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私は一体何?

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「ねぇっ!私そろそろ仕事に行くから出てくれない!?」




声を荒げるようにして言ったのは私、水瀬(みなせ) かえで。

もうこの部屋の時計は家を出る予定の時間をとっくに過ぎていた。

なのにこの男・・・岩本 翔太(いわもと しょうた)は動いてくれない。



翔太「いーじゃん、今日、休んじゃえば?」



二人掛けのソファーに座ったまま、無責任なことを言い放った。



かえで「そんなわけにいかないでしょ?さっさと出て。」

翔太「ちっ・・・仕方ねーな。」




渋々立ち上がる翔太。

上着を持って、大きなあくびをしながら玄関に向かって歩き始める。




翔太「なぁ、今日は何時に帰ってくる?」

かえで「今日は終わるのは夕方だけどドリップの練習したいやつあるから・・・20時くらいかな・・・毎日来なくてもいいよ?翔太も仕事あるでしょ?」




同棲してるわけじゃないけど、翔太は毎日のように私の部屋に泊まって帰る。

夜、私が帰ってくる時間に、アパートの前に座ってて・・・

仕事で疲れてる私がご飯を作って・・・

翔太は手伝うわけでもなく、くつろいで・・・

狭い私のベッドで寝て・・・

朝になると帰っていく。





かえで(正直・・・一人の時間も欲しい・・。)




付き合って1年。

早くも倦怠期に突入してる気がするのは気のせいだろうか。







翔太「あー・・・仕事、辞めた。」






靴を履きながら軽く言った翔太。





かえで「・・・はぁ!?」

翔太「だからお前が帰ってくる頃に戻ってくるわ。」

かえで「え!?いや・・・は!?」

翔太「早く帰って来いよ?」




そう言って翔太は玄関から出て行った。



かえで「う・・嘘でしょ!?」








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かえで「はぁー・・・。」



仕事場についた私は、ため息をこぼしながら更衣室で着替えをしていた。




かえで(仕事辞めたって・・・これで何回目?もう25歳なのに・・・。)




私より二つ年上の翔太。


付き合い始めた頃は『今月の成績、トップ取ってやる!』とか言ってがんばってたのに、




『向いてない』

『合ってない』



そう言って仕事を辞めて・・・

新しいところに就職しても、何カ月も持たない。

私が知ってるだけでももう4度目だ。




かえで「あー・・・もうっ!」




バンッ!・・・と、ロッカーを閉めて更衣室を出た。




店長「・・・どうしたの?機嫌悪そうだけど。」




フロアに入ると、店長が心配そうに聞いてきてくれた。

仕事に私情は挟めない。




かえで「・・なんでもないですよ。」

店長「ならいいけど。すぐオープンするからねー。」

かえで「はーい。」





私は店に出てカウンターに立った。

レジに入ってるお金を見て、冷蔵庫に入ってるものをチェックする。




かえで「ミルクに、シロップ、チョコ・・・うん、十分足りそう。」



カウンターに並ぶ豆たちの種類も確認していく。




かえで「キリマンジャロに、ブルーマウンテン、コナに・・・・。」




私の仕事場は、テイクアウトのみのコーヒーショップだ。

店長と私、数人のバイトの子たちでお店を回してる。





かえで「休憩の時にコロンビアでも買おうかな。甘いのが欲しい・・・。」





まだお店がオープンしてないのに、すでに疲れてる私。

それもこれも翔太のせいだ。




かえで「はぁー・・・でもお金ももったいない・・。」



ため息が止まらないままお店はオープンし、ぞろぞろとお客さんが入ってきた。

今の時間は午前7時50分。

会社に持っていくために買って行く人が列を作ってくれる。




お客「すみません、ブルーマウンテンを。」

かえで「かしこまりました。」

お客「コロンビア。」

かえで「少々お待ちください。」

お客「モカください。」

かえで「はーい。」




雪崩のようにお店に入ってくるお客さん。

私と店長で着々とさばいていく。




かえで「お待たせいたしました。行ってらっしゃいませ。」

店長「コロンビアです。750円です。」

かえで「モカの方、こちらでお会計お願いいたします。」




忙しいのは朝の1時間だけ。

この1時間を乗り切ればしばらくヒマになる。




お客「すみませーん。」

かえで「少々お待ちくださいー。」




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店長「ふー・・なんとかピークの時間が終わったわね。」





器具を洗ったり、減った豆を補充しながら雑談をする。




かえで「次はお昼休みの時ですねー。」





朝は会社に行くときに買ってくれるお客さん。

お昼休みに買いに来てくれる人も多いのだ。




店長「で、朝のため息は何?私でよければ聞くよ?」





店長は私と倍。歳が違う。

今年46歳な店長。

スタイルも良く・・・『美魔女』的な感じだ。




かえで「そうですねー・・・。」




人生経験豊富な店長に、私と翔太のことを客観的に教えてもらうのもいいかもしれない。

そう思った私は仕事をしながら断片的に話し始めた。




かえで「彼氏がいるんですけど・・・。」

店長「うん。」

かえで「就職してもすぐにやめちゃう人で・・・。」

店長「あー・・・。」





店長は『残念』みたいな表情で私の話を聞いてくれていた。




かえで「仕事終わって帰って・・・彼の分までご飯作って・・・洗い物して・・・私って何なのかなって思っちゃう時が・・・。」

店長「そうだねぇ・・・。」

かえで「ご飯作るのとかは好きですよ?ただ・・・・・」

店長「『彼は収入ないのに全部自分がしてる』」

かえで「!!・・・まぁ・・そうなんです。」




家賃は私が住んでるから払ってるけど、彼は食費を一度も入れてくれたことがない。

『くれ』とも言わないけど、気にかけて欲しいとは思ってる。

二人分の食費は・・・結構痛い。



店長「給料上げようか?」

かえで「それは・・・嬉しいですけど・・・根本的には解決しないので・・。」

店長「まぁね。さっさと別れた方がいいんじゃない?なんで別れないの?」

かえで「なんでって・・・うーん・・・。」




翔太は私の初めての彼氏だ。

翔太と出かけたり・・・ご飯食べたりするのが楽しくて・・・いつの間にか好きになっていた。

どちらが先に告白した・・・ってわけじゃないけど、私たちは付き合い始めた。





店長「ずるずる同棲になっていってヒモになるのがオチよ?別れて新しい男探しなさい。」

かえで「ちょっと考えます・・・。」




店長に言われた『ヒモ』という言葉。




楓(もうすでにヒモのような気がするけど・・・。)




『小遣いが欲しい』とは言われてない。

でもそれは『まだ』なだけで、そろそろ言われそうな気がしてならなかった。





店長「それとも・・『夜』がすごいとか?」




ニヤニヤ笑いながら聞いてくる店長。





かえで「いやー・・・どうでしょうねー・・。」





そう答えた時、お店にお客さんが入ってきた。





カランカラン・・・












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