西新宿

ロックスサンド

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第二話

オヤジの悲哀で汗ばむ愛の太もも

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「あ、いいんだよ。大丈夫。きっとまたチャンスあるから。ステップバイステップだよ。」
営業所長の津田尚男は、脂ぎった頭を掻きながら、引きつった笑顔で愛に諭した。愛は未だに慶都医大の第三内科局長、安倍光太郎に何一つ話ができていないのだ。ただ、その津田の困った仕草は、何故かわからないが、愛の太ももを濡らすのだ。

コバルトファーマのIL-5(インターロイキン ファイブ)のリウマチ製剤である、アムジアの売り上げは、競合品にだいぶ差をつけられているので、巻き返しが必要であった。とりあえずアムジアの製品説明会を行うことが、愛のミッションでもあった。愛はただただ、うつむき、津田に精一杯返事をするが、
「この所長、なんで私にだけこんなに優しいの?」
と、津田の優しさを思うと、不思議と太ももから股がじわっと汗ばんできた。


「昼、行く?」
林田翔は、俯きがちな愛をランチに誘った。営業所のある新宿駅南口の甲州街道沿いの裏通りに入ると、昼にお得なランチを出している小さな居酒屋が軒を連ね、その中のことさら小さな店構えの一軒に林田は愛を連れて入った。
「まあ、まあ、そう落ち込まなくて良いよ、仕事くらいで。」
林田がアジフライ定食を注文した後、笑いながら愛を励ました。林田は、愛よりも3年先に新卒で入社した先輩である。東京出身で去年から大学病院を担当している。スマホを指でスイスイ画面を変えて、どこかイライラして、落ち着きのない様子である。

「それよりさ、医者と合コンするけど、来ない?」

「・・・は?」

展開の脈略の無さに、愛はただ目を丸くして、林田を見つめた。
「俺の担当している平成医大の研修医のヤロウの医者が合コンしたいっててさ、たまたま知り合いの三辺製薬の女子MRが、研修医の女医さんたちが彼氏いないって言ってたので、それでトントン拍子で話が進んでさ。」
アジフライにウスターソースをドバドバかけながら話す林田に、ただただ愛は頷いていた。林田が愛を合コンに誘う理由は、二つあった。

一つは、単純に女性側の人数が一人足りない。もう一つは、林田の担当する病院の男性研修医が、できれば医者じゃない女の子を連れてきてほしいと言っているとのことだった。
「え、私、いいです。そういうの。」
愛は合コンなど経験もないし、全く興味も無いし、むしろそんな会には行きたく無いのが本音であった。とは言うものの、林田の困った雰囲気に押されて、しぶしぶOKをしてしまった。
「じゃあ、今週の金曜ね。」
林田はそう言うと、見るからにしょっぱそうなアジフライをがっついた。

「ところで、津田所長はなんであんなに私に優しいのかしら。」
愛がボソッと呟くと、林田は、
「それはね、色々あってさ・・・」
と、話を始めた。津田が神戸出身で大学も神戸、コバルト製薬で新卒に入り、神戸に配属になり、23年経っていること。神戸で家を買った途端に、縁もゆかりもない東京に飛ばされたこと。飛ばされた理由は、どうやら、新人女子に対するパワハラ疑惑であること。それは本当に疑惑で疑いが晴れたものの、途端に縁もゆかりもない東京に、しかも担当したこともない大学病院のチームに所長で飛ばされたことなどを聞いた。

「津田所長も、必死だよ。奥さん子供神戸に残して。子供は私立中学入ったし、家は買ったばかりだし。」
林田から聞くと、何故か愛の太ももから股にかけて、じんわりと汗ばんできた。
「何かしら、暑くないのに私なんで汗かくの・・・?」
汗ばんでいることを林田に知られたくないので、愛は必死に隠そうとして、とりあえず林田に聞いてみた。
「所長、なんだか私にだけ優しい気がするのですが、気のせいですか。」
「いや、それは当たってる。」
林田がそう答えると、続けた。
「パワハラ疑惑で追い込まれてきたから。疑惑は晴れたものの、特に若い女性と話すときにはとても気をつけて発言しているんだよ。お前に話すのには、すっごい気を使ってると思うよ。」
それを聞くと、愛の股間と太ももは熱を増し、汗が玉のようになってきているのを感じた。タイトスカートから出る膝から見えないか、愛は心配した。

「おい、大丈夫か?」
愛の様子を見て、林田がきき、愛は我に返って、とりあえず誤魔化すように、元気に答えた。
「は、いえ、大丈夫です!」
愛の太ももの汗は、止まらなかった。
「なんで、津田所長のこと考えると、私の太ももが濡れるの? いやん。」
中年男性の悲哀を想像するだけで、25歳の愛の太ももを濡らす。愛はそれを避けることができないのだ。
「もー。。。いやっ」
思わず、しかしながら、殺すような小さな声の愛の叫びに、林田は呆気にとられるだけだった。


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