ルシアナのマイペースな結婚生活

ゆき真白

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第五章

披露宴(五)

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 “トゥルエノ王国の外交官カルロス・アバスカルは、ルシアナ王女殿下の愛人である”

 そんな噂が、シュネーヴェ王国の貴族たちの間で出回っていた。
 火付けとなったのは、シーズン開幕を知らせる最初のパーティー。親しげな様子の二人を見て、もしや、と勘繰る人が多かった。そして、その小さな火種を消すことなく残し続けたのが、ユーディットとディートリヒだ。

 二人が揃って「ルシアナと外交官の仲が良いのは事実だ」と言えば、猥雑な噂が好きな者たちは、ありもしない想像を膨らませた。当然、彼女たちはルシアナの不名誉にならないよう、「ただの旧知だ」「父が大臣職だから幼少の頃より親交があり兄のように慕っている」、と特別な関係ではないということを真偽を織り交ぜながら話したが、低劣な噂話を好む者たちの邪推は止まらなかった。

 そのうちに、尾ひれ背びれの付いた真偽不明の噂が出回るようになり、社交パーティーにカルロスを伴って行けば、噂を事実と受け取る者たちも増え始めた。
 ほとんどの人が、そもそも噂を信じていないか、噂が事実かもと思いつつ口に出すことはなかったが、一部の噂を信じる者たちは、面白おかしく、もしくは悪意を持ってその噂を広め、ルシアナを貶めた。
 その筆頭だったのが、シュペール侯爵令嬢だ。

「……本当のこと?」

 鋭い声に、ルシアナはぞくりと体を震わせる。
 喉元に刃を突き立てられている。そんな感覚に陥るほど、レオンハルトからは殺意に近い気が漏れていた。

(さすがに……六年戦場にいた方は違うわ)

 一兵卒程度であれば迫力に負け気を失っていることだろう。この気迫と難なく向き合えるのは、余程の手練れか、余程鈍感な人物くらいだ。

(シュペール侯爵令嬢は後者かしら)

 呼吸をするのも慎重になるほど緊迫した空気の中、彼女はレオンハルトから声を掛けられたことが嬉しいのか、その瞳を輝かせて頬を紅潮させた。

「はい……! レオンハルト様も噂を耳にされたのではないでしょうか? その方――その女が愛人を外交官としてこの国へ同行させた、という噂を」

 レオンハルトはわずかに眉を動かしたものの、それに対し何か言うことはなかった。それをどう受け取ったのか、彼女は嬉々として言葉を続ける。

「その噂は事実だったのです! パーティーに同行させるだけでは飽き足らず、途中で二人揃って姿を消したのを、私も自分の目で確認いたしました! レオンハルト様が留守のときに邸宅に招いたという話も聞きます! その女は貴方様の優しさに甘え、貴方様を裏切り続けていたのです!」

 声高にそう叫んだシュペール侯爵令嬢をしばらく黙って見ていたレオンハルトは、ルシアナの肩を抱くとカルロスへ目を向けた。

(あら……)

「だ、そうですが? カルロス殿」

 声を掛けられたカルロスは下げていた頭を上げると、爽やかな笑みを浮かべ肩を竦めた。

「はっはっは! ないですね! というか、それは貴殿が一番おわかりでしょう。レオンハルト殿」
「ええ。ですが、ご本人の口から弁明していただくほうが、彼女も事の重大さがわかるかと思いまして」

 和やかな雰囲気のレオンハルトとカルロスに、周りの人々は呆気に取られた様子で顔を見合わせる。テオバルドから礼を解いていいという許可は出ていないが、状況を確認したいのか、人々の頭の位置が少しばかり高くなった。
 テオバルドも状況を飲み込めていないのか、周りの様子を気にすることなくレオンハルトたちの姿を見ている。
 目の前で何が繰り広げられているのか理解していないのはシュペール侯爵令嬢も同様で、彼女はわけがわからないといった様子で頬を引き攣らせた。

「……は……? え……レオ――」
「貴様に名を呼ぶことを許可した覚えはない」

 レオンハルトは冷たくそう突っぱねると、深く息を吸った。

「まず、エスコートの件だが、私がエスコートできないときに限り、カルロス殿には代わりを頼んでいた。ただ彼も仕事でこの国に来ているので、入場だけ共にして早々に席を外す、ということも多かったのではないかと思う。ですよね?」
「そうですね。ほとんどのパーティーではそうしていました。外務大臣や商会主と会談をしていたので、議事録を確認していただければ正確な日時がわかるかと思います。パーティーの途中で私とルシアナ様が姿を消したのを見た、というのは、私が抜けるときに必ず、ルシアナ様を休憩室に案内していたからでしょう。会場にルシアナ様を一人にするわけにはいきませんからね」

 軽やかにウィンクしてみせたカルロスに、レオンハルトはわずかに表情を和らげた。

(まあ……いつの間にこんなに仲良くなられたのかしら)

 そういえば、時折カルロスを晩餐に招いては、そのあと二人で酒を飲んでいたな、ということを思い出し、ルシアナは、む、と口を閉じる。誰に対しても抱いたことのない感情が湧いて出てきたのを感じて、自然と体がレオンハルトに寄った。
 レオンハルトは若干目を見張ったものの、肩を抱く手に力を込めただけで何も言わず、再びシュペール侯爵令嬢へ目を向けた。

「あと、私が留守の間にカルロス殿を邸宅に招いた、という話だが、私が覚えている限りそのような事実はない。必要であれば、我が家の来訪記録と私の登城記録を公開してもいい」

 シュペール侯爵令嬢は言葉を失ったかのように、口の開閉を繰り返していたが、はっとしたようにルシアナを睨んだ。

「っですが! それらはその男が愛人でない証拠ではありません! その男のポケットチーフをご覧ください! 貴方様のブートニアと同じ紫色! その女の瞳の色ではございませんか!」

 再び静まり返った会場で、どこかから笑い声のようなものが聞こえた。
 ルシアナたちとは少し離れた場所にいた笑い声の主は、会場の視線を集めたことに気付いたのか、愉快そうに肩を揺らしながらこちらに近付いてくる。
 その人物と、その人物の後ろに続く三人の女性の瞳の色は、ルシアナと同じロイヤルパープルだ。

「いや、すまない。終わるまで大人しくしているつもりだったのだが……シュネーヴェがこれほど演劇に力を入れているとは思わなかった。我が国と貴国を繋ぐポータルが完成したら、是非とも我が国の国立劇場で劇を披露してもらいたいものだな」

 アレクサンドラたちの登場に、シュペール侯爵令嬢は、ぽかんと口を開ける。アレクサンドラはそんな彼女に、にっこりと笑みを向けると、カルロスの隣まで行き、彼の腰を抱いた。

「せっかく盛り上がっているところを中断させてしまった詫びとして、私もこの茶番に参加しよう。――それで? 私の夫であり、トゥルエノ王国の次期王配であるこの男が、一体、誰の、愛人だって?」

 一瞬の静寂ののち、ホールがどよめく。
 周りの喧騒と、笑みを消し自身を射竦めるアレクサンドラに、シュペール侯爵令嬢はやっと状況を理解したのか、大きくその体を震わせた。
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