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第四章 過度に許しはしないけど、過度に仕返しもしません。

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「やぁ。こんにちは」
有栖川公爵領の建設中の公立大学の敷地内に現れた男に恵麻は図面を見ている手を止める。
そこに立っていたのは建国祭であった35歳前後の男。
ジーパンにTシャツというラフな格好であるが、滲み出るオーラは高貴なる者であることを物語っていた。
「ご機嫌よう。建国祭でお会いしましたね」
「覚えていてくれて。嬉しいよ」
やっぱりこの人からは、敵意も好意も感じないわね。
そう思っていると、龍迫は恵麻の肩に腕を回して恵麻を引き寄せる。

「斎凛国、王妃の甥。ルーテ王子が我が愛しき妻に何の用だ?我が愛しき妻は貴殿と違い暇ではないのだが?」

やっぱり、旦那様は調べさせていたのね。
恵麻は龍迫をちらりと見るとその敵意剥き出しの表情にやれやれとため息をつく。
一国の王子に対して、ここまで堂々と敵意を出せる公爵は珍しい。
「僕の正体が分かっているなら、もっと敬意を払ってほしいな」
ルーテはそういうと、恵麻はルーテに微笑み一礼する。
「一国の王子だとは存じ上げず。先日は、ご無礼いたしました」
そんな恵麻の前にルーテは膝をつくと恵麻の手を取り、そっとその手の甲にご挨拶のキスをしようとするが。
「妻は唾液アレルギーだ」
龍迫は恵麻のを掴んで阻止する。
「そうなの?それは、大変だ。驚かせて済まないね」
赤ちゃんとかに良くある。よだれかぶれは聞いたことがあるけれど、唾液アレルギーは聞いたことがない。
ルーテは危ない所だったと龍迫の言葉を信じ込み、恵麻に詫びる。
「今日の訪問は3つの用件があって来たんだ」
「さっさと、言え」
「だから。僕は一国の王子だよ?確かに中帝国の王妃の甥で、この大帝国の最大権力を持つ公爵家とは地位以外は劣るかもしれないけれど、王子として丁寧に接して欲しいな」
「恵麻に群がる奴は全て、虫けらだ」
「おいおい。王子に対して公爵”風情”が虫けらって、酷い言い草だね」

苦笑するルーテに控えていた執事は怪訝そうに一歩前に出るが。
「構わない。こんな"お子様"の失言。聞き流す。それに僕は彼女に群がっているわけではないし。僕は・・・」

「要件は何だ」
龍迫は何か言おうとしているルーテの言葉を遮り、話を進める。
刺々しい口調の龍迫をルーテは気に留めず、冊子を恵麻に差し出す。
「1つ目は君に僕の住む斎凛王宮のリニューアル図案を見てほしいんだ」
「大学で建築をかじっただけで、専門家では・・・」
「君の手掛ける建物はどれもセンスがいい。だから、頼むよ」
王族に頼むと言われれば、特に断る理由もないし引き受けざるを得ない。
「かしこまりました」
恵麻は頷くと、図面を受け取る。
「2つ目はなんだ」
龍迫はルーテから恵麻を引き離したくて仕方が無い。
「そう急かさないで欲しいな」
先を急ぐ龍迫と違いルーテはわざとなのか、それとも、元々そういう性格なのかのんびり話を進める。
「2つ目は琴美を許してあげて欲しい」
琴美?
その意外な人物の名前に恵麻は勿論、龍迫も眉を顰める。
「彼女がお飾りの妻になったのは知っているだろう?いや、正確にはお飾りの妻にしたのは覚えているよね?」
「はい」
恵莉が有栖川家に訪問をした後、龍迫から能津一家の父親以外の処遇を恵麻は聞いていた。
「彼女は今、王宮でメイドとして働いているんだ」
「あの子がメイドですか?」
「そうだよ。一人暮らしをして、平日の昼間は看護学校に通って、夕方と土日に王宮で働いているんだ。琴美はとっても気働が効いて、明るくて、良い子だ」
あの子は自分の人生を自分で切り開いたのね。
感心する恵麻にルーテは少し意外そうな顔をする。
「メイドとして雇うなとか、あの子は性格が悪いとか言わないんだね」
「言いません。働くことが大嫌いな能津家の子なのに働いている事、王子に気にかけてもらっている事に驚いていますが。人間は変われる生き物。私も旦那様のおかげで変わったので、琴美が変わっていても不思議はないですものね」
恵麻はそういうと、龍迫に変わらせてくれて“ありがとう”と口パクで龍迫にお礼を言う。
「へぇ。意外だね。有栖川公爵は目には目を、歯には歯を。お前の片目を害したのであれば、私はお前の片目を害さなければならない。有栖川公爵そういうタイプの人だろう?君と公爵はとても似ている。君は琴美が全てではないとはいえ、彼女のせいで小中学校時代は孤独に追いやられていたんだろう?本人も言っていたよ」
「琴美がしたことに否定はしません。でも、それは昔の事。今は旦那様がいて、友人が沢山います。琴美も一度はお飾りの妻になり、孤独になったようですが、幸せになる選択と努力で居場所を作ったのでしょう?そういう人は人に何をどうされたって幸せになれます。・・・私が琴美が孤独になるよう手を回さないか心配しているのであれば、心配ご無用ですよ。なんだったら、念書でも書きましょうか?」

