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お幸せに
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「あなたがどれだけ愛を囁いても、私の心には一切響きません。そんな簡単なこともお分かりにならないのですか?」
「うぐっ……」
容赦のない物言いに、ダミアンは言葉を詰まらせる。
突き刺さるような視線を感じると思ったら、レナルドがダミアンに鋭く睨み付けていた。「お前にはアリシアは渡さない」とでも言うように。
実母であるオデットも息子の窮地に、涼しい顔をしている。
どうする、どうする。ここで粘らなかったら、本当に屋敷から追い出されてしまう。
ダミアンは必死に考えを巡らせ──あることに気がついた。
「わ、分かった。アリシア、君のことは諦めよう。レナルド殿下とどうか幸せになってくれ」
「……ダミアン様?」
突然聞き分けの良くなったダミアンに、アリシアが不審そうに眉をひそめる。
「だからラクール公爵家のことは僕に任せてくれ。使用人たちと力を合わせて守っていくよ!」
レナルドと婚姻を結べば、アリシアは王妃という立場を手に入れる。
つまり、ラクール公爵家の家督を相続しなくなるということだ。
ダミアンにとっては好都合の展開である。……そう思っているのは本人だけだった。
「ダミアン……あなた、さっきの話を忘れたの? この家の当主は当面の間、私が務めると言ったでしょう」
息子の妄言に、オデットは呆れ返っていた。
「ですが、その先はどうするんですか? このままでは公爵家の血が途絶えてしまいますよ。ここはやはり、僕が次期当主になるしか……」
「いいえ。あなたは知らないと思うけど、ラクール公爵家は王族の血筋を引いているの。平たく言えば、王族は我が家とは遠縁のようなものなのよ。だから、アリシアさんが世継ぎを産んでくれれば問題ないわ」
「で、ですが! 公爵家の血を色濃く残すためには、この僕が……っ!」
「そうね、血筋から言えば継承権はあなたにあるわ。でも、それしかない息子に家督は譲れないもの。ああ、もうあなたは息子じゃないわね」
「…………」
なおも言い募ろうとするダミアンだったが、母からのすげない言葉に絶句してしまう。
「それとね、ニコラとか言ったかしら? あなたを当主に据えて自分はその補佐となり、公爵家の実権を握ろうとしていたようね」
「はっ!? 公爵家の実権を……!?」
「その反応を見るに、本当に気付いていなかったのね。こんな察しの悪い男、なおさら当主には向いていないわ」
信用していた人間に、利用されようとしていた。
その事実にダミアンの頭の中は真っ白になり、その場に崩れ落ちた。
ラクール公爵令嬢アリシアとレナルド王太子が結婚したというニュースは、瞬く間に国内中に広まった。
新聞の記事によると、レナルドは貴族学園時代からアリシアに好意を寄せていたという。
数年がかりの恋が成就し、国民の誰もが二人を祝福していた。
「アリシア……」
そんな中、ダミアンだけはくしゃりと顔を歪ませて項垂れていた。
あの後、本当に屋敷を追い出されたダミアンは行き場を失った。
ポーラの実家に助けを求めたが、彼女の両親は逃げるようにこの国から去っていた。
ポーラ自身は今、どうしているのか分からない。加虐性のある貴族の愛人にさせられたという噂もあるが、真相は不明だ。
いずれにせよ、彼女はこの先まともな人生を送れないだろう。
それはダミアンにも言えることだが。
帰る場所を失ったダミアンは、庶民として生きるしかなかった。今はとある領地の片隅で、ひっそりと暮らしている。
毎日怒鳴られ、貶され、時に暴力も振るわれながらもどうにか日雇いの仕事で食い繋いでいる。
「やり直させてくれ……頼む……頼むから……」
そうしたら、今度こそアリシアを心から愛する。
勉学にも真面目に取り組み、誠実に生きていくつもりだ。
「誰が僕を助けてくれ……」
この手で誰も幸せにすることが出来ず、自分もまた不幸のどん底に落ちた男はそう呟く。
それは誰にも届くことなく、寂しげな風の音に掻き消されていった。
「うぐっ……」
容赦のない物言いに、ダミアンは言葉を詰まらせる。
突き刺さるような視線を感じると思ったら、レナルドがダミアンに鋭く睨み付けていた。「お前にはアリシアは渡さない」とでも言うように。
実母であるオデットも息子の窮地に、涼しい顔をしている。
どうする、どうする。ここで粘らなかったら、本当に屋敷から追い出されてしまう。
ダミアンは必死に考えを巡らせ──あることに気がついた。
「わ、分かった。アリシア、君のことは諦めよう。レナルド殿下とどうか幸せになってくれ」
「……ダミアン様?」
突然聞き分けの良くなったダミアンに、アリシアが不審そうに眉をひそめる。
「だからラクール公爵家のことは僕に任せてくれ。使用人たちと力を合わせて守っていくよ!」
レナルドと婚姻を結べば、アリシアは王妃という立場を手に入れる。
つまり、ラクール公爵家の家督を相続しなくなるということだ。
ダミアンにとっては好都合の展開である。……そう思っているのは本人だけだった。
「ダミアン……あなた、さっきの話を忘れたの? この家の当主は当面の間、私が務めると言ったでしょう」
息子の妄言に、オデットは呆れ返っていた。
「ですが、その先はどうするんですか? このままでは公爵家の血が途絶えてしまいますよ。ここはやはり、僕が次期当主になるしか……」
「いいえ。あなたは知らないと思うけど、ラクール公爵家は王族の血筋を引いているの。平たく言えば、王族は我が家とは遠縁のようなものなのよ。だから、アリシアさんが世継ぎを産んでくれれば問題ないわ」
「で、ですが! 公爵家の血を色濃く残すためには、この僕が……っ!」
「そうね、血筋から言えば継承権はあなたにあるわ。でも、それしかない息子に家督は譲れないもの。ああ、もうあなたは息子じゃないわね」
「…………」
なおも言い募ろうとするダミアンだったが、母からのすげない言葉に絶句してしまう。
「それとね、ニコラとか言ったかしら? あなたを当主に据えて自分はその補佐となり、公爵家の実権を握ろうとしていたようね」
「はっ!? 公爵家の実権を……!?」
「その反応を見るに、本当に気付いていなかったのね。こんな察しの悪い男、なおさら当主には向いていないわ」
信用していた人間に、利用されようとしていた。
その事実にダミアンの頭の中は真っ白になり、その場に崩れ落ちた。
ラクール公爵令嬢アリシアとレナルド王太子が結婚したというニュースは、瞬く間に国内中に広まった。
新聞の記事によると、レナルドは貴族学園時代からアリシアに好意を寄せていたという。
数年がかりの恋が成就し、国民の誰もが二人を祝福していた。
「アリシア……」
そんな中、ダミアンだけはくしゃりと顔を歪ませて項垂れていた。
あの後、本当に屋敷を追い出されたダミアンは行き場を失った。
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ポーラ自身は今、どうしているのか分からない。加虐性のある貴族の愛人にさせられたという噂もあるが、真相は不明だ。
いずれにせよ、彼女はこの先まともな人生を送れないだろう。
それはダミアンにも言えることだが。
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そうしたら、今度こそアリシアを心から愛する。
勉学にも真面目に取り組み、誠実に生きていくつもりだ。
「誰が僕を助けてくれ……」
この手で誰も幸せにすることが出来ず、自分もまた不幸のどん底に落ちた男はそう呟く。
それは誰にも届くことなく、寂しげな風の音に掻き消されていった。
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