婚約破棄されたので四大精霊と国を出ます

今川幸乃

文字の大きさ
8 / 30
封印の儀

魔法貴族

しおりを挟む
 アルツリヒト殿下の部屋を出た後、私は執事と相談して彼を国元に帰し、私が隣国に滞在することを報告させることにした。もしこのまま殿下の使者のみが実家に向かうと、誘拐されたのではないかというあらぬ疑いが生じるのではないかと思ったからだ。
 彼はさすがに異国の地に私を一人残していくことに心配していたが、今の私はワイバーンを超える戦力を持ち合わせているので、護衛はあまり必要ないということを説明したら少し寂しそうに帰っていった。その表情を見ると悪いことをしてしまった気がしなくもない。

「こちらにいる間シルア様のお世話をさせていただきますアンナと申します。お部屋までご案内させていただきます」

 そう言ってちょこんと可愛らしく頭を下げたのは王宮のメイドと思われる少女だ。まだあどけなさが残る顔立ちだが長年仕事をしてきたのか、手はごつごつしている。
年齢は私と同じぐらいに見えるが、すっかりメイドの仕草が板についている。おそらく幼いころから奉公に出されていたのだろう。

「いや、様とかいらないって。私もそんな大した生まれじゃないし!」

 私は慌てて訂正する。変に話題になっても嫌なので、こっちではただのシルアとして生きていくつもりだ。
 するとアンナは首を傾げた。

「そうなのですか? 仕草がどことなく……いえ、それでしたらシルアさんと呼ばせていただきますね」

 そう言って彼女はにこりと笑う。王宮で身分の高い人に接してきた経験から私の身分に勘付いたのだろうか。でも変に追及しないでくれるところは素直ないい娘だ。

「うん、こちらこそよろしく……痛っ」

 そのときだった。
 話に夢中になっていたせいか、不意に曲がり角の向こうから歩いてきた何者かと衝突し、私は床に尻餅をついてしまう。
 自国の王宮だったらこんな失態は犯さないのだが、隣国に来て気が抜けてしまっていたらしい。

「ご、ごめんなさい」

 慌てて謝罪しながらぶつかった相手を見上げると、きれいな金髪をくるくると巻いた髪形の釣り目の女性だった。年齢は私より少し上に見えるが、高そうなドレスを見ると、こちらでは身分が高い貴族なのかもしれない。だとしたら非常にうっかりをしてしまった。
 すると彼女は私を一瞥し、尖った口調で言った。

「もしかしてあなたが殿下に招かれてやってきたという魔法使いですの?」
「は、はい、申し訳ございません」

 こういう場合、どっちの不注意でぶつかったとしても身分が低い方が謝らなければならない。が、彼女はぶつかったこと自体を怒っているという雰囲気ではなかった。

「私はこのマナライト王国の伯爵アマーリエ・ヴァーグナーですわ」
「アドラント王国から来たシルアと申します」

 ん? この女性は伯爵なのか、と思ったが今はこちらから質問する空気でもない。少なくともアドラント王国には女性の貴族はいない。
 彼女は私をじろじろと若干敵意のこもった視線で見つめてくる。

「調子に乗って傷つかないよう先に言っておいてあげますが、この国には私を初めとする優秀な魔法使いが数多くいますわ。あなたの出身地では腕が立つ方だったのかもしれませんが、この国でも通じると思わない方が身のためですのよ」
「ご忠告ありがとうございます」

 いきなりそんなことを言ってくる彼女の意図がよく分からず、私はとりあえずそう答える。
 一般論としての忠告というよりは、牽制のような響きを感じる。もしや私はいきなりライバル意識を抱かれているのだろうか。

 ちなみにアドラント王国では魔法使い自体ほぼいなかったので、私は自分がどのくらい強いのかまだよく分かっていない。

「それからアルツリヒト殿下は誰にも優しいので誤解されがちですが、それは単純にあのお方が誰にでも紳士的に接するというだけでそれ以上の意図はございませんわ。勝手に勘違いして舞い上がり、勝手に落ち込むことなきよう先に言っておきますわ」

