ」そう言って陣内を呼びつけた石川はパソコンのモニターをこちらに向ける。
「ちょうど一年前、あそこで田中一也が自殺したんだよ。弟の命日だったらしい」
「同じ場所ですか……」
「ああ、写真も残っていたぞ」
陣内は驚きで言葉が出なかった。なぜなら、そこには軽自動車の運転席で助手席側に左手を伸ばし死んでいた、田中一也の幸せそうな顔が写っていたからだった。
その写真の微笑みが今日自殺した山科由美の笑顔とダブって陣内には見えてしまった。
「あの缶コーヒーは誰のモノだったんでしょうかね?」
「たぶん、車の持ち主の置き忘れだろう」
複雑な顔で石川が答えた。
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