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第十一章

精霊具というもの(三)

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 レオンハルトは一瞬目を見開いたものの、すぐにその双眸を細め、愉快そうに口の端を上げた。

「貴女に脅されるというのも堪らないな」

 首に当てられたルシアナの手に自らの手を重ね、自分の首を絞めるように力を込めるレオンハルトに、ルシアナはわずかに唇を尖らせた。

「……もっと怖がってくださいませ」
「そうか。すまない」

 レオンハルトは小さく笑うと、ルシアナの唇に軽く吸い付いた。舌先で唇をくすぐるレオンハルトに、ルシアナは唇を引っ込める。

(レオンハルト様にとっては、小動物にまとわりつかれているようなものなのでしょうね)

 当然ながら、レオンハルトを害する気など微塵もない。しかし、こうも相手にされないと、それはそれで心外なような気がした。
 ルシアナは顔を背けると両手を離し、レオンハルトに寄りかかるように体を預ける。レオンハルトは優しくルシアナを抱き締めると、頭を撫で口付けた。

「……貴女の剣に嵌められているのは魔精石ましょうせきではない、という認識で合っているか?」

 先ほどまでとは違う、真剣味を帯びたレオンハルトの言葉に、ルシアナはそっと目を閉じると頷いた。

「わたくしの剣……それから、弓に嵌められているものは、精霊が生み出した精霊石です。精霊剣をはじめ、精霊具と呼ばれるものたちに“精霊”とついているのは、元は精霊石が嵌められたいたことが理由だと聞いています」

 ぎゅっと抱き締められる腕に力が込められる。瞼を上げ、視線を上に向ければ、俯くレオンハルトが視界に入った。
 手を伸ばし頬に触れると、レオンハルトはその手に手を重ねる。ルシアナの手を握りながら、彼は深い溜息を吐いた。

「……改めて、トゥルエノの偉大さを痛感した」
「偉大さ、ですか?」

 顔を覗こうとするルシアナから逃れるように、レオンハルトはさらに強く腰を抱くと、ルシアナの頭に顔を押し付けた。

「俺は、北方で集められるだけの資料を集めた。精霊の加護を受けた者について、精霊具について、魔精石ましょうせきについて……。コンスタンツェに頼んで、ブルタにある精霊術師についての資料も集めてもらった。だが、どれも大したことは記されていなかった。唯一、有益だと思ったのは、ブルタから来た資料にあった精霊の召喚方法ぐらいなものだ」

(ブルタ連合共和国には魔法術師協会があるから、実質的に魔法術師の国のように扱われているけれど、実際は様々な種族が住む国なのよね。確かにあそこなら精霊の加護を受けた者がいてもおかしくないわ)

 ルシアナが内心納得していると、レオンハルトの深い溜息が肌を掠めた。

「だが、すでに精霊と契約状態だった俺には、召喚方法など不要なものだ。精霊との契約は一対一……複数の精霊と契約することはできないからな。まぁ、いつ契約したのか、俺自身知らないが……」
「精霊との契約は、基本的に、ある日突然成っているものですわ。契約は精霊主導で、召喚しようとしても応じてもらえない場合がほとんどです。大体の場合、魔石にもともと住み着いていた精霊が持ち主を気に入るか、人間界を漂っていた精霊が気に入った者の持つ魔石に住み着くかのどちらかですから」
「……そういうことをさらっと答えられてしまうのが、トゥルエノらしい」

 どこか自嘲気味に聞こえた彼の声に、ルシアナはレオンハルトと距離を取ろうと、空いている手を彼の胸元に当てる。何度か力を込めて押すと、レオンハルトは強く掴んでいたルシアナの腰から手を離した。
 握られていた手はそのままだったため、もう一方の手を改めて頬に添えると、彼の顔を上に向かせた。晴天のような瞳がわずかに濡れているような気がして、自然とルシアナの眉尻が下がる。

「精霊の加護や精霊具について詳細な記述がないのは、過去の契約者たちが記録を残さなかったことが理由ですわ。そもそも、本来そういったことは契約した精霊から教わるのが基本なのです。ですから、レオンハルト様が気にされる必要は――」
「ルシアナ」

 名を呼ばれ、反射的に口を閉じる。レオンハルトは目を伏せると、握っていた手を解放し、再びルシアナを抱き締めた。

「ルシアナ、俺は……貴女に相応しい男になりたい。相応しい男で在りたい。貴女と同じ目線に立って、貴女と多くのものを分かち合える存在になりたい。だから、貴女に教えを乞うことにした。無知で未熟な自分をさらけ出すことになっても、それが一番確実な道だと思ったから。だが……」

 レオンハルトは一つ息を吐き出すと、ルシアナの後頭部をくしゃりと撫で、その頭に口付けた。

「こうして実際に貴女の口から精霊にまつわることを教わると、貴女を遠い存在のように感じる。本当は、俺が手にしていい存在ではないような……」

 自分の腕の中に確かにいるのだと確認するように、レオンハルトは再び抱き締める腕に力を込めた。苦しいくらいの抱擁に、ルシアナはそっと息を吐き出しながら、レオンハルトの首に腕を回し抱き締め返す。

(レオンハルト様も、そのようなことを思うのね)

 相応しく在りたい。
 それは、ルシアナ自身、レオンハルトに対して思っていることだった。騎士として、夫として、男性として素晴らしいレオンハルトに相応しい自分でいたい。幼いころ決着をつけたはずの体格についてのコンプレックスが蘇ったのも、その思いがあったからだ。
 しかし、彼の存在が遠いと感じたことはない。
 それはきっと、彼がいつも真っ直ぐに愛を伝えてくれたおかげだろう。

(わたくしがきちんと愛を伝えられていなかったのね。きっとそのせいで不安にさせてしまったのだわ。……けれど、不謹慎だけれど……今のお言葉、レオンハルト様からの深い愛を感じられて、とても嬉しい……)

 レオンハルトに愛されているという喜びが、レオンハルトへの増え続ける愛が、涙となってじわりと滲んだのを感じながら、ルシアナは温かな笑みを浮かべた。

「レオンハルト様が手にしてくださらないなら、わたくしが自分からその腕の中に飛び込みますわ。レオンハルト様の温もりがない場所で、わたくしは生きられませんもの」

 ぴくり、と彼の指先が震えたような気がした。
 届いてほしい、という思いを込めながら、ルシアナは穏やかな声色で続ける。

「お傍に置いてくれなくては嫌ですわ。わたくしはもうレオンハルト様のものなのだと、自覚を持っていただかなくては嫌です。わたくしがどこの生まれで、どのような一族の血を引いていようと、わたくしの生きる場所はレオンハルト様のお傍だけですわ」
「……俺の……」
「はい。レオンハルト様のお傍です。わたくしはレオンハルト様のものですもの」

 これまで何度も伝えてきた言葉を、さらに念を押すように伝えると、そっと腕の拘束が緩まる。それに少々ほっとしながら、肺いっぱいに空気を取り込むと、わずかに体を離す。

(……!)

 その瞬間見えたレオンハルトの表情に、ルシアナはぎくりと肩を震わせた。
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