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2.ライネックという男
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クッキー、ケーキ、プディング……。
私は毎日屋敷のキッチンを借りてお菓子を作っている。
毎日、三種類のお菓子を作ること。
屋敷にやって来た当日、ライネック様に真顔でそう命じられた。
それが守れないのなら、すぐにでも婚約を破棄するとも宣言された。
私は「え?」と困惑した。
だってそんな話、一度もされたことがない。
それに三種類は多すぎるのではないだろうか。
私が色々考えていると、ライネック様はこう言った。
「俺がお前を迎え入れたのは、お前の菓子作りの腕を見込んだからだ。それ以外に現時点でお前に価値があると思うのか?」
不思議そうに訊ねられて、私は何も言い返せなかった。
お菓子を作る以外で価値なんてない。そのことは私が一番理解していたから。
そんな私が貴族の一員になれるのは奇跡で、とてもありがたいことだ。
だから言う通りにしていたのだけれど。
「菓子ばかり作っている暇があれば、マナーの一つでも学んだらどうだ。私は非常識な妻を持つつもりはないぞ」
冷ややかな声と顔で言われて、私は本格的に貴族のしきたりも学び始めた。
お菓子を作っている間に、勉強をする。ライネック様に手伝えと言われて、領地経営の仕事も始めたから段々忙しくなってきた。
そのせいで集中力が散漫になり、私はある日クッキーを焦がしてしまった。
急いで作り直さないと。そう思っていると、ライネック様にクッキーを見られてしまった。
作り直しますと言おうとするより先に、バシンッと大きな音がして頬に痛みが走った。
平手で叩かれた。その場に座り込み、呆然とする私をライネック様が見下ろす。
「たかがクッキー如きも焼けないのなら、婚約はなかったことにする」
「も、申し訳ございません! もう一度作り直します! ですから許してください……!」
ライネック様に捨てられる。
私を選んでくれたのに。怖くて怖くて、必死に頭を下げる。
頭が急に重くなって、ライネック様に頭を踏み付けられていると分かっても抵抗しないで謝り続けた。
だからお菓子作りも、勉強も、仕事の手伝いも絶対に失敗しちゃ駄目と、自分に言い聞かせながらするようになった。
睡眠時間を削って勉強の時間に当てると、何とかなる。
それにライネック様も怒ってばかりじゃない。
私がお菓子作りに成功すると褒めてくれたり、仕事の合間に「お前がいない頃にはもう戻れない」と言ってくれる。
でも嬉しくはない。
安心するだけで。ライネック様に褒められるためじゃなくて、怒られたくなくて私は頑張っていた。
ライネック様のお母様はマナーに厳しくて、お父様は「もっと肉をつけなさい!」と言いながら、私の体を撫で回してくる。
週に一度送るつもりだった手紙も、ライネック様に「そんなものを書いている場合か」と言われて出せずにいた。
疲れたなぁ。たまにはのんびり休みたい。そう思いながら今日も卵を割っていると、メイドに今すぐ着替えるように言われた。
お城で舞踏会が行われるのだとか。
貴族の婚約者も出席は強制。なのに呑気に菓子作りをしているなんて……と、メイドに呆れられた。
そんな話あったかな。聞いたけど私が忘れているだけかも。ライネック様がそんな大事な話を私にしないはずがないから。
部屋に戻り、急いで着替える。ドレスはお母様が用意してくれた。後でお礼を言わないと。
時間がないから手早く化粧をして屋敷を出ると、馬車の中でライネック様が待っていた。
「馬鹿かお前は。こんな大事な日に何をやっているんだ。遅刻をすれば私も恥を掻くというのに」
「も、申し訳ございません……」
「謝れば済むと思っている。平民らしい浅はかな考えだ」
「以後気を付けます。ですからお許しください……!」
「許す? 何をだ? お前があまりにも愚かすぎる部分をか? 出来るわけがない。ここで許せばお前は一生成長しないからな」
