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35.レイティス

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 穴の中に飛び込み、大空あおそらに投げ出される。なのに冷たい空気も、全てを吹き飛ばすような強い風も感じることはない。
 それどころか、暖かく緩やかな風がサリサたちを優しく包み込んだ。その中には微かに花の香りが混じっていた。
 花に囲まれて微睡んでいるかのような不思議な感覚だ。
 瞼が重くなり、眠りそうになっていると、

「おい、寝るな。いい景色が見られるぞ」

 ハイドラに声をかけられて、ぼやけていた意識を覚醒させる。
 彼女の言う『いい景色』とは、上空から見下ろすどこかの街並みだった。

 雲のような白さを持つ建物が立ち並び、街路では絶えず人々が行き交う。
 そして至るところに花が飾られている。
 建物の周囲だけではなく、橋の上や街のベンチ、外灯までもが可憐に彩られた様子に、サリサは目を輝かせる。
 建築物や外灯が白いのは、花の美しさをより一層引き立たせるためか。

「ここが私たちエルフの国、レイティスだよ」
「綺麗な国ですね……お花もたくさん……」

 ハイドラにしがみつきながら、初めて目にする妖精国の風景を目に焼きつける。
 こんな空高い場所にいても冷気に晒されることがないのは、この国の特殊な気候によるものなのだろう。

 しかしそれでも、次第に地上へは近づいている。ハイドラはどこに降り立つつもりなのか。サリサがそんな疑問を抱いたのを察したように、ハイドラが口を開く。

「私の家の前に着地する。あそこだ」
「……え!?」

 ハイドラが指を差したのは、ヴィクターの屋敷に負けず劣らずの豪邸だった。大きな違いがあるとするなら、こちらには庭園がないことくらい。
 驚愕するサリサに前歯を出して笑うと、ハイドラは空気を蹴って・・・自らの住み処へと向かう。まるで見えない床の上を飛び乗っているような動きに、サリサは目を丸くした。
 
 あっという間に、屋敷の真上まで辿り着くと次は急降下を始める。
 凄まじい速度での落下に伴い、暖かだった空気にも冷たさが生まれた。鋭い風切り音が耳元を通りすぎていく。

 そして豪速で降下していたのが嘘のように、メイドは猫を思わせる軽やかさを以て地面に降り立った。

「さて終点だ。暫しの旅はどうだったよ、奥様・・?」

 明朗な笑みで尋ねられ、サリサも笑顔で答える。

「とても素敵なお空の旅行でした!」
「お前に褒められたり、喜んでもらえたりするのは気持ちがいいな!」
「…………」

 けれど不思議に思うことが一つある。
 何故かハイドラの屋敷には庭園がないどころか、花がどこにも飾られていないのである。
 その理由は本人の口から語られた。

「あ、そういえばうちには虫除けで花を置いてないから、お洒落さは求めるなよ」
「え? ですがハイドラ様の前のお家を倒壊させたのは白蟻じゃ……」
「倒壊させたのは、な」
「そ、そうでしたか」

 ハイドラを追い詰めたのは、白蟻だけではなかったらしい。
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