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十五
しおりを挟む沙弥は無理しないという約束で、寝台から出る許可を医者から出された。
医者に沙弥は妊娠の可能性も聞きたかったが、八千代や万智が居る前では話せず、浴衣のまま寝台から出ると、万智に声を掛けた。
「身体を拭きたいのだけれど、手拭いと桶を借りれないかしら」
「ではお風呂にご案内致します、お嬢様」
「お風呂なんて入れないわ!間借りしている身なのに!」
「構わないですよ。旦那様からも用意しておく様に、と言われておりますし」
「先程もお聞きになられたではないですか、お嬢様は旦那様の許婚なんです。何をご遠慮される必要ありますか」
そう言われても、居候の身なので、易易と使えないし、沙弥は八千代や万智と離れ離れになってから、風呂にも入った事は無かった。
「身体が拭ければいいの………」
「駄目です!身支度もさせて貰いますから、身体を洗いましょう!髪も綺麗に整えさせて下さい!傷んでますので!」
「髪も切り揃えましょう!」
そして、八千代と万智に風呂場へと連れて行かれるが、その間すれ違う女中や家令達に、沙弥への目線が注がれ、時折啜り泣く声も聞こえた。
「沙保里様………あんなに似てらっしゃって……」
「お元気になられた……良かった……」
年配の者程、涙声でいて、沙弥はその声で振り向いてしまう。
「いずれ、話す機会もあります……西園寺家のお屋敷で働く者の半分は、風祭家で働いていた者達ばかり………前当主様に、拾って頂いたのです………中にはお屋敷ではなく、会社勤めする者も居るんですよ」
「そ、そうなの?」
「はい………ですから、お嬢様は西園寺家でゆっくり静養なされば良いのです」
消え去った沙弥の風祭家での記憶。もしかしたら、母沙保里や祖父貞継が生きていた時は、今西園寺家で見られた光景だったかもしれない。
約十四年振りの風呂は、沙弥には怖かったが、八千代や万智も傍に居てくれたので、安心出来た。
髪も切り揃えられて、沙弥が使わせて貰っている部屋へと戻る最中、バッタリと直之と出会ってしまう。
「やぁ、もう寝台から起きて風呂に入れたのか?」
「は、はい………ありがとうございます、公爵様」
「プッ………公爵様……クククッ……」
「智史!煩い!」
「お嬢様、お名前を呼んで差し上げて下さい」
「……………身分は弁えなきゃ……私は、そうやってお義母様に厳しく言われてきたの………パーティーは頻繁に行っていたけど、私は出る事も無かったのに、もしバッタリ貴族の方にあったら、名呼びするな、と」
「沙弥お嬢様、直之様は良いんですよ、直之様と呼んでやって下さい」
「……………で、でも……」
「智史、無理強いは良くない………仕事があるから失礼する」
「……………あ………」
直之が寂しそうにしたのは見えたが、沙弥は名呼びが出来ずに固まってしまった。
「お嬢様、風邪をまたひいてはいけませんし、お着替えを致しましょう」
「え、えぇ………」
「大丈夫ですよ、旦那様の事は」
一方、寂しそうにした直之は、智史にまだ笑われていた。
「そうかぁ………公爵様………プッ………正芳が言っていたのはコレですかぁ……」
「煩い」
「死んだ爺ちゃんが言ってましたけど、赤ん坊だった時の沙弥お嬢様は本当に愛くるしいお嬢様だったそうですよ」
「……………だから何だ?」
「直之様と沙弥お嬢様のややは可愛いだろうな。と」
「っ!」
「気付くといいですね、沙弥お嬢様…………いつ奥様と呼べるのか………あ、正芳と掛けして良いです?」
「仕事するぞ!智史!」
直之の心情を抉る智史に、直之ははぐらかすしか手は今はなかった。
「前、着ていた着物は?」
「あれは処分しろ、と旦那様からのお申し出がありまして、小物も全て処分致しました」
「勿体無いわ!何故捨ててしまったの?」
「お嬢様にあのお色は似合いません!どうせ、香子の娘のお古でしょう!」
「…………っ!……確かにそうなのだけど……」
「旦那様は、沙弥お嬢様にと用意しておりますよ」
「着物の採寸は、あの着物と同等の物に致しましたが、採寸し直しした方が良いかもしれません。それでも調整すれば着こなせますから」
麗華が好む色は派手目の色ばかりで、沙弥にはあまり合う色ではない。
しかし、用意された色は落ち着いた柄に色の着物で、沙弥も着てみて落ち着ける物だった。
「まぁ、お綺麗ですよ。沙弥お嬢様」
「本当に………藤色が良くお似合いで………此方の藍色も大人っぽく見えそうですね」
「そ、そう?…………着物が素敵すぎて、私負けてないかしら?」
「とんでもない!」
「負けてませんよ!………あ、そうだわ!八千代さん!旦那様に見て貰いましょうよ!夕餉の時にでも!」
「そうね………いい考えだわ、万智!」
妙齢な女中二人が、乙女心を彷彿とさせる事を言い出して、沙弥は少し恐怖を覚えたのだった。
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