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35話

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 ライラとメルヴィンを乗せた馬車は、離宮を出発すると数時間後には王都に到着していた。

(王都を訪れるなんて久しぶりだわ……)

 ライラは、窓の向こうに広がる光景を見入っていた。
 父は三ヶ月に一度に行われる議会に出席するために足を運んでいるが、ライラと母にはそういった機会もなかった。

 街並みは活気に溢れていて、大勢の人々が絶えず往来している。
 ソルベリア領やルディック領以上の賑わいに、眺めているだけで心が躍り出す。

(ヒール専門店に、香辛料のお店……色々なお店があるのね)

 人が多ければ、店の数も多い。この通りだけでも、どれほどの店舗があるのか。
 童心に返ったように目を輝かせるライラだったが、突き刺さるような視線を感じて我に返る。
 メルヴィンが剣呑な眼差しを向けてきていた。

「何かご用でしょうか……?」
「……フィオナ」

 メルヴィンがぽつりと言う。

「君の新しい名前だ」
「あ……」

 そうだ。これからは『ライラ』ではなく、別人として生きていかなくてはならない。
 そのことを改めて認識して、ライラは目をじわりと見開いた。
 すると、その反応を悪い意味として捉えたのか、メルヴィンが気まずそうに顔を背ける。

「……もちろん気に入らないのなら、別の名前でも構わない」
「い、いえ! そのようなことはございません!」

 ライラはすぐさま首を横に振った。
 そして目を伏せながら、はにかんだように微笑む。

「それに……私のような者に、その名を与えてくださってありがとうございます」

 フィオナ。かつてロシャーニア王国で起こった、女性運動の先駆者の名前だ。
 そのため、気高く生きて欲しいという願いを込めて、産まれてきた子にフィオナと名づける親は少なくない。

「この国ではよく使われている名前だ。隠れみのにするにはちょうどいい」
「あ、そういうことなのですね……」

 合理的な理由だったのかと、ライラは恥ずかしさで身を縮めた。
 だがメルヴィンは、窓の外へ視線を向けながら続ける。

「それと……君は何があっても強く生きるべきだ。かつて多くの女性のために戦い続けた彼女・・のように」
「……はい」

 メルヴィンを始めとする王族は、自分に新しい人生を与えてくれた。
 その恩に報いるためにも、それを素直に享受しよう。
 ライラ、いやフィオナは神妙な面持ちで頷いた。
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