神官の特別な奉仕

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番外編

番外編 スルトの迷惑な客人5

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「コウさん、聞いたかい? スーちゃんの話」

「あ、ああ。……もうここまで噂が広がっているのかい」

 北通りのいつもの定食屋に入ると、店のオヤジが心配げにコウに尋ねた。



 ここのところコウは、例の噂の出所を突き止めるため、人足仕事の合間をぬっては街を調査していた。

 どうにも噂話は上流階級の住むエリアから流れてきているようで、下町といわれる北通りには、まだそれほど噂は流れてきてはいなかった。

 しかしこの定食屋まで届いているなら、噂好きな北通り一帯に広がるのはもう時間の問題といえる。



「とりあえずオヤジさん、定食ひとつ」

「あいよ」

 この噂はおかしい。

 普通こういった醜聞は、面白おかしく下から上に広がっていくもんだ。

 だが今回は上に蔓延してから、下に広がっていっている。

(誰かが意図的に流している?)

 コウはこの噂には政治的な含みがあるのではと考えていた。


 名門名家のサハル=ディファ・シュタウを婚姻させたい誰か。

 スルトがいては邪魔な誰か。


(うーん。上流の人間と付き合いのない俺の情報じゃあ足りないか)

「コウさん、おまたせ! 久々だからな、肉をおまけしといたよ」

「お! オヤジさんわるいな!」

 コウは、ウキウキと大盛りの定食を頬張っていると、定食屋にひとりの人物が入ってきた。

「いらっしゃい! ひとりかい? そっちの席どうぞ!」

 平民には珍しい金の髪の美しい若者で、身なりもそこそこ。こんな店には似つかわしい、それとなく目を惹く男だった。

「えっと、ここは何が美味しいの」

「ああ、ここは定食屋なんでね。定食か酒のつまみしかないんだよ。それでいいかい」

 オヤジさんが忙しそうに鍋をふるいながら、そう金髪の男に答えると、彼はそれでいいと頷いた。

「なんだか、スーちゃんが来たときを思い出すねえ」

 オヤジさんが彼を見ながらしみじみと呟いた。

「お、そういやそうだな。スーちゃんも初めて来たときは、居心地悪そうにしてたなあ。あんときゃスーちゃん、行くとこなくて、ここの飯をうまいうまいって泣きながら食ってたな」

 居合わせた常連のひとりがそう頷いた。

「……スーちゃん?」

「おう、知らねぇか。ほら、最近話題のサハル=ディファ様の伴侶になった子でな。ここで働いていたのさ」

「……へえ、ここでねぇ。じゃあさ、あの噂知ってる?」

「あの噂ってぇと?」

 そこまで会話を聞いて、コウははっとした。

 ————あいつだ! スルトさんが言っていた最近押しかけてきたっていうやつは!

 会話を止めるべきか。そう悩む間に男は決定的な言葉を放った。

「ほら、そのスーちゃんとやらがさ、男娼だって話だよ。サハル=ディファ様が男娼を伴侶にしたってやつ。サハル=ディファ様は誑かされたか、はたまた利用したかって」

「あ、おい! その話は……!」


 男の言葉に店の中は一瞬シーンと静まり返った。


(しまった! 遅かったか)

 コウがなんとかこの場を収めるべく立ち上がりかけた瞬間————店内にどっと笑いが沸きおこった。

 店のオヤジさんも、常連のおっさんたちもみんながみんな腹を抱えてゲラゲラと爆笑している。

「————は?」

「いや、だってよぉ、あのスーちゃだぜ? まあ何かワケありだろうとは思ってはいたけどよ、まあ男娼かぁ。身持ち固かったけどな」

「そうさな。ここに来た頃、最初は本当に何もできなかったんだ。一体どうやってこれまで生きてきたんだって不思議だったんだがなぁ、まあそうやって生きてきたっていうなら合点がいくさ」

「は? 男娼だよ? サハル=ディファ様だって……」

 みんなの反応が意外だったのか、金髪の男はぽかんとし、状況が理解できないようだった。

「それでサハル=ディファ様を誑かしただって? いや、スーちゃんに限って、それはないない!」

「ああ、ないな」

「ここにいた連中はみんな知ってんのさ、スーちゃんがどれだけサハル=ディファ様を一途に思い続けてきたのかをさ」 

「そうそう」

「それにサハル=ディファ様だって、公衆の面前で、あんな派手にスーちゃんに愛を告げたんだ。あの硬派なサハル=ディファ様がだぜ? 嘘なワケがないぜ」

「ほんとな。スーちゃんも神兵でわりと地位のあるもんに言い寄られてたけど、なびかなかったしなぁ。よほど二人は想いを寄せてたんだろうさ」

 そうやって次第にスルトの思い出話に突入し、わいわいと賑やかになる店内に居心地の悪さを感じたのか、金髪の男はそっと店を出て行った。

「オヤジさん、勘定ここにおくぜ」

 男の様子が気になったコウは、店を出てあとを追いかけた。




「おい、スルトさんの噂をばらまいているのはお前か」

「…………は?」

 急に声をかけてきたコウに、男は訝しげに振り向いた。だが、コウの顔を見るなりかわいらしくにっこりと微笑んだ。

「おや、兄さん、男前だねえ。この国の人? ね、僕に興味ある?」

「何を言ってるんだ? 俺は噂の出所を聞いてるんだ」

「俺ね、スルト兄さんの弟分やっててさ、店じゃ売れっ子なんだよ? こう見えてスルト兄さんより人気あるんだ。今お金が入り用なんだ。ね、俺を買わない?」

「…………俺は女しか抱かない。それに俺が聞きたいのはそんなことじゃない。お前が噂をばら撒いたのかと聞いている」

 金髪の男はコウをじっと見つめ、「だから何?」と答えた。

「あんたに教える義理なんかないね。それにスルト兄さんが男娼なのは事実だろ」

「……だ。今は違う」

 怒りを押し殺しコウが睨みつけると、男は一瞬怯えたように身をすくませたが、ふっと小さく息を吐いて弱々しく笑った。

「…………兄さんはここでも愛されてるね」

「何?」

「男娼だなんて聞いたらさ、普通、卑しい者みたいに見る目が変わるものじゃん? でもここの人は違うんだね。……兄さんは愛されてる」

 そう言うと笑いながらポロポロと涙をこぼした。

「金持ちの男と一緒になるなんて、絶対に不幸になるんだと思ってた。僕たちみたいな使い古しで、子も産めなくて、それであんな金回りのいい怪しい客人の伴侶になんて、絶対に騙されてるって。僕、そう思って……」

「…………スルトさんはサー……サハル=ディファ様にちゃんと愛されてる」

「はは、そうみたいだね。この前ちょっと粉かけてみたけどさ、ニコリともしないんだよね。それで一緒に寝たっていったらさ『スルトに迷惑をかけるな』ってそれだけ。使用人の人たちもみんないい人でさあー。ちょっとでも兄さんに辛くあたってたら、即連れて帰る予定だったのに。アテが外れちゃった」

「……こんなところで泣くな」

 コウが持っていた手巾で顔を拭いてやると、男がコウを真っ直ぐに見た。

「兄さんの噂を流したヤツ知ってるよ。僕もそいつを探してたんだ」

「…………! 知っているのか!?」

「ああ。教えてやるよ。あんたいい人みたいだからさ。僕はレラ。あんたは?」

「コウだ。人足をやっている。サハル=ディファ様のお供で旅をしたことがある。スルトさんとも親しい」

「よろしく、コウさん」

「それでどんなやつなんだ。そいつは」

「それがさ、そいつサリトールにいた頃の兄さんの常連でさ。行商をやってる男で、結構兄さんに入れ込んでてね