ルシアナのマイペースな結婚生活

ゆき真白

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第八章

確かめ合う想い(一)

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 すっと双眸を細めたレオンハルトが、わずかに上下したルシアナの喉に指を這わせる。

「貴女を抱くのは貴女を愛したいからだと言ったが、そこにあるのは純粋な愛情だけじゃない。貴女に対する情欲も含まれてる。決して一方的に解消しようなどとは思わないが……貴女に触れたいと思うこの気持ちが愛欲であることは、どうか知っていてくれ」
「あいよく……」

 耳馴染みのない言葉を反復すると、レオンハルトが小さく笑んだ。

「貴女に欲情していると言ったら、わかりやすいか?」
「よくじょう……」

(……欲情? ……今、わたくしに欲情しているとおっしゃったの……?)

 欲情の意味はさすがに知っている。
 レオンハルトの言葉を反芻しながら、ルシアナは、ああそうか、とすべての歯車がかみ合ったような、足りない欠片を見つけたような心地になった。

(レオンハルト様はわたくしの心と体……わたくしのすべてを求めているのだわ)

 レオンハルトと触れ合った日の夜、ルシアナは確かに、自分のすべてはレオンハルトのものだと伝えた。その気持ちに嘘偽りはないが、彼が本当に求めているものを理解してはいなかった。

(体はおまけのようなものだと思っていたわ。愛し合い、心を求めあった結果、触れ合いたいと思う……抱き締めたり、口付けたりしたいと思う。その延長に閨事を絡めているのだと)

 しかし、レオンハルトが自分に求めているのはそうではない。彼は真っ当に体を求めている。心の触れ合いと同等の体の触れ合いを、彼は求めているのだ。

(心と、同じくらい……)

 レオンハルトが深く愛してくれていることは知っている。そしてルシアナも、レオンハルトを心から愛している。仮に心と同等の触れ合いをするとなると、それは余程濃密なものになるのではないか、と考えたところで、閨で行うこと、そしてレオンハルトに触れられた夜を思い出し、一気に体の体温が上がる。

(わ、わたくしは何故……! いつも気付くのが遅いのかしら……!)

 きっと真っ赤になっているであろう顔を隠すように両手で顔を覆うと、いつかの夜のように横を向き、体を丸めた。
 ふっと小さく笑う音が聞こえたかと思うと、ソファがわずかに軋み、露わになった首筋に熱い息がかかる。
 薄い唇が軽く触れ、小さく体が震えた。

「貴女が身も心も清らかであることは承知している。だから少しずつ知って、許していってくれたら嬉しい」

(許すだなんて、そんな……)

 許しを請う必要なんてない。レオンハルトが望むならいくらでもこの体を明け渡すことができる。そう思うものの、それをそのまま口に出すのは何か違う気がして、ルシアナはさらに背中を丸めた。

「……ルシアナ」

 甘く名前を呼んだレオンハルトが、こめかみに口付ける。さするように両手の甲を撫でられ、ルシアナはそろそろと手を外した。
 窺うようにレオンハルトを見れば、彼は優しく目尻を下げ、瞼に口付ける。

「いつか、貴女も俺を求めてくれるようになったら嬉しい」
「もっ……」

 今やっと体の触れ合いの本意について気付いたばかりのルシアナは、羞恥に一瞬、絶句する。しかし、レオンハルトの言葉を思い返して、すぐに眉を顰めた。

「……わたくしだってレオンハルト様を求めていますわ。わたくしだって、レオンハルト様を愛していますもの」

 短く息を吐いたルシアナは再び仰向けになると、間近にあるレオンハルトの頬に触れる。

「……けれど、体を求める気持ち、というものを完璧に理解しきれていないのも事実です。わたくしはこうして頬に触れるだけて満たされますが……レオンハルト様は、きっと違うのでしょう?」

 指先で目尻を撫でれば、彼は小さく睫毛を揺らした。その下のシアンの瞳は、ずっと熱さを失わずルシアナを見ている。

「……ああ。俺は、貴女が誰にも許さない……貴女自身でさえ触れないような、体の深い部分に触れたいと思う。手を繋ごうが、キスをしようが、その欲が満たされることはない。……逆に、強くなるくらいだ」

 さらに顔を近付け、鼻先をすり合わせたレオンハルトが、そのまま唇を重ねる。食むように、角度を変え、何度も重なる唇に、ルシアナは薄っすら口を開けた。導かれるように差し込まれた舌は、柔らかにルシアナの舌を撫で上げる。

「っ……」

 舌使いはゆったりと優しいものなのに、口は抑え込むように塞がれ、ルシアナは苦しげな息を漏らす。それに気付いたらしいレオンハルトは、舌先を吸って口を離すと、濡れたルシアナの唇を撫でた。

「こんなことにならないために貴女を執務室に連れて来たのに……本当にどうしようもない」
「? こんなこと、ですか……?」

 息を整えながら問えば、レオンハルトはどこか自嘲するように小さく笑った。

「別に、貴女の寝室でも話はできる。貴女の格好を考えれば、むしろそちらに向かうべきだった。それをしなかったのは……寝具のある部屋でこうして貴女に迫らない自信がなかったらだ」

 もう一度唇に軽いキスをすると、レオンハルトは頭を下げ首筋に口付けた。

「……だがまぁ、それで選んだのが、防音がしっかりした執務室なんだから、結局……」

 そこで言葉を区切ると、レオンハルトはルシアナの胸元に顔を埋め押し黙る。
 そんなレオンハルトの姿に、ルシアナの胸は甘く締め付けられた。自分より年上の体の大きな男性に甘えられているという状況に、何とも言えないときめきが湧いてくる。

(……レオンハルト様だから、きっとこんな気持ちになるのだわ)

 レオンハルトが可愛らしくて愛おしい。彼が望むなら、何でも叶えてあげたいと思ってしまう。
 レオンハルトとの濃密な体の触れ合いは恥ずかしい。しかし、彼が求め、喜んでくれるなら、いくらでも応えたいと思った。

(……いいえ、わたくしも触れられることを望んでいるわ)

 ルシアナは高鳴る胸を抑えるように深く息を吐き出すと、レオンハルトの頭を撫でる。

「……レオンハルト様。わたくしは先ほど、お好きに触れてくださいと申しましたわ」

 そう言葉にしながら、レオンハルトが「恐ろしい」と言った言葉の意味を理解する。

(わたくしが深く考えずに“触れる”ことを許したから……。深い触れ合いを求めるレオンハルト様には、確かに無邪気で、残酷な言葉だったわ)

 今度は違うのだと。きちんと、レオンハルトが求めているような触れ合いについて言及しているのだと。そうわかるように、いまだに顔を上げないレオンハルトのうなじを指先でくすぐった。

「レオンハルト様、わたくしに触れてくださいまし」

 ねだるように言い、指先をシャツの襟の下に滑り込ませれば、彼はゆっくりと頭を上げる。

「……貴女は、本当に……」

 思い切り眉根を寄せながら、絞り出すようにそう漏らすと、レオンハルトは自身の首元を撫でるルシアナの手首を掴み、その指先を甘噛みした。

「……いいんだな? こんな朝に、ソファの上で、貴女に触れて」

 鋭さが増したシアンの瞳に射貫かれながら、ルシアナはしっかりと首肯した。
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