ルシアナのマイペースな結婚生活

ゆき真白

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第七章

約束の夜(二)

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「どうかしたか?」
「あ、いえ。何でもありませんわ。お迎えありがとうございます、レオンハルト様」

(いつもと違って見えたのは気のせいだったかしら……?)

 いつもと同じ静かな瞳に、はっと我に返ったルシアナは、にこりと笑みを向ける。レオンハルトは深く追及することなく、それに微笑を返すと、ルシアナの腰に腕を回し抱き寄せた。

「転移魔法で移動する。酔うといけないから目を瞑ってくれ」

 え、と思ったものの、ルシアナは反射的に目を瞑った。パキン、という何かが割れた音とともに体が浮遊感に包まれかと思うと、すぐに、かさり、という感触が足から伝わった。

「目を開けて」

 思ったより近くから聞こえた声にわずかに体を震わせたルシアナは、睫毛を震わせながら、そっと瞼を上げる。
 ルシアナとレオンハルトが立っているのは、昼間訪れたような森の中だった。昼間と違うのは、辺りが闇に包まれていること、そして、足元が明るく輝いていることだ。
 足元には月光を散りばめたような白銀の光が揺らめいており、周りの暗さも相まって水面に浮かぶ月の上に立っているような心地になる。

「……きれい」

 自然と、感嘆の息が漏れた。
 光の素は五枚の花弁が大きく開いた花々で、この一帯を幻想的な光で照らしている。風が吹くたびに花びらが震え、光の波が静かにさざめく。
 ぼうっと花を見ていたルシアナだったが、腰に回っていた腕が離れる感覚に、はっとレオンハルトを見上げた。
 背の高いレオンハルトの顔は、光源と距離があるため少々陰って見えるが、睫毛の先や髪の毛の先は、揺れるたび白っぽく輝いた。

(綺麗……)

 触れてもいいか迷いながら、そのままじっと見上げていると、レオンハルトが目を細め、ルシアナの頬に手を伸ばした。しかし、触れる直前で手は止まり、わずかな間を置いて、彼はその手を引く。そのまま両手の手袋を外し、それをベルトに挿すと、改めてルシアナの頬に触れた。
 少しひんやりとした、それでいてしっかりと体温を感じる肌の感触に、ルシアナは自分から頬をすり寄せる。
 レオンハルトからの誘いがデートならいい、と思いながらも、もしかしたらただ話があるだけかもしれない、という思いも消せずにいた。だから、転移魔法を使って移動したことも、幻想的で美しい場所に連れて来てもらったことも、触れるためにわざわざ手袋を外してくれたことも、すべてが嬉しかった。

「……素敵な景色を見せていただきありがとうございます、レオンハルト様」
「気に入ってくれたならよかった。……貴女に、見せたいと思っていたから」

 逸れていた視線を再びレオンハルトに戻せば、彼は親指の腹で優しくルシアナの肌を撫でた。

(わたくしのこと、考えてくださっていたのね)

 自分がそうだったように、レオンハルトも離れた場所で自分のことを考えてくれていたのか、と思うと、じわりと目頭が熱くなった。

(やっぱり、ちょっとは泣いておけばよかったわ)

 レオンハルトのことを想って出そうになる涙は、もしかしたら愛の証かもしれないと。それなら、愛が決して枯れることのないよう、留めておきたいと。この三週間、泣きそうになるたびそれを我慢してきたが、レオンハルトの前で泣いてしまいそうになるなら、少しは泣いておけばよかった、とほんの少しだけ後悔する。

(レオンハルト様にお会いしたら、嬉しくてきっと涙なんて出ないと思ったのに……嬉しすぎても、涙って出るのね)

 ルシアナはそれがこぼれないよう願いながら、ふわりとした笑みを向ける。

「嬉しいですわ。光っているのもですが、このお花自体初めて見ました。北方にしか咲かない花でしょうか?」
「ああ。この夜光花が咲くのは北方地域のみだと聞いている。数は少ないが……」

 言いかけて、口を閉じる。レオンハルトはしばし無言でルシアナを見つめると、視線を夜光花へと向けた。

「……数は少ないが、それほど珍しいものではない。おそらく探せば俺の領地でも見られる。だが、冬が長く雪が深い北部で、この夜光花を見せるのは難しいだろうと……」

 レオンハルトはまた途中で言葉を止めると、深く息を吐き出し 、ルシアナへ視線を戻して顔の横に垂れた髪を指先で掬った。

「本当は、大会最終日に連れて来るつもりだった。邸に帰る前に見に来られたらいいと。だが、昼間貴女に会って、今日連れて来たいと……連れて来るべきだと思った」

 言葉を重ねるごとに、涼やかなレオンハルトの瞳に熱が増していくような気がして、ルシアナの鼓動も少しずつ大きくなっていく。髪に触れる指先が時折肌を掠め、どこか落ち着かない心地がして、ルシアナは下のほうで指をすり合わせながら、おずおずと口を開く。

「……理由をお伺いしても、よろしいですか?」

 遠慮がちに自身を見つめるルシアナに、レオンハルトは、ふっと小さく笑うと、髪を弄っていた手を離し、両手でルシアナの手を取った。
 触れた手の温もりに、じわじわと体温が上がっていくのを感じながら、ルシアナはレオンハルトの言葉を待つようにその双眸を見つめる。

「花言葉を思い出した。それを忘れて貴女にこの花を見せようと思っていたなど、今考えたらとんだ愚かな行いだ」
「……どのような花言葉なのですか?」

 そう問えば、レオンハルトは今まで見たことがないほど情感豊かに微笑み、ルシアナの左手を持ち上げ、薬指に煌めくものに口付けた。

「『永遠の愛』。この夜光花は必ず雌雄一対で咲く。だからこの花言葉が与えられたそうだ」

 ルシアナは、ぱち、ぱち、とゆっくり瞬きを繰り返す。
 一体何を言われたのか、何が起きたのか、状況が何も理解できず、ただ目の前の人物を見つめることしかできない。
 呆然とするルシアナに、レオンハルトはもう一度笑むと、左手だけを取ったまま、その場に片膝をついた。

「今更何をと思うかもしれない。すべては俺が不甲斐ないせいだということも理解している。だが、どうか、言わせてほしい」

 少し冷たい、けれど優しい風が、夜光花を揺らす。光の波に照らされたレオンハルトは、彼自身が光り輝いているのではないかと思うほど、その輪郭が煌めいていた。

「ルシアナ・ベリト・トゥルエノ。どうか俺に、貴女の夫となる栄誉を与えてはくれないだろうか。これから先、貴女の隣に立つ権利を、この先貴女が経験する多くのことを、一番傍で共にする権利を、貴女が喜び笑うときも、悲しみ泣くときも共に在れる権利を、どうか俺に与えてはくれないだろうか。貴女のことを、愛しているから」
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