厳しい婚約者から逃げて他国で働いていたら、婚約者が追いかけて来ました。どうして?

火野村志紀

文字の大きさ
上 下
1 / 21

1.カスタネア

しおりを挟む
 少し酸味の強い林檎もたっぷりの砂糖でことこと煮込めば、とろりと柔らかくて甘い砂糖煮に生まれ変わる。
 それをバターをたっぷり練り込んだパイ生地に閉じ込めて焼いたら、美味しいアップルパイの出来上がり。
 香ばしいパイの香りと林檎の芳香が、今日も大成功したのだと私に教えてくれる。

 ちゃんと作ることが出来てよかった。嬉しくて思わず笑みが零れた。

 だってそうじゃないと、

「ふむ。素晴らしいアップルパイだ。これなら喜んでくれるだろうな。お前は優秀な女だ、カスタネア」

 私はこの方との婚約を破棄されてしまうから。



 ルビス侯爵の現当主、ライネック様が私を将来の結婚相手に選んだことに一番驚いたのは私だった。
 だって私は貴族ではない。それだけじゃない。身寄りだって誰もいない。
 娼婦だった母は私を産んですぐに死んでしまって、父は顔も名前も分からない。客の一人だったのだと思う。
 そんな私が母と同じ職に就かず、どうにか生きてこれたのは、赤ん坊だった私を引き取ってくれた人たちがいたから。

 お菓子店の、子供を産めない体質だった奥さんが私を自分たちで育てようって言ってくれた。
 店長さんもすぐに頷いて私を温かく迎えてくれた。
 だから私は二人への恩返しのために、店のお手伝いをしたし、お菓子作りも練習した。
 初めて作ったクッキーはぼそぼそしていて所々焦げていたけど、美味しかったのを覚えている。
 いつからか、私が作ったお菓子が店に並ぶようになった。みんなが美味しいって笑ってくれるのを見て涙が零れた。

 私のクッキーを食べて、会って話をしてみたいと言ったのがライネック様。
 こんなに美味い菓子を食べたことはない。毎日作って欲しいと言われ、嬉しくて「お店で毎日待っています」と答えて笑われてしまった。
 男性とのお付き合いがなかったから、毎日云々というのがプロポーズの言葉だと私は気付けなかった。

 この国は婚姻制度が他国に比べて緩くて、貴族と平民の結婚も認められている。
 でも私には家族もいないし、貴族社会のルールも詳しくない。体も貧相で、顔だって可愛くない。
 最初は私も断ったけれど、「お前がいい。お前でなければ駄目だ」とライネック様も引いてくれず、結局婚約した。

 長年お世話になったお菓子が店を離れ、私は豪邸で暮らすことに。
 店長さんと奥さん……ううん、お父さんとお母さんは寂しがっていたけど、週に一度手紙を送ると約束した。

 そして、このあと私には幸せな毎日が待っている──はずだった。

しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います

菊池 快晴
恋愛
令嬢メアリーは、幼い頃から将来を誓い合ったゼイン伯爵に婚約破棄される。 その隣には見知らぬ女性が立っていた。 二人は傍から見ても仲睦まじいカップルだった。 両家の挨拶を終えて、幸せな結婚前パーティで、その出来事は起こった。 メアリーは彼との出会いを思い返しながら打ちひしがれる。 数年後、心の傷がようやく癒えた頃、メアリーの前に、謎の女性が現れる。 彼女の口から発せられた言葉は、ゼインのとんでもない事実だった――。 ※ハッピーエンド&純愛 他サイトでも掲載しております。

覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―

Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

【完結】ブスと呼ばれるひっつめ髪の眼鏡令嬢は婚約破棄を望みます。

はゆりか
恋愛
幼き頃から決まった婚約者に言われた事を素直に従い、ひっつめ髪に顔が半分隠れた瓶底丸眼鏡を常に着けたアリーネ。 周りからは「ブス」と言われ、外見を笑われ、美しい婚約者とは並んで歩くのも忌わしいと言われていた。 婚約者のバロックはそれはもう見目の美しい青年。 ただ、美しいのはその見た目だけ。 心の汚い婚約者様にこの世の厳しさを教えてあげましょう。 本来の私の姿で…… 前編、中編、後編の短編です。

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

我慢するだけの日々はもう終わりにします

風見ゆうみ
恋愛
「レンウィル公爵も素敵だけれど、あなたの婚約者も素敵ね」伯爵の爵位を持つ父の後妻の連れ子であるロザンヌは、私、アリカ・ルージーの婚約者シーロンをうっとりとした目で見つめて言った――。 学園でのパーティーに出席した際、シーロンからパーティー会場の入口で「今日はロザンヌと出席するから、君は1人で中に入ってほしい」と言われた挙げ句、ロザンヌからは「あなたにはお似合いの相手を用意しておいた」と言われ、複数人の男子生徒にどこかへ連れ去られそうになってしまう。 そんな私を助けてくれたのは、ロザンヌが想いを寄せている相手、若き公爵ギルバート・レンウィルだった。 ※本編完結しましたが、番外編を更新中です。 ※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。 ※独特の世界観です。 ※中世〜近世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物など、その他諸々は現代風です。話を進めるにあたり、都合の良い世界観となっています。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。

【完結】婚約者も両親も家も全部妹に取られましたが、庭師がざまぁ致します。私はどうやら帝国の王妃になるようです?

鏑木 うりこ
恋愛
 父親が一緒だと言う一つ違いの妹は姉の物を何でも欲しがる。とうとう婚約者のアレクシス殿下まで欲しいと言い出た。もうここには居たくない姉のユーティアは指輪を一つだけ持って家を捨てる事を決める。 「なあ、お嬢さん、指輪はあんたを選んだのかい?」  庭師のシューの言葉に頷くと、庭師はにやりと笑ってユーティアの手を取った。  少し前に書いていたものです。ゆるーく見ていただけると助かります(*‘ω‘ *) HOT&人気入りありがとうございます!(*ノωノ)<ウオオオオオオ嬉しいいいいい! 色々立て込んでいるため、感想への返信が遅くなっております、申し訳ございません。でも全部ありがたく読ませていただいております!元気でます~!('ω')完結まで頑張るぞーおー! ★おかげさまで完結致しました!そしてたくさんいただいた感想にやっとお返事が出来ました!本当に本当にありがとうございます、元気で最後まで書けたのは皆さまのお陰です!嬉し~~~~~!  これからも恋愛ジャンルもポチポチと書いて行きたいと思います。また趣味趣向に合うものがありましたら、お読みいただけるととっても嬉しいです!わーいわーい! 【完結】をつけて、完結表記にさせてもらいました!やり遂げた~(*‘ω‘ *)

処理中です...