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第九章

初めての訪問(一)

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「ルシアナ、すまない。やることができたから先に帰っていてくれないか」

 戻って来たレオンハルトにバルコニーに連れ出され言われた言葉に、ルシアナは目を瞬かせる。
 ユーディットとディートリヒと共に戻って来たことを考えれば、彼らと何か大事な話をしていたのだろうことは容易に察せる。
 だから、ここは「わかりました」と返さなければいない。
 そう思うものの、ルシアナの手は自然とレオンハルトのジャケットの裾を掴んでいた。

「遅くなりますか……?」

 縋るような弱々しい声。眉も下がり、寂しいという気持ちが全身から溢れ出しているだろうことは、ルシアナ自身わかっていた。
 レオンハルトもわずかに眉を下げると、ルシアナの手を優しく取って抱き寄せた。

「なるべく早く戻る。起きて待っていてくれるか?」

 こめかみへの軽い口付けを受け、ルシアナは小さく頷く。

「すまない。ありがとう」

 頭に口付けを落とし、そっと離れたレオンハルトを笑みを浮かべて見送ると、ルシアナは小さく息を吐く。

(寂しいけれど、安心もしている……不思議な感覚ね)

 帰りの馬車もレオンハルトの隣に座れるだろうかと期待した。
 邸に着いたら湯浴みのため一度別れる必要があるものの、約束があるからすぐにまた会える。そうしたら、きっと甘い時間を二人で過ごせると期待した。
 期待していたからこそ、それらが無くなり時間が減ってしまうことは寂しい。
 しかしその一方で、彼が彼のやるべきことを優先して行う姿を見ると安堵する。

 彼は自分という存在を得ても揺るがないのだと思うと、その凛とした軸のぶれない精神に、どうしようもなく心惹かれた。
 自分の存在がまったく響いていないとは思わないが、彼という人間の根幹を自分が揺るがすことはできないだろう。それが尊くて、愛おしくて、彼の気高さに敬意を表したくなる。

(わたくしとは違うわ)

 自分の中で物事の基準がレオンハルトになりかけていることは、ルシアナ自身自覚していた。今現在、ルシアナの世界の中心がレオンハルトになっているのだ。
 これは、自分の世界が塔にいたころと変わらず狭いことが理由だろう。それを理解しているからこそあまり危機感はないが、自分の世界を広げようと目を輝かせていたテレーゼを思うと、自分ももっとちゃんと周りに目を向けなければという気がしてくる。
 しかし、これまで行動範囲も行動内容も制限された生活を続けていたせいか、テレーゼほど外に目を向け切れていないのも事実だった。

(やりたいことはあるけれど……結局どれも、最初はレオンハルト様と行いたいものばかりだわ)

 今は何を考えてもレオンハルトに行きついてしまう。
 外に自分の世界が出来上がっていないのだから、こればかりは仕方ない、とルシアナは半月が輝く空に目を向ける。

(今はまだ……もう少しだけ、恋に溺れていたいわ。決して、レオンハルト様の重荷になるようなことはしないから)

 ルシアナは、ふっと息を吐き出すと、倍以上の空気を肺いっぱいに取り込んだ。



(とは言え、恋に現を抜かしてばかりではいけないわ。エブルのこととエーリクの呪いのこと、それから子どものことについてきちんと言わなくては。それに、レオンハルト様にもシュペール侯爵令嬢のことをお伺いしなくてはいけないわ)

 レオンハルトに言われた通り先に帰宅したルシアナは、湯浴みを終えいつも通り夜用の衣服に身を包んだあと、寝酒ナイトキャップと軽くつまめる果物をワゴンに載せて、レオンハルトの寝室へと向かっていた。
 もともと身一つで行くつもりだったが、レオンハルトの寝室を訪ねるつもりだと伝えたら、使用人たちがいろいろと用意してくれたのだ。

寝酒ナイトキャップはわたくしの要望だけれど)

 ルシアナは、ワゴンに載った薄桃色のボトルへ視線を向ける。
 それは、パーティーから帰る際、手土産として配られた、ヘレナの出身地で造られたという桃の酒だ。
 狩猟大会が中止となり、優勝者の表彰がなくなってしまっため、肉や野菜、酒など、会場で振る舞われたものの一部を、王家が手土産として持たせてくれたのだ。捕らえた獲物の毛皮などとともに後日邸へ届けてもいいし、このまま持ち帰っても構わないという話だったので、酒だけ先に持ち帰ることにした。
 発泡性のものは確かに苦手だが、どんな味がするのか気になっていたのだ。
 おそらく一口以上は飲めないが、そこは素直にレオンハルトに甘えようと思った。

(……着いたわ)

 レオンハルトの寝室の前まで辿り着くと、ルシアナは一度大きく深呼吸をする。
 寝室を訪ねるのは無論初めてだが、そもそもルシアナの部屋とレオンハルトの部屋は邸の左右に分かれているため、こっちのほうに来ること自体が稀だった。

(日中、衣裳部屋へ行ったのが、初めてこちら側に足を踏み入れた瞬間だったわ)

 緊張しているのか、少しドキドキと高鳴っている胸を押さえながら、ルシアナはレオンハルトの部屋の扉をノックした。
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