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24.言葉

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「……何故その本を選んだ」

 怒っているわけではなさそうだ。なのでサリサは正直に答えることにした。

「他の本に比べて真新しくて目立っていましたし、背表紙に描かれたお花が綺麗だなと思いまして」

 表紙にも様々な色と形の花が描かれており、特殊な紙を使用しているのか本からはほんのりと花の香りがする。
 本のタイトルは直訳すると、『花畑で微笑むあなた』だろうか。
 きっと素敵な本だとサリサは直感したのだが。

「これ以外にしろ。他の本より文章が稚拙で、何の面白みもない内容だ」

 やけに険しい顔をしたヴィクターに取り上げられてしまった。以前読んだことがあり、そして不快な思いをしたのか憎らしげに感想を述べられる。
 なのでサリサは別の本を選んだ。
 表紙、裏表紙、背表紙ともに真っ黒なデザインで、上部に光の粒がぽつりぽつりと散らされている。粒の色は光の角度によって赤、青、黄と異なって見える仕掛けだ。大きさも微妙に書き分けてある。
 まるで夜空を本の中に閉じ込めたかのよう。
 白いインクで記された本のタイトルも『夜の国』。

 これがいいです、とヴィクターに告げると今度は却下されなかった。



「この部分は過去形となる。だから『アレクセイは全てを投げ捨てた』だ」
「あれ? ですが、さっきの文と少し感じが違うような」
「性別によって使い方が変わってくる。男の場合はこの単語を使う」
「ずっと同じものだと思っていました……」

 やっぱり直に教えてもらっていると理解しやすい。
 自分だけで読んでいたら支離滅裂だったろう文章を、ヴィクターに解説してもらいながら読んでいく。
 そのおかげか、物語そのものもじっくり楽しむことができる。

「……俺の教え方で理解できるか? こういったことを他人に教えた経験がないから自信がない」
「とても分かりやすいです。ただヴィクター様の方こそ、面倒臭くなったらいつでも仰ってください。私細かいことをたくさん聞いてしまっていますので」
「だが飲み込みも早い分、俺も説明がしやすくて助かる」

 ヴィクターもあまり困っていない様子だ。
 ほっと胸を撫で下ろしていると、海色の双眸がサリサを捉えていた。

「明日も明後日も俺に声をかけろ。時間の都合が合う時であれば、またレイティス語を教えてやる」
「本当ですか? ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「この程度迷惑のうちに入るか。どこかの馬鹿は魔法の制御に失敗して、俺の部屋を吹き飛ばしたことがある」

 それはいくら何でも豪快すぎる。
 けれどヴィクターの物言いはどこか親しみを感じさせる。きっと『どこかの馬鹿』と呼ぶ人物のことも許しているのだろう。
 この短時間で随分と彼に近づけた気がする。そう思っていると、

「サリサ様。お楽しみのところ申し訳ありませんが、お昼ご飯の時間ですよ」

 アグリッパが呼びに来てくれた。
 サリサが返事をしようとすると、ヴィクターが席から立ち上がり、アグリッパを連れて本棚の陰に行ってしまった。
 何か重要な話をしているのだろう。
 終わるまで『夜の国』を読もうと決めたサリサは、ヴィクターがあの表紙に花が描かれた本を持って行ったことを気づかずにいた。



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