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縁3。

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「こんにちはー。」


お昼前にお店を訪ねた私。

私の声に気が付いたのか、奥からお店の人が出てきた。


「おやおや、この前のお嬢さん。」

「こんにちは。あの・・前に見せてもらった古民家・・・内覧ってお願いできますか?」

「あぁ、大丈夫だよ。いつがいいかな?」

「えーと・・・」


私はスマホを取り出し、陽平さんの休みの日を確認した。


「明後日とか・・・どうでしょうか。」

「明後日?・・・うん、大丈夫。じゃあお昼の1時に古民家の前でいいかな?」

「はいっ。大丈夫ですっ。」

「じゃあ色々計算して資料も持って行こうとしよう。」


そんな話をしてるとき、お店の扉が開いた。


「こんにちは・・・って、あら、お客さん?」


入ってきたのは品のいいおばあちゃんだった。

ふわっと整えられたきれいな白髪に、おしゃれなネックレスをつけてる。

このお店の人と同じような眼鏡をかけていて、腕には小さな鞄がかけられていた。


「おや、珍しいね。春川さん。」


お店の人とこのお客さんとが知り合いのようで、二人は微笑み合っていた。


「ちょうどよかったよ、春川さん。こちらのお嬢さんが春川さんのご実家を検討中なんだよ。」


そう言われ、あの古民家の持ち主がこの人だということがすぐにわかった。


「!!」

「あらっ、もう中は見てくれたのかしら?」

「い・・いえ、明後日に見させていただこうかと・・・」


にこにこと聞いてくれるおばあちゃんは、あの家の思い出を嬉しそうに話し始めた。


「あの家はね、私の実家だったんだけどもうだいぶ前から住んでないの。お手入れだけはしにきてたんだけど、私は娘夫婦の家で同居してるから・・・できれば誰かに使ってもらえたらいいなと思って売りに出したのよ。」


あの家は10年ほど前から住んでないらしく、このおばあちゃんが月に一度、お家の掃除に行っていたらしい。

庭木は半年に一度、剪定の依頼をかけて手入れしたらしいけど、それもお金がかかること。

固定資産税も払い続けなければいけないし、水道も止めるわけにいかずずっと払っていたのだとか。

でも年を重ねてしまい、掃除も大変。

色々支払わなくてはいけないものも多く、去年、手放すことにしたのだとか。


「そうだったんですか・・・。」

「孫も大きくなるにつれてお金がいるでしょ?私のわがままでお金を使わせるわけにいかないからね・・。」


光熱費は微々たるものでも剪定代は結構かかる。

それに歩いて来れる距離ならいいけど電車や宿泊で来なきゃいけない距離ならもっとお金がかかってしまうのだ。


「中はきれいよ?よかったら隅々まで見てね?もし買ってくれたら置いてあるものは自由にしてくれていいから。大事なものは全部持ち出したし。」

「ふふ、じゃあゆっくり見させてもらいますー。」


このあともおばあちゃんは嬉しそうに家のことを話してくれた。

裏庭に小さな池があることや、昔は犬を飼っていたこと。

面白い場所に台所があることなんかも・・・。


「へぇー!そうなんですか!」

「そうそう、そうなのよ。今はバリアフリーの建物が多いけどあの家は段差が多くて・・・でもそれもそれでいいんだけど・・・なかなか難しいわよねぇ・・。」


そんな話を小一時間ほど聞いたとき、おばあちゃんは『用事があったのを思い出した!』と言って慌てて帰って行ってしまった。

私もお店の人に挨拶をして店をあとにし、陽平さんに連絡を入れた。


(あのおばあちゃんの実家かー・・・。)


私の実家が旅館なこともあってか、『和』な建物に苦手意識はなかった。

むしろどこか安心すらしてしまうくらいだ。


(中が面白い間取りみたいだし・・・ちょっと楽しみ。)




