上 下
26 / 34

二十六

しおりを挟む

 沙弥はその後、西園寺家に豊信、香子、麗華、豊春が来ると、直之から伝えられた。

「な、何故お父様達が………私………連れ戻されるのでは………」
「連れ戻されはさせないさ、俺の傍に居ればいい」
「……………」

 沙弥は虐げられていた時を思い出し震え始める。

「沙弥、君は呼ぶ迄、別の部屋に居ればいい。一人にはなるな、いいね?」
「分かりました」

 その時間になる迄は、また沙弥は田辺と真面目な話をすると言うので、沙弥は部屋へと戻る。
 沙弥の事を話すのに沙弥が居ない方が良いというのは疎外感はあるが、沙弥には難しい話になるので、いずれまた説明し、理解出来る様になる、と聞かされた。

「勉強する事いっぱいなのね、せめて学校に行かせてくれていたら、私でも出来る事はあると思うのに」
「沙弥お嬢様、八千代も学校には行ってませんよ。ですが、八千代には八千代の出来る事を精一杯するだけです。ですから、今お嬢様が出来る事を精一杯やって、少しずつ出来る事を増やして行けば良いのです」
「そうね、そうよね…………今はいっぱい、知識を入れる事よね。字を理解して、言葉の意味を覚えなきゃ!」
「はい」

 夕刻に、豊信達が来ると、連絡が入ったというので、沙弥も意気込むが、まだ呼ばれないだろう。そして、休憩がてら窓の外を眺めていると、一台の車が到着する。
 風祭家では二台所有し、一台は豊信の見栄で大きな車を会社迄の通勤で使っていた。その車は沙弥も見慣れている。

「お父様…………」

 手に緊張が走り、玄関の前に止められると、スーツ姿の豊信と豊春、そして何故か派手にめかした香子と麗華。

「お父様、見てて………絶対に、西園寺公爵夫人になってみせるから!」
「お前の美貌で、落とせ………何がなんでもな」

 玄関前では此方にも意気込む豊信達。
 麗華は風に靡く長い髪を掻き揚げて、色気を振り撒いている。
 そして、白けた表情で出迎えた智史や家令達の姿だ。

「お待ちしておりました、風祭様………主人が直ちに参りますので、どうぞ皆様中へ」

 智史が案内したのは玄関ホールから程近い、応接室。
 来客は応接室に通すのは一般的ではあるが、大きな洋館の西園寺家には応接室は幾つもあり、来客の程度で使う部屋が決められている。
 玄関に近い程、如何でもいい来客、と西園寺家では位置付されていて、家令や女中達も、他の部屋へ行かせない為に、奥は見せない様に立って豊信達を出迎えた。
 その出迎え数の多さに、何故か豊信達は歓迎されていると勘違いさせる程で、高飛車に胸を張る四人。

「素敵なお屋敷ですわ、西園寺様のお屋敷は」

 麗華はうっとりと、内装を褒めて、いずれ自分のになる、と想像をしているのかもしれない。

「主人が、舶来品を多く取り扱う貿易の仕事もしておりますので」
「それは私の会社でも貿易をしているので、いい関係を築けそうですな」
「……………どうぞ……」
「まぁ、素敵!」

 如何でもいい来客用の応接室ではあっても、それなりの調度品は使っているが、物の価値は然程高くは無い。

「主人に伝えに行かせております。へお掛け下さい」
「……………何だって?並んで座れと?」

 長椅子が二脚に一人掛けが二脚。中央にテーブル。
 来客ではあるが、立場はと見なされている豊信達だ。
 智史が人数分のお茶を、豊信達が応接室内を見ている間に、即効と並べていた。

「はい、上座は主人が座りますので」

 長椅子に三人は少々キツイ。しかも麗華の着ていた服はボリュームがあり、更に圧迫される。

「お待たせして申し訳無い、風祭伯爵」
「っ!…………西園寺公爵!お忙しい所すいませんな」
「いえ…………何か私に話があるのなら伺おうと思っただけの事。夫人や令嬢、ご子息もご一緒とは何事ですか?」

 直之は、上座の一人掛けの椅子に足を組み座ると、豊信の眉がピクッと上がる。
 明らかに豊信より若く、身分の高い直之の態度が癪に触るのだろう。

「いえね…………あまり大きく無いものではありますが、私も貿易会社を経営しておりますので、ここらで会社を大きくしたいと思いまして………から受け継いだ大事な会社、息子にも安定した会社を引き継がせたいと思い、大きな事業展開を、西園寺貿易と出来ないか、と思いましてね?」
「……………ほぉ……それは、協同事業を、という提案ですか」
「はい!それでですな………息子はまだ学生、ですが姉である娘、麗華も学生ではありますが、大人な仲間入りで社会勉強もさせたいと思っておりまして、私の仕事を手伝わせ、その連絡網に娘を使ってやって頂けたら、と………協同事業はこれから詰めて行ければ良いので………」
「……………」
「それで、行く行くは麗華を西園寺公爵様に嫁がせても、西園寺公爵様には損はないのではないか、と………」

 直之の前で、媚を売る豊信と、期待を込めて、豊信の横に座る麗華は、色目を直之に向けている。

「残念でしたね………私、結婚を先頃致しまして………協同事業については検討出来るかもしれませんが、ご令嬢との結婚は無理かと」
「な、何ですと!まだ独身だと、昨夜も聞いておりましたが!」
「えぇ、でした………以前より、想いを寄せていた令嬢に求婚を夜会の後にしましたら、承諾頂けまして………先頃、婚姻を結んだのですよ…………いやぁ、縁というものが私にもあった様だ」

 直之が、嬉しそうに笑みを浮かべ、応接室の扉の傍に控えていた、智史と直之と一緒に入室した正芳の二人は笑いを堪えていた。
 それは、豊信達の面食らう顔が面白かったからだった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【完結】華麗なるマチルダの密約

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,450pt お気に入り:473

【本編完結】貴方達から離れたら思った以上に幸せです!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:20,433pt お気に入り:10,308

どうぞ不倫してください

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:32,760pt お気に入り:450

悪役令嬢は双子の淫魔と攻略対象者に溺愛される

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:781pt お気に入り:3,002

お待ちください。宰相閣下!!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:149pt お気に入り:2,255

私立東照学園の秘めたる恋~狂った愛の欠片を求めて

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:547pt お気に入り:1

処理中です...