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44.赤い光

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 レイティスで見る月は、いつもよりも大きいように思える。青白い月を中心にして星々が煌めく光景はとても美しくて、睡魔が吹き飛んでしまうほどだ。
 夕食後、窓から見える夜の景色を無言で眺めていると、

「もう一時間経ちますが、あのままにして大丈夫なのですか?」
「あー心配すんな。ヴィクターの屋敷でもあんな感じだ」

 二人の話し声が聞こえてきて、サリサは我に返った。

「す、すみません! つい見惚れてしまいました!」
「いいえ、怒っているわけではありませんよ」

 何度も頭を下げるサリサに優しく言ったのは、ハイドラの頭に乗ったネズミだった。

「あなたは本当に夜との相性がぴったりのようですね。ちょっと羨ましいわ」
「あんた、闇魔法どころか光魔法も使えないもんな」
「んもう、意地の悪いことを仰らないでくださる?」

 不満げにネズミが数回ジャンプする。まるでダメージを与えられなかったようで、ハイドラは無表情だったが。
 その様子を眺めていたサリサは、素朴な疑問を口にした。

「私あまり詳しくないんですけれど、光魔法ってどういうことができるんでしょうか?」

 マルリーナ国に光魔法の使い手は現れたことがない。いや正確には人間の国に、と言うべきか。
 光魔法は光妖精の子であるエルフにしか、授かることができないとされている。

「……光魔法は別名、生命の魔法とも呼ばれています」

 ネズミが穏やかな声で語り始める。

「傷を塞ぎ、病を完治させ、失った部位を復元し、消耗した体力を回復させたり……肉体の異変ならどんなことでも対処ができます。一部の例外を除いて、の話ですが」
「す、すごいです……!」

 自分の闇魔法なんかよりもずっと。
 けれど自分の言葉を聞いたネズミは賛同するどころか、顔を左右に振った。

「昔はもっと強力な魔法でしたが、五百年前に光精霊の怒りに触れて劣化しましたけれどね」
「もっと強力って、今でも充分すごいと思いますけれど……」
「かつては、死人の蘇生すらも可能としていたのです」
「……!」
「それを使って大切な人を蘇らせることすらも、命の循環を妨げる行為でしたが、それ以上に愚かなことをエルフたちは……ああ、ごめんなさい。こんな暗い話をするものではないですね。話の後半は忘れてちょうだい」
「はい……」

 サリサに聞かせたくないのもあるけれど、それ以上に彼女自身が言いたくなかったのだろう。
 だから素直に従おうとしていると、

「え?」

 サリサは外の異変に気づき、目を大きく見開いた。

「どうした、サリサ」

 ハイドラも窓辺に駆け寄る。その声はどこか硬く、今夜何かが起こるのを予見していたかのようだった。

「ハイドラ様、あそこ……火事が起きているんでしょうか?」

 サリサはある一点を指差した。
 そこに在ったのは、怪しげに揺らめく赤い光。
 炎の光にしては赤すぎると思ったけれど、ゆらゆらと揺れる光など炎によるものしか思いつかなかった。
 もし火事なら燃え広がらないうちに消火を……と言おうとして、ハイドラが無言のまま光を見つめていることに気づく。

「サリサ、今すぐマルリーナに帰るぞ。急いで荷物を纏めろ」

 そして落ち着いた、けれど焦燥感を滲ませた声でそう言った。

「今から急に帰ったらヴィクター様にご迷惑が……」
「あいつはお前が帰ってきたら、それだけで喜ぶ。いや、違うそうじゃなくて、やっぱりこうなったか……!」
「?」

 面倒そうに呟くハイドラに何の要領も得られず、サリサが戸惑う中、ネズミはその黄金色の瞳に赤い光を映しながら言葉を放つ。

「月がこんなに綺麗な夜に、堕ちるなんて皮肉な話ね。でも罰はこちらの都合も時間も待ってくれない。罪を重ねた者に等しく訪れるもの」
「ネズミさん……?」
「お嬢さん。あれは炎ではなく、魂が堕ちる間際に見せる刹那の光。あの光が天に届いた時、彼らが……ゴブリンが生まれるのです」

 その言葉を証明するかのように、赤い光が黒い空へと伸びていった。
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