馬車が城につくまでの間、私はライネック様に叱られ続けた。
私は毎日屋敷のキッチンを借りてお菓子を作っている。
毎日、三種類のお菓子を作ること。
屋敷にやって来た当日、ライネック様に真顔でそう命じられた。
それが守れないのなら、すぐにでも婚約を破棄するとも宣言された。
私は「え?」と困惑した。
だってそんな話、一度もされたことがない。
それに三種類は多すぎるのではないだろうか。
私が色々考えていると、ライネック様はこう言った。
「俺がお前を迎え入れたのは、お前の菓子作りの腕を見込んだからだ。それ以外に現時点でお前に価値があると思うのか?」
不思議そうに訊ねられて、私は何も言い返せなかった。
お菓子を作る以外で価値なんてない。そのことは私が一番理解していたから。
そんな私が貴族の一員になれるのは奇跡で、とてもありがたいことだ。
だから言う通りにしていたのだけれど。
「菓子ばかり作っている暇があれば、マナーの一つでも学んだらどうだ。私は非常識な妻を持つつもりはないぞ」
冷ややかな声と顔で言われて、私は本格的に貴族のしきたりも学び始めた。
お菓子を作っている間に、勉強をする。ライネック様に手伝えと言われて、領地経営の仕事も始めたから段々忙しくなってきた。
そのせいで集中力が散漫になり、私はある日クッキーを焦がしてしまった。
急いで作り直さないと。そう思っていると、ライネック様にクッキーを見られてしまった。
作り直しますと言おうとするより先に、バシンッと大きな音がして頬に痛みが走った。
平手で叩かれた。その場に座り込み、呆然とする私をライネック様が見下ろす。
「たかがクッキー如きも焼けないのなら、婚約はなかったことにする」
「も、申し訳ございません! もう一度作り直します! ですから許してください……!」
ライネック様に捨てられる。
私を選んでくれたのに。怖くて怖くて、必死に頭を下げる。
頭が急に重くなって、ライネック様に頭を踏み付けられていると分かっても抵抗しないで謝り続けた。
だからお菓子作りも、勉強も、仕事の手伝いも絶対に失敗しちゃ駄目と、自分に言い聞かせながらするようになった。
睡眠時間を削って勉強の時間に当てると、何とかなる。
それにライネック様も怒ってばかりじゃない。
私がお菓子作りに成功すると褒めてくれたり、仕事の合間に「お前がいない頃にはもう戻れない」と言ってくれる。
でも嬉しくはない。
安心するだけで。ライネック様に褒められるためじゃなくて、怒られたくなくて私は頑張っていた。
ライネック様のお母様はマナーに厳しくて、お父様は「もっと肉をつけなさい!」と言いながら、私の体を撫で回してくる。
週に一度送るつもりだった手紙も、ライネック様に「そんなものを書いている場合か」と言われて出せずにいた。
疲れたなぁ。たまにはのんびり休みたい。そう思いながら今日も卵を割っていると、メイドに今すぐ着替えるように言われた。
お城で舞踏会が行われるのだとか。
貴族の婚約者も出席は強制。なのに呑気に菓子作りをしているなんて……と、メイドに呆れられた。
そんな話あったかな。聞いたけど私が忘れているだけかも。ライネック様がそんな大事な話を私にしないはずがないから。
部屋に戻り、急いで着替える。ドレスはお母様が用意してくれた。後でお礼を言わないと。
時間がないから手早く化粧をして屋敷を出ると、馬車の中でライネック様が待っていた。
「馬鹿かお前は。こんな大事な日に何をやっているんだ。遅刻をすれば私も恥を掻くというのに」
「も、申し訳ございません……」
「謝れば済むと思っている。平民らしい浅はかな考えだ」
「以後気を付けます。ですからお許しください……!」
「許す? 何をだ? お前があまりにも愚かすぎる部分をか? 出来るわけがない。ここで許せばお前は一生成長しないからな」
馬車が城につくまでの間、私はライネック様に叱られ続けた。
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