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【2】一刻寮大忘年会って?
(5)アルコール? ノンアルコール!
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蟻川は、四人部屋を二人で贅沢に使っている、相部屋の二年生は外出していて、広々とした部屋を占領するがごとくに、遼子、志信、馬橋、譲二、そして馬橋に呼ばれた鯨井が集結した。
「真尋さんは、声かけたんだけど、今ちょっと別の事に集中してて、気が向いたら途中から来るそうだ、自分の飲み食いする分は持参するから特にとっておかなくていいってさ」
そう言う鯨井もロング缶の酎ハイ二本と、チータラの入っているコンビニ袋を差し出した。
「例の話するんだったら羊谷も居た方がよくね?」
そう言う鯨井の言葉に、
「一番最初に酒がノンアルコールに変わってるを見つけたのは羊谷なんだ」
と、蟻川が補足した。
「いや、別に私、事件解決の為に来たわけじゃないし……」
遼子は勝手知ったる様子でソファに座っていた。
「あー、315来るの久しぶりだー、このソファ、まだあったんだ」
背もたれによりかかり伸びをしている遼子に、蟻川の部屋に来るのは初めてでは無い様子がうかがえた。志信はジョージのいる西翼の近辺はよく行っていたが、東翼に来るのは初めてだった。同じ部屋かと思うほどに、蟻川の部屋は整頓が行き届き、そして物が驚くほど少なかった。一刻寮全体の印象では、卒業生が置いていくものなどもあって、どこも物が多く、雑然とした部屋ばかり見ていた志信は、小洒落たインテリアに驚いてきょろきょろと中を見回していた。
「この部屋、スタンプ取り競争でも解放してなかったからねー、何気に今年の一年女子でここ来たの志信ちゃんが初めてかも」
言いながら、蟻川はグラスと、ペットボトルの烏龍茶、氷などをテーブルに並べていた。
「ちゃちゃっと準備してくるから、適当に時間潰してて、あとジョージ、手伝って」
「俺も行きますよ」
そう言って、譲二と馬橋が蟻川に着いて出て行くと、部屋にはソファに座った遼子と、カーペットの上で座布団替わりのクッションを敷いた志信、恐らくは蟻川の使っている方であろう、机に備え付けの椅子に掛けた鯨井が残った。
「何なの、このメンツ、部屋のヌシ以外皆別エリアじゃね?」
そう、馬橋も譲二も、鯨井の居る西翼エリアの住人であり、遼子と志信は千錦寮の住人だ。
「今日バイトだったんよ、キャッスルステージ」
「あー、なるほど、どうりで」
鯨井もキャッスルステージバイトについては知っているようで、それだけでメンツの属性がバラバラな事を理解した。
「でもなんでまたバイトメンツで再集合?」
「辰巳君から聞いてない? 大忘年会の話になってさ、それと、あの、お酒がすりかわるっていう……」
遼子が説明すると、納得したように鯨井が答えた。
「そっか、それで俺が呼ばれたのか、ジョージのヤツ、いまいち要領を得なくってさ、ハイハイ、けどなんで熊谷が?」
「んー、流れで」
「元カレに協力してやる気になった?」
さらりと鯨井が言って、志信は一瞬耳を疑うように驚いた遼子を見て、遼子は遼子であちゃーという顔を作ってから鯨井を睨んだ。
「あー……俺、今いらん事言った?」
「うん、言った、言ったね」
遼子は、顔にひきつった笑顔を浮かべながら、ソファから立ち上がり、両手の指をわきわきと動かしながら窓際の椅子に座る鯨井の方へ詰め寄っていった。
「いらん事を言うのは、どの口かーなっ」
と、言って鯨井の両脇に手を差し入れてくすぐりはじめた。
「ばっ、何すんだ! やめろって!」
くすぐられた鯨井が身をよじって声をあげると、いかにも体育会系な大柄の男女二人はそういう競技があるように、くすぐるかくすぐられるかの攻防を見せ始めた。
志信は、どこか楽しそうな二人を見ていることしかできなかった、止める事もできずに見守っていると、扉が開く音がして、入ってきたであろう蟻川が声をかけた。
「……何してんだ、お前ら」
「何でも! 無いからッ!」
赤面した遼子が切って捨てるように言うと、そんな遼子の思いを汲んだのか、鯨井も青ざめて首を縦に力いっぱい振った。
蟻川に続いてカセットコンロを持った馬橋と、既に煮えている鍋を持った譲二がそれに続き、テーブルの上には水炊きだろうか、野菜気持ち多めの鍋がのせられた。
「これ、すっっっごく白菜多くない?」
既に煮えている分だけで無く、追加用に大きめのざるに入れられた野菜半分以上は白菜だった。
「今年は葉物野菜が安くってね……」
「ふた玉三百円って、普通学生は買わないと思うんですが……」
汁物用の椀と、割り箸を配りながら馬橋が言うと、
「でもとりあえず買っておけば誰かしらが食べるから」
にこやかに話題をそらそうと鯨井が加わったが、遼子は固まってしまった表情のまま、それ以上の追求を拒むような視線を志信に向けた。
志信としては、純粋に好奇心として聞いてみたいところは色々あったものの、遼子を怒らせてまで聞きたいとは思わず、無言で遼子と蟻川を見比べてみた。
志信は、遼子と鯨井は、よう似た風貌で、しっくりくるのに対し、体つきのがっちりした遼子と、どちらかといえば小柄な蟻川が付き合っていたという話がしっくりこず、思わず二人をじろじろと見比べてしまった。
しかし、未だに特定の誰かと付き合った経験の無い志信には、そういった男女の機微のようなものはわからないが、一度は付き合っていた二人が、今はぽんぽんと軽口を叩き合う様子は好ましいもののように思えた。
志信はフィクションの中でしか恋人同士というものを知らないが、思っていたよりもずっと生々しいものでは無いのかもしれない、と。
会話を忘れて、皆がしばらく、食事に専念した。ケーキを平らげていて、空腹は感じていなかったものの、湯気をたてる鍋を見て、いざ箸をつけ始めると、美味ゆえか箸が進んだ。
「……このつみれ? 鳥団子? めちゃくちゃ上手いっすね……」
ふわふわの食感の鳥団子は、噛むとじゅわっと肉汁があふれ出した。水炊きだと思っていたので、油断していたが、団子も入っているとは思わず、志信も口の中の幸せを噛みしめながら、しきりに鳥団子を絶賛する譲二に全力で同意した。
「蟻川、たまにすげえヒット打つよな」
同期の鯨井は素直に蟻川を褒める事はせずに、遠回しに言った。
「たまには余計だ、というか、これ使ったのは俺じゃねえ」
悔しそうに言う蟻川が顎をしゃくると、馬橋が照れた。
「え、これ、馬橋が作ったの? 何だよー、よその部屋じゃなくて、西翼のコンパで発揮しろよー、こういう技術はさー」
鯨井が後輩の隠し技に驚きつつ、
「あれ? でもお前、料理できたっけ?」
鯨井の反応に、鯨井以外のキャッスルステージバイト組が互いの顔を見た。
今まで作った事の無いレシピ、そして、普段料理をしないという馬橋……。
志信と遼子は、同じ鳥団子を食べた事があるな、と、思い返していた。
ああ、こういうところで思いがけず足がつくことってあるんだなあ、と、遼子と志信はアイコンタクトで通じ合った。
一方、馬橋のレシピが誰仕込みなのかまではわからない蟻川は、女性陣の反応に馬橋の彼女が誰なのか気づいているだろう様子を敏感に感じ取り、譲二だけはきょとんとしてもしゃもしゃと味の染みた白菜を食べ続けていた。
「このビールは、ビールのままなんだよなあ……」
ぽつりとつぶやいた蟻川のグラスに入っているのは黒ビールだった。
「名前書いてあるからじゃ無いッスか?」
年が明ければ数え年で二十歳の譲二はペットボトルのウーロン茶を飲みながら言った。