恵麻は龍迫の上着を捲り、内ポケットに入っている万年筆を取り出す。
―――奥様。
ご主人様の上着を捲って、内ポケットから万年筆を取り出すのは淑女としてどうなのでしょうか?
岬はそんな恵麻の様子に苦笑をする。
確かに女性物のワンピースにはポケットがなく、男性の服にはポケットが多い。
その為、恵麻は時折、龍迫のポケットに自分の物を入れる習慣が身についており。
龍迫もまぁいいかっと何も言わず受け入れていた。
慣れていないルーテは仲がいいねっと固まっていた。
「そっか。君は優しいし、強い子なんだね。皆が惚れる理由が分かるよ。念書はいらないよ。・・・公爵はどうかな?」
「恵麻に任せる」
恵麻の言うとおりだ。
恵麻にしたことに対する制裁は与えるが、本人の努力で幸せになるのならば、それはそれでいい。
「3つ目はなんだ」
龍迫は先を促す。
「3つ目は有栖川公爵に自信をつけさせて欲しい」
旦那様に自信?
「旦那様はいついかなる時も自信を持って行動をされ。誰よりも過去の成功実績から、自信を持っていると思いますが?」
「うーん。君に対する自信かな」
私に対する自信?
私の愛も伝わっていると思うのだが。
分かりやすく教えてくださいっと恵麻は言おうとするが。
ルーテは自身の側近に耳打ちをされる。
「時間のようだ。じゃあね」
やはり一国の王子。
忙しいようだ。
3つ目の”有栖川公爵に自信をつけさせて欲しい”という意味を聞けてないが。
「ご機嫌よう。ルーテ様」
自分で考えようと思い丁寧に恵麻はお辞儀をすると、彼は去って行った。

***
「琴美を番人、番人の夫人に許させる所から始めようと思っていたのに。既に許しているから、調子が狂った」
ルーテは車の中で呟いた。

恵麻は二人になると、龍迫を見る。
「旦那様」
「なんだ?」
「スマイルはゼロ円と言いますが。スマイルは私は、プライスレス。お金で買えない高価なものだと考えています。笑う事によって、人間関係は良好になることが多く。それが、ひいては領のプラスになるかと」
「確かにそうだな。愛しの恵麻の言う通りだ」
最近、私の意見を取り入れてくれるのが嬉しいわと恵麻は笑うのもつかの間。
「俺は恵麻が側にいて、恵麻が幸せそうにしていてくれたら心が穏やかになり。恵麻が色気を俺にだけ振りまいてくれたら、笑顔になることができる」
「その笑顔はスケベな笑顔ではないですか?」
「他人にはなぜ俺が笑っているかなんてわからない。だから、恵麻。俺に笑って商談をして欲しい時にはその前に俺が嬉しくなるようなことをその天才的頭脳を用いて囁くんだ。そうだな。恵麻が愛のささやきを10分してくれたら、5分俺は笑おう。恵麻がしてくれた分の半分だけ恵麻の望みをかなえてあげよう。これは等価交換だ。さぁ、なんだか楽しくなって来た。お家に帰ろう」
「仕事しましょ!仕事!」
藪蛇だったわ。
この人、全然、私の言う事聞かない!我が道しかいかないわっ!
恵麻は龍迫の内ポケットにボールペンを戻すと走り出した。
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