 何だその説明は。もしかして実体験か、と思わなくもない。

「あなたはアルツリヒト殿下をよほど慕っていらっしゃるのですね」
「~~~っ」

 私の言葉に彼女は急に顔を真っ赤にする。
 分かりやすすぎるぞ、色々と。もしかしたら根はいい人なのでは、と何となく思う。

「と、とにかく、忠告はいたしましたわ。せいぜいゆっくりしていってくださいませ」
「あ、ありがとうございます?」

 こうしてアマーリエは長い巻き毛を揺らしながら去っていってしまった。

 後に残された私はしばしの間呆気にとられる。良くも悪くもうちの国にはあそこまで強烈な令嬢はいなかった気がする。
 傍らのアンナも彼女の後ろの姿を見て苦笑いしていた。

「あの方はああいう方で、悪気がある訳ではないのであまり気にしないでください」
「う、うん。ところでこちらの国では女性が当主を継承するのはよくあることなの?」
「いえ、そうではないのです。我が国が魔法が盛んなのは知っての通りだと思うのですが、アルツリヒト殿下が王太子として政治に関わるようになってからより魔法実力主義のような風潮が強くなったのです」

 そうだったのか。それで魔法の実力を買われてやってきた私に対抗意識を燃やしていたのだろうか。
 生まれつきの爵位で大体の人生が決まる貴族制もなかなかシビアだけど、魔法についてもある程度生まれつきの才能で決まる部分が大きいから結局根っこの部分は変わらないような気もする。

「そして殿下は魔法の実力が優れた者は特例で一代限りの爵位を与えるという政策を行ったのです。もちろん貴族家の反発はすさまじかったのですが、殿下はそれを通してしまいました」

 女性以前にそもそも貴族の血筋でもなかったのか、と私は密かに驚愕する。言葉にするとそれまでだが、魔法の実力だけで特例の爵位を与えるというのは容易なことではない。

 公爵家という貴族家の中にいた私には反発の凄まじさは容易に想像できる。大きな失態を犯さなければ、基本的に何もせずとも爵位は子孫へと引き継がれる。だが、世襲以外に貴族になる方法が作られてしまえば、いつ爵位を落とされるか分かったものではないのだ。
 だからおそらく貴族家は束になって反対したのだろうけど、そんな逆風の中、自分の信念を通した殿下は本当にすごい。ただ優しいとか頭がいいとかだけでなく、理想を現実にする力を持っている方だ。

 ただ、一つだけ気になるのはなぜ彼がそこまでして魔法至上主義のような国を作ろうとしているのかである。

「そして数人の“魔法貴族”とでも言うべき存在が誕生したのですが、ほとんどが男爵、良くて子爵です。その中でヴァーグナー伯爵は唯一伯爵位を手にしたお方です」

 なるほど、魔法の才能一本でのし上がったのなら強烈なプライドを持っていてもおかしくはないし、殿下に思いを寄せていてもおかしくはない。

「なるほど」
「ですからシルアさんも魔法の力次第では貴族になれるかもしれませんね」

 アンナは無邪気に言う。すでに公爵家の出身だから隣国で男爵とかもらっても困るんだけど、まあそこは殿下がうまく取り計らってくれるだろう。
 その日は色々と疲れていたこともあって、すぐに寝てしまった。


 翌日、朝起きると遠くで西側の空が黒く染まっているのが見えた。そこでふと私は王国の遥か西側にあるボルケーノ火山の伝承を思い出す。アドラント王国が成立してからは一度も噴火していなかったが、前の王国がつぶれる直前に噴火したという。

「大丈夫かな……」

 クソ王子とアイリスには恨みがあるが、天変地異の犠牲になるのはいつだって国民だ。そのため私は西側の空を見て不安に包まれた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大自然を司る聖女、王宮を見捨て辺境で楽しく生きていく!