「黒ビールってわりと好みが分かれない?」
そう言う遼子も蟻川と同じ黒ビールを飲んでいる。
「まー、苦いですし」
馬橋は鯨井が持ってきたグレープフルーツの酎ハイを飲んでいた。果実味のある本格的なもので人気はあるが、寮から一番近い酒屋には売っていない。少し遠いディスカウントのリカーショップで真尋と一緒にまとめ買いしてストックしているところが、鯨井の大雑把そうでマメなところだった。
馬橋は日頃から酒のストックをしたりはしない、その場にある中で飲めるものを飲むが、いかにも『酒!』という口当たりの日本酒や焼酎はどちらかというと苦手で、あればカクテル、無ければサワーという、人によっては『女子っぽい』と言われてしまう傾向があった。
「というか、俺基本的に酒好きじゃないですし」
「でも飲むには飲むんだ」
「だから一人では飲みませんよ? 飲み会とか、酒飲みの雰囲気が好きっつーか」
「あー、それ、俺もわかります、俺まだ酒飲めませんけど、飲み会に出るのは嫌いじゃないです」
譲二が馬橋に続いて言う。
「二人、同じ部屋だけど、部屋では飲まないの?」
蟻川が聞くと、馬橋と譲二は顔を見合わせた。
「そういえば部屋では飲まない、かな」
「ですね、どっちかっつーとコーヒーとか、ハーブティーとか」
「ハーブティーーーー??? って、女子かっ!」
蟻川が言うと、
「蟻川ー、その、嗜好を男女で分けるのやめてよね」
遼子がたしなめるように言った。
「えー、こんなの慣用句の一種じゃん」
「慣用句になってるってのが問題なんだって、意識しないと変わんないよ?」
「そりゃ、熊谷はハーブティーとか飲むタイプじゃ無いし」
「だから、そういう、男っぽい、女っぽいっての、そういう分け方事態がもう古いんだって」
「えー、そういうもの?」
蟻川が仲間を求めて鯨井達の方を見た。
「ハーブティーは俺も飲む、というか、今西翼で流行ってる」
「そうなの?」
蟻川の問いに、馬橋と譲二が無言でうなずいた。
「私は飲んだこと無いです、ハーブティー、ジャスミン茶? くらいですかね、でもあれってハーブティーになるのかな……」
反対に志信はハーブティーそのものをあまり飲まないと自己申告した。
「あー、ジャスミン茶はハーブティーじゃないかなー」
「真尋さんがベランダで栽培してて、そっから」
「朝摘みだよー、とか言って入れてくれますよね、真尋さん」
「まじか、何もんだあのひと」
「独特だよねえ……」
「真尋さんの趣味は性別超越してる部分があるから……電子工作もするし」
そう言いかけた鯨井を、ちらりと遼子が睨めつけた。
「ああ、別に電子工作が男子っぽい、ってわけじゃないけどさ、あの人、ミシンも自前で持ってるし」
暗に裁縫やミシンを使うのは女性が多いという含みを持たせつつ、鯨井は苦笑いした。
遼子は、頑なに自己主張をするつもりは無いのか、それ以上の追求はしなかった。
「えー! 何で俺には言って鯨井には言わないのー! 差別だ! ひいきだ!」
不服そうに蟻川が口をとがらせると、
「いや、ほらそれは、蟻川だし」
ぼそり、と、遼子が言うと、蟻川は唐突に照れて顔を赤くした。
「バーカ! 赤くなってやんの!」
遼子がひやかすように言うと、
「……お前ら、周囲に妙な気をつかわせるなよ」
鯨井が、つっこんでいいのかわからず硬直している馬橋を指しながら二人をくさすと、今度は遼子と蟻川はそろって顔を赤くした。
「……まあ、カクテルはカクテルで、思い出したくない事もあるけどさ」
鯨井が水を向けると、話題を変えたがっていた遼子と蟻川が早速のっかる。
「あれね、悪夢の原液事件」
「嘔いた……アレがオレンジだったり赤かったりってやつ?」
「えーーーーそれって食事中にふさわしい話題なんですか?」
心配そうに譲二が尋ねると、蟻川は少し思案してからにこやかに答えた。