ーーーーー



ーーーーー


内覧当日。



「今日はよろしくお願いします。」


約束の午後1時に、古民家にやってきた私と陽平さん。

家の駐車場に車を止めさせてもらい、不動産屋さんと合流したのだ。


「何か聞きたいことがあったら何でも聞いてね。」

「ありがとうございます。」


家の鍵を出した不動産屋さんは大きな引き戸の鍵穴に鍵をさした。

軽く右に回して開いた扉は錆びついてる様子もなく、カラカラと軽い音を立てて開いた。


「どうぞ。」

「お邪魔します・・・。」


私と陽平さんは用意しておいたスリッパを出し、履き替えた。

お店の人は私たちの分までスリッパを持ってきてくれていたようで、袋に入ったたくさんのスリッパの中から一つだけ出して履き替えていた。


「好きなところ見て回ってくださいな。」


そう言われ、私と陽平さんは近くから見て回ることにした。

玄関を入ってすぐ右には広い茶の間・・・洋風にいうところのリビングがあった。

掘りごたつの上には大きなテーブルが置かれていて、こたつのサイズに作られたテーブルなのがすぐにわかる。


「すごい・・・。」

「めっちゃ広いな。」


その奥には一段下がったところに台所があるのが見える。


「ちょっと台所見てきていい?」

「いいよ?俺、向こう見てくる。」


私たちは二手に分かれて家の中を散策し始めた。

私が向かった台所はうちのキッチンの何倍も広さがあって、床はコンクリートでできた土間。

水なんかも流せるようだ。


「こんなキッチン初めて見た・・・。」


古めかしいといえばそれまでだけど、こんな贅沢な造りができるのは広さがあってこそのものだ。

広いシンクは二つに分かれていて、その両方に水栓がついてる。

作業台はシンクの隣に一つと、背面に大きな台があっていろんな料理を同時にできそうだった。


「あれ・・?向こうに扉がある・・・。」


キッチンを見回したときに目についた扉。

勝手口かと思ったけど、扉の造りから見て違うように感じた。

引き戸になってる取っ手に手をかけて開いてみる。


「・・・わぁ・・!え・・物置・・?」


そこには広すぎる部屋がひとつあった。

壁には大きな窓が何枚かあって、高い吹き抜けの天井が広い部屋をさらに広く感じさせてくれてる。

キッチンと同じコンクリート土間仕様で、外に通じてそうな大きな扉から考えたら物置に使われていたような気がする。


「え・・待って・・この大きさ、ちょうどいいんじゃない・・?」


コンクリの土間の上に床を作り、カウンター席とテーブル席を置いたらカフェになりそうだった。

すぐ近くに大きなキッチンがあって、その奥はプライベート空間。

最高な建物だ。


「この外って・・・もしかして・・・」


私は外に通じてそうな扉の鍵を開け、大きな引き戸を開けた。

するとそこには道路があったのだ。


「この家・・道路に挟まれてたんだ・・・。」


家の裏は家があるのが大半の道路の造り。

でも所によっては家の表も裏も道路のところがあるのだ。


「あ、お嬢ちゃん、伝え忘れてたことがあるんだけど・・・。」


私の後ろをついてきてくれていたのか、お店の人が声をかけてきた。


「伝え忘れてたことですか?」

「うん。こっちの隣・・・あ、そこの窓の向こうの家なんだけど取り壊しが決まってるんだよ。」

「取り壊し!?」

「もうだいぶ古いからねぇ・・・。」


お店の人の話によると、大きな窓のあるほうの家は再来月に取り壊されると連絡がきたらしい。

更地にして売り出すそうで、お店の人の見解では売れることはないだろうとのことだった。


「このあたりは学校も遠いし、若い人たちは少ないんだよ。よっぽど気に入らない限り、わざわざ家を建てたりしないだろうねぇ・・・。」

「そうなんですか・・・。」


再来月には実質角地となるこの家。

窓からの景色は・・・よさそうだ。


(えー、待って待って、すぐにでも決めたくなっちゃう・・・。)


とりあえず気持ちを落ち着かせるために、私は陽平さんを探しに行くことにした。

さっき通ってきたキッチンと茶の間を抜け、まだ足を踏み入れてないところに入っていく。


「陽平さーん?どこー?」


廊下を歩いて抜けていくと、トイレや洗面所、それにお風呂なんかも見つけた。

どれもきれいで誰も住んでないとは思えないほどだ。


「ちとせー!2階にいるー!」

「はーい!」


陽平さんの声に、私は廊下で階段を探しながら歩いた。

回廊式になってる廊下をぐるぐる回っていくと、ちょうど玄関と対角線上にあたる場所に階段を見つけた。

手すりにつかまりながら一段ずつ上がっていくと、二つの部屋があったのだ。


「廊下が広すぎない・・・?」


階段を上がってすぐに見えた廊下は奥行きは無いものの幅が広かった。

廊下を挟むようにして二部屋ずつある。

そのうちの右側の部屋に陽平さんの姿を見つけた。


「8畳ずつくらいあるんじゃない?めっちゃ広いな・・・。」

「うん・・・。回廊型の廊下の中も多分部屋だよね・・・これが月5万かからないとか・・・信じられない。」

「だな。」


早くご実家を手放したいのか、この辺りの地価が安いのか、それとも地域高齢化が問題なのか・・・

色々考え得ることはあるけど、私の気持ちはもう固まっていた。


「陽平さん、いろいろ考えたんだけど、月々も安いし・・・ここに引っ越してカフェしようと思う。陽平さんはどう思う?」


自分一人の考えだけじゃ盲点は絶対にある。

多方面からの意見が欲しくて陽平さんに聞くと、思っても見ない答えが返ってきた。


「・・・俺も一緒に住む。」


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