空の六等星。二つの空と僕――Cielo, estrellas de sexta magnitud y pastel.

永倉圭夏

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第24章 空

第146話 目前の空

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 あれから一週間。僕は抜け殻のように過ごした。原沢も大城おおきさんも僕を避けるようにしていた。だけどその方が気が楽だった。僕は何の感情も動かさずに黙々とただ息をして食べて寝て仕事をするだけの生活をしていた。

 そんな朝、いつものように無感情な僕が自分の部屋から出勤しようとすると、ドアを開けた目の前に手を後ろに組んで立つ空さんがいた。シェアトにいた時のとよく似た黒いサマーセーターとひどく細いデニムに身を包んでいる。僕は意表ををつかれ言葉が出ない。突如として様々な感情が僕の中で渦巻く。突然の訪問の驚き、再会の喜び、訪問した理由の疑問、そして愛おしさ。そんな僕を見て空さんはいたずらっぽい顔をしていたずらっぽい声を発する。

「ね、放牧場いこ」

「……え、ええ」

 途中で僕は前を行く空さんに声をかける。

「一体なぜ……」

「うん、びっくりさせようと思って」

「だからなぜ……」

 空さんはその僕の問い掛けには答えないまま僕たちは放牧場の柵の外に立つ。するとシエロはすぐに空さんを見つけ全速力で駆け寄ってきた。どれだけ空さんを慕い、信頼しているかがよく判る。

 数日振りの空さんを前にして少し興奮気味のシエロにいつものようにポケットからニンジンを取り出して与える空さん。本当にいつもどこで手に入れてくるんだ。
 僕は今ここで起きている最大の疑問を今一度空さんに投げかけた。つまり、なぜ空さんはここにいるのか。

「ですから空さんはどうしてシェアトに来たんですか」

 空さんは表情薄いいつもの空さんのまま、シエロの鼻面を撫でながらぽつりと言った。

「あの一言が効いたから、かな……」

「あの一言……」

 多分僕が新幹線の発車直前に言い放った言葉に違いないと思った。今度はどこか憂いを湛えた顔でシエロとじゃれ合っている。

「結構ショックだった」

「でもだからと言ってなんで」

 僕に抗議の言葉でもぶつけに来たのだろうか。だがそれにしては空さんの様子は随分としおらしい。

「うん」

 空さんはシエロから僕の方に向きを変える。

「あの時私考えたの。昔からすっごく後ろ向きな性格だったなって。だけどその性格のせいで子供を巻き込んじゃいけないなって。この子の母親に代わりはいないんだもの」

「はあ」

 空さんは俯いて自分のおなかを愛おし気にさする。

「この子はあの人という過去と私の間に宿った未来の子……」

 すっと僕と眼を合わす空さん。何かを訴えかけるようにして僕に言う。

「あなたはこの子が不憫だって言ったでしょ」

 僕は黙って小さくうなずき、空さんの次の言葉を待った。

「でも。それでも私、この子を産みたい。育てたいの」

 訴えかけるような表情の空さんに今度は深くうなずく。

「一緒にシエロに乗りたい」

 僕はまたうなずく。

「はい」

「そしたら、そしたらね、あなた私たちを未来へと導いてくれる、って……」

 空さんの眼つきが変わった。ひどく真剣で何かを恐れているかのような、それでいてどこか穏やかで温かみのある眼だった。何かを言おうと口を開いたり閉じたりする。

 僕が代わりに口を開いた。

「空さんとこれから生まれるお子さんのおそばに、僕をいさせてもらえませんか」

 空さんは僕の眼を正面から見据える。

「……はい」

 僕は、この何かを恐れ何かを期待する瞳に応えようと思った。空さんの頬に手を添える。空さんは一瞬少し驚いた顔になったが、拒絶することもなくゆっくりと目をつむった。空さんにそっと口づける。


【次回】
第147話 祝福
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