「あんまりふさわしい話じゃあないかな」
「でも、そういう風に言われると続きが気になってしょうがないんですが……」
今度は志信が言う。
「じゃ、まあ、食べてから」
そうして、しばし全員目の前の鍋に対して真剣に(?)取り組む事にして、食事をすすめていったのだった。
「真尋さんは、声かけたんだけど、今ちょっと別の事に集中してて、気が向いたら途中から来るそうだ、自分の飲み食いする分は持参するから特にとっておかなくていいってさ」
そう言う鯨井もロング缶の酎ハイ二本と、チータラの入っているコンビニ袋を差し出した。
「例の話するんだったら羊谷も居た方がよくね?」
そう言う鯨井の言葉に、
「一番最初に酒がノンアルコールに変わってるを見つけたのは羊谷なんだ」
と、蟻川が補足した。
「いや、別に私、事件解決の為に来たわけじゃないし……」
遼子は勝手知ったる様子でソファに座っていた。
「あー、315来るの久しぶりだー、このソファ、まだあったんだ」
背もたれによりかかり伸びをしている遼子に、蟻川の部屋に来るのは初めてでは無い様子がうかがえた。志信はジョージのいる西翼の近辺はよく行っていたが、東翼に来るのは初めてだった。同じ部屋かと思うほどに、蟻川の部屋は整頓が行き届き、そして物が驚くほど少なかった。一刻寮全体の印象では、卒業生が置いていくものなどもあって、どこも物が多く、雑然とした部屋ばかり見ていた志信は、小洒落たインテリアに驚いてきょろきょろと中を見回していた。
「この部屋、スタンプ取り競争でも解放してなかったからねー、何気に今年の一年女子でここ来たの志信ちゃんが初めてかも」
言いながら、蟻川はグラスと、ペットボトルの烏龍茶、氷などをテーブルに並べていた。
「ちゃちゃっと準備してくるから、適当に時間潰してて、あとジョージ、手伝って」
「俺も行きますよ」
そう言って、譲二と馬橋が蟻川に着いて出て行くと、部屋にはソファに座った遼子と、カーペットの上で座布団替わりのクッションを敷いた志信、恐らくは蟻川の使っている方であろう、机に備え付けの椅子に掛けた鯨井が残った。
「何なの、このメンツ、部屋のヌシ以外皆別エリアじゃね?」
そう、馬橋も譲二も、鯨井の居る西翼エリアの住人であり、遼子と志信は千錦寮の住人だ。
「今日バイトだったんよ、キャッスルステージ」
「あー、なるほど、どうりで」
鯨井もキャッスルステージバイトについては知っているようで、それだけでメンツの属性がバラバラな事を理解した。
「でもなんでまたバイトメンツで再集合?」
「辰巳君から聞いてない? 大忘年会の話になってさ、それと、あの、お酒がすりかわるっていう……」
遼子が説明すると、納得したように鯨井が答えた。
「そっか、それで俺が呼ばれたのか、ジョージのヤツ、いまいち要領を得なくってさ、ハイハイ、けどなんで熊谷が?」
「んー、流れで」
「元カレに協力してやる気になった?」
さらりと鯨井が言って、志信は一瞬耳を疑うように驚いた遼子を見て、遼子は遼子であちゃーという顔を作ってから鯨井を睨んだ。
「あー……俺、今いらん事言った?」
「うん、言った、言ったね」
遼子は、顔にひきつった笑顔を浮かべながら、ソファから立ち上がり、両手の指をわきわきと動かしながら窓際の椅子に座る鯨井の方へ詰め寄っていった。
「いらん事を言うのは、どの口かーなっ」
と、言って鯨井の両脇に手を差し入れてくすぐりはじめた。
「ばっ、何すんだ! やめろって!」
くすぐられた鯨井が身をよじって声をあげると、いかにも体育会系な大柄の男女二人はそういう競技があるように、くすぐるかくすぐられるかの攻防を見せ始めた。
志信は、どこか楽しそうな二人を見ていることしかできなかった、止める事もできずに見守っていると、扉が開く音がして、入ってきたであろう蟻川が声をかけた。
「……何してんだ、お前ら」
「何でも! 無いからッ!」
赤面した遼子が切って捨てるように言うと、そんな遼子の思いを汲んだのか、鯨井も青ざめて首を縦に力いっぱい振った。
蟻川に続いてカセットコンロを持った馬橋と、既に煮えている鍋を持った譲二がそれに続き、テーブルの上には水炊きだろうか、野菜気持ち多めの鍋がのせられた。
「これ、すっっっごく白菜多くない?」
既に煮えている分だけで無く、追加用に大きめのざるに入れられた野菜半分以上は白菜だった。
「今年は葉物野菜が安くってね……」
「ふた玉三百円って、普通学生は買わないと思うんですが……」
汁物用の椀と、割り箸を配りながら馬橋が言うと、
「でもとりあえず買っておけば誰かしらが食べるから」
にこやかに話題をそらそうと鯨井が加わったが、遼子は固まってしまった表情のまま、それ以上の追求を拒むような視線を志信に向けた。
志信としては、純粋に好奇心として聞いてみたいところは色々あったものの、遼子を怒らせてまで聞きたいとは思わず、無言で遼子と蟻川を見比べてみた。
志信は、遼子と鯨井は、よう似た風貌で、しっくりくるのに対し、体つきのがっちりした遼子と、どちらかといえば小柄な蟻川が付き合っていたという話がしっくりこず、思わず二人をじろじろと見比べてしまった。
しかし、未だに特定の誰かと付き合った経験の無い志信には、そういった男女の機微のようなものはわからないが、一度は付き合っていた二人が、今はぽんぽんと軽口を叩き合う様子は好ましいもののように思えた。
志信はフィクションの中でしか恋人同士というものを知らないが、思っていたよりもずっと生々しいものでは無いのかもしれない、と。
会話を忘れて、皆がしばらく、食事に専念した。ケーキを平らげていて、空腹は感じていなかったものの、湯気をたてる鍋を見て、いざ箸をつけ始めると、美味ゆえか箸が進んだ。
「……このつみれ? 鳥団子? めちゃくちゃ上手いっすね……」
ふわふわの食感の鳥団子は、噛むとじゅわっと肉汁があふれ出した。水炊きだと思っていたので、油断していたが、団子も入っているとは思わず、志信も口の中の幸せを噛みしめながら、しきりに鳥団子を絶賛する譲二に全力で同意した。
「蟻川、たまにすげえヒット打つよな」
同期の鯨井は素直に蟻川を褒める事はせずに、遠回しに言った。
「たまには余計だ、というか、これ使ったのは俺じゃねえ」
悔しそうに言う蟻川が顎をしゃくると、馬橋が照れた。
「え、これ、馬橋が作ったの? 何だよー、よその部屋じゃなくて、西翼のコンパで発揮しろよー、こういう技術はさー」
鯨井が後輩の隠し技に驚きつつ、
「あれ? でもお前、料理できたっけ?」
鯨井の反応に、鯨井以外のキャッスルステージバイト組が互いの顔を見た。
今まで作った事の無いレシピ、そして、普段料理をしないという馬橋……。
志信と遼子は、同じ鳥団子を食べた事があるな、と、思い返していた。
ああ、こういうところで思いがけず足がつくことってあるんだなあ、と、遼子と志信はアイコンタクトで通じ合った。
一方、馬橋のレシピが誰仕込みなのかまではわからない蟻川は、女性陣の反応に馬橋の彼女が誰なのか気づいているだろう様子を敏感に感じ取り、譲二だけはきょとんとしてもしゃもしゃと味の染みた白菜を食べ続けていた。
「このビールは、ビールのままなんだよなあ……」
ぽつりとつぶやいた蟻川のグラスに入っているのは黒ビールだった。
「名前書いてあるからじゃ無いッスか?」
年が明ければ数え年で二十歳の譲二はペットボトルのウーロン茶を飲みながら言った。
「黒ビールってわりと好みが分かれない?」
そう言う遼子も蟻川と同じ黒ビールを飲んでいる。
「まー、苦いですし」
馬橋は鯨井が持ってきたグレープフルーツの酎ハイを飲んでいた。果実味のある本格的なもので人気はあるが、寮から一番近い酒屋には売っていない。少し遠いディスカウントのリカーショップで真尋と一緒にまとめ買いしてストックしているところが、鯨井の大雑把そうでマメなところだった。
馬橋は日頃から酒のストックをしたりはしない、その場にある中で飲めるものを飲むが、いかにも『酒!』という口当たりの日本酒や焼酎はどちらかというと苦手で、あればカクテル、無ければサワーという、人によっては『女子っぽい』と言われてしまう傾向があった。
「というか、俺基本的に酒好きじゃないですし」
「でも飲むには飲むんだ」
「だから一人では飲みませんよ? 飲み会とか、酒飲みの雰囲気が好きっつーか」
「あー、それ、俺もわかります、俺まだ酒飲めませんけど、飲み会に出るのは嫌いじゃないです」
譲二が馬橋に続いて言う。
「二人、同じ部屋だけど、部屋では飲まないの?」
蟻川が聞くと、馬橋と譲二は顔を見合わせた。
「そういえば部屋では飲まない、かな」
「ですね、どっちかっつーとコーヒーとか、ハーブティーとか」
「ハーブティーーーー??? って、女子かっ!」
蟻川が言うと、
「蟻川ー、その、嗜好を男女で分けるのやめてよね」
遼子がたしなめるように言った。
「えー、こんなの慣用句の一種じゃん」
「慣用句になってるってのが問題なんだって、意識しないと変わんないよ?」
「そりゃ、熊谷はハーブティーとか飲むタイプじゃ無いし」
「だから、そういう、男っぽい、女っぽいっての、そういう分け方事態がもう古いんだって」
「えー、そういうもの?」
蟻川が仲間を求めて鯨井達の方を見た。
「ハーブティーは俺も飲む、というか、今西翼で流行ってる」
「そうなの?」
蟻川の問いに、馬橋と譲二が無言でうなずいた。
「私は飲んだこと無いです、ハーブティー、ジャスミン茶? くらいですかね、でもあれってハーブティーになるのかな……」
反対に志信はハーブティーそのものをあまり飲まないと自己申告した。
「あー、ジャスミン茶はハーブティーじゃないかなー」
「真尋さんがベランダで栽培してて、そっから」
「朝摘みだよー、とか言って入れてくれますよね、真尋さん」
「まじか、何もんだあのひと」
「独特だよねえ……」
「真尋さんの趣味は性別超越してる部分があるから……電子工作もするし」
そう言いかけた鯨井を、ちらりと遼子が睨めつけた。
「ああ、別に電子工作が男子っぽい、ってわけじゃないけどさ、あの人、ミシンも自前で持ってるし」
暗に裁縫やミシンを使うのは女性が多いという含みを持たせつつ、鯨井は苦笑いした。
遼子は、頑なに自己主張をするつもりは無いのか、それ以上の追求はしなかった。
「えー! 何で俺には言って鯨井には言わないのー! 差別だ! ひいきだ!」
不服そうに蟻川が口をとがらせると、
「いや、ほらそれは、蟻川だし」
ぼそり、と、遼子が言うと、蟻川は唐突に照れて顔を赤くした。
「バーカ! 赤くなってやんの!」
遼子がひやかすように言うと、
「……お前ら、周囲に妙な気をつかわせるなよ」
鯨井が、つっこんでいいのかわからず硬直している馬橋を指しながら二人をくさすと、今度は遼子と蟻川はそろって顔を赤くした。
「……まあ、カクテルはカクテルで、思い出したくない事もあるけどさ」
鯨井が水を向けると、話題を変えたがっていた遼子と蟻川が早速のっかる。
「あれね、悪夢の原液事件」
「嘔いた……アレがオレンジだったり赤かったりってやつ?」
「えーーーーそれって食事中にふさわしい話題なんですか?」
心配そうに譲二が尋ねると、蟻川は少し思案してからにこやかに答えた。
「あんまりふさわしい話じゃあないかな」
「でも、そういう風に言われると続きが気になってしょうがないんですが……」
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