向原 行人
ファンタジー
旧題:聖女なのに婚約破棄した上に辺境へ追放? ショックで前世を思い出し、魔法で電化製品を再現出来るようになって快適なので、もう戻りません。 土の聖女と呼ばれる土魔法を極めた私、セシリアは婚約者である第二王子から婚約破棄を言い渡された上に、王宮を追放されて辺境の地へ飛ばされてしまった。 とりあえず、辺境の地でも何とか生きていくしかないと思った物の、着いた先は家どころか人すら居ない場所だった。 こんな所でどうすれば良いのと、ショックで頭が真っ白になった瞬間、突然前世の――日本の某家電量販店の販売員として働いていた記憶が蘇る。 土魔法で家や畑を作り、具現化魔法で家電製品を再現し……あれ? 王宮暮らしより遥かに快適なんですけど! 一方、王宮での私がしていた仕事を出来る者が居ないらしく、戻って来いと言われるけど、モフモフな動物さんたちと一緒に快適で幸せに暮らして居るので、お断りします。 ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

奪う人たちは放っておいて私はお菓子を焼きます

タマ マコト
ファンタジー
伯爵家の次女クラリス・フォン・ブランディエは、姉ヴィオレッタと常に比較され、「控えめでいなさい」と言われ続けて育った。やがて姉の縁談を機に、母ベアトリスの価値観の中では自分が永遠に“引き立て役”でしかないと悟ったクラリスは、父が遺した領都の家を頼りに自ら家を出る。 領都の端でひとり焼き菓子を焼き始めた彼女は、午後の光が差す小さな店『午後の窓』を開く。そこへ、紅茶の香りに異様に敏感な謎の青年が現れる。名も素性も明かさぬまま、ただ菓子の味を静かに言い当てる彼との出会いが、クラリスの新しい人生をゆっくりと動かし始める。 奪い合う世界から離れ、比較されない場所で生きると決めた少女の、静かな再出発の物語。

お言葉ですが今さらです

MIRICO
ファンタジー
アンリエットは祖父であるスファルツ国王に呼び出されると、いきなり用無しになったから出て行けと言われた。 次の王となるはずだった伯父が行方不明となり後継者がいなくなってしまったため、隣国に嫁いだ母親の反対を押し切りアンリエットに後継者となるべく多くを押し付けてきたのに、今更用無しだとは。 しかも、幼い頃に婚約者となったエダンとの婚約破棄も決まっていた。呆然としたアンリエットの後ろで、エダンが女性をエスコートしてやってきた。 アンリエットに継承権がなくなり用無しになれば、エダンに利などない。あれだけ早く結婚したいと言っていたのに、本物の王女が見つかれば、アンリエットとの婚約など簡単に解消してしまうのだ。 失意の中、アンリエットは一人両親のいる国に戻り、アンリエットは新しい生活を過ごすことになる。 そんな中、悪漢に襲われそうになったアンリエットを助ける男がいた。その男がこの国の王子だとは。その上、王子のもとで働くことになり。 お気に入り、ご感想等ありがとうございます。ネタバレ等ありますので、返信控えさせていただく場合があります。 内容が恋愛よりファンタジー多めになったので、ファンタジーに変更しました。 他社サイト様投稿済み。

無能令嬢、『雑役係』として辺境送りされたけど、世界樹の加護を受けて規格外に成長する

タマ マコト
ファンタジー
名門エルフォルト家の長女クレアは、生まれつきの“虚弱体質”と誤解され、家族から無能扱いされ続けてきた。 社交界デビュー目前、突然「役立たず」と決めつけられ、王都で雑役係として働く名目で辺境へ追放される。 孤独と諦めを抱えたまま向かった辺境の村フィルナで、クレアは自分の体調がなぜか安定し、壊れた道具や荒れた土地が彼女の手に触れるだけで少しずつ息を吹き返す“奇妙な変化”に気づく。 そしてある夜、瘴気に満ちた森の奥から呼び寄せられるように、一人で足を踏み入れた彼女は、朽ちた“世界樹の分枝”と出会い、自分が世界樹の血を引く“末裔”であることを知る——。 追放されたはずの少女が、世界を動かす存在へ覚醒する始まりの物語。

婚約破棄された公爵令嬢は冤罪で地下牢へ、前世の記憶を思い出したので、スキル引きこもりを使って王子たちに復讐します!

山田 バルス
ファンタジー
王宮大広間は春の祝宴で黄金色に輝き、各地の貴族たちの笑い声と音楽で満ちていた。しかしその中心で、空気を切り裂くように響いたのは、第1王子アルベルトの声だった。 「ローゼ・フォン・エルンスト! おまえとの婚約は、今日をもって破棄する!」 周囲の視線が一斉にローゼに注がれ、彼女は凍りついた。「……は?」唇からもれる言葉は震え、理解できないまま広間のざわめきが広がっていく。幼い頃から王子の隣で育ち、未来の王妃として教育を受けてきたローゼ――その誇り高き公爵令嬢が、今まさに公開の場で突き放されたのだ。 アルベルトは勝ち誇る笑みを浮かべ、隣に立つ淡いピンク髪の少女ミーアを差し置き、「おれはこの天使を選ぶ」と宣言した。ミーアは目を潤ませ、か細い声で応じる。取り巻きの貴族たちも次々にローゼの罪を指摘し、アーサーやマッスルといった証人が証言を加えることで、非難の声は広間を震わせた。 ローゼは必死に抗う。「わたしは何もしていない……」だが、王子の視線と群衆の圧力の前に言葉は届かない。アルベルトは公然と彼女を罪人扱いし、地下牢への収監を命じる。近衛兵に両腕を拘束され、引きずられるローゼ。広間には王子を讃える喝采と、哀れむ視線だけが残った。 その孤立無援の絶望の中で、ローゼの胸にかすかな光がともる。それは前世の記憶――ブラック企業で心身をすり減らし、引きこもりとなった過去の記憶だった。地下牢という絶望的な空間が、彼女の心に小さな希望を芽生えさせる。 そして――スキル《引きこもり》が発動する兆しを見せた。絶望の牢獄は、ローゼにとって新たな力を得る場となる。《マイルーム》が呼び出され、誰にも侵入されない自分だけの聖域が生まれる。泣き崩れる心に、未来への決意が灯る。ここから、ローゼの再起と逆転の物語が始まるのだった。

婚約破棄され森に捨てられました。探さないで下さい。

拓海のり
ファンタジー
属性魔法が使えず、役に立たない『自然魔法』だとバカにされていたステラは、婚約者の王太子から婚約破棄された。そして身に覚えのない罪で断罪され、修道院に行く途中で襲われる。他サイトにも投稿しています。

【完結】間違えたなら謝ってよね! ~悔しいので羨ましがられるほど幸せになります~

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢
ファンタジー
「こんな役立たずは要らん! 捨ててこい!!」  何が起きたのか分からず、茫然とする。要らない? 捨てる? きょとんとしたまま捨てられた私は、なぜか幼くなっていた。ハイキングに行って少し道に迷っただけなのに?  後に聖女召喚で間違われたと知るが、だったら責任取って育てるなり、元に戻すなりしてよ! 謝罪のひとつもないのは、納得できない!!  負けん気の強いサラは、見返すために幸せになることを誓う。途端に幸せが舞い込み続けて? いつも笑顔のサラの周りには、聖獣達が集った。  やっぱり聖女だから戻ってくれ? 絶対にお断りします(*´艸`*) 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/06/22……完結 2022/03/26……アルファポリス、HOT女性向け 11位 2022/03/19……小説家になろう、異世界転生/転移(ファンタジー)日間 26位 2022/03/18……エブリスタ、トレンド(ファンタジー)1位

『婚約破棄ありがとうございます。自由を求めて隣国へ行ったら、有能すぎて溺愛されました』

鷹 綾
恋愛
内容紹介 王太子に「可愛げがない」という理不尽な理由で婚約破棄された公爵令嬢エヴァントラ。 涙を流して見せた彼女だったが── 内心では「これで自由よ!」と小さくガッツポーズ。 実は王国の政務の大半を支えていたのは彼女だった。 エヴァントラが去った途端、王宮は大混乱に陥り、元婚約者とその恋人は国中から総スカンに。 そんな彼女を拾ったのは、隣国の宰相補佐アイオン。 彼はエヴァントラの安全と立場を守るため、 **「恋愛感情を持たない白い結婚」**を提案する。 「干渉しない? 恋愛不要? 最高ですわ」 利害一致の契約婚が始まった……はずが、 有能すぎるエヴァントラは隣国で一気に評価され、 気づけば彼女を庇い、支え、惹かれていく男がひとり。 ――白い結婚、どこへ? 「君が笑ってくれるなら、それでいい」 不器用な宰相補佐の溺愛が、静かに始まっていた。 一方、王国では元婚約者が転落し、真実が暴かれていく――。 婚約破棄ざまぁから始まる、 天才令嬢の自由と恋と大逆転のラブストーリー! ---

処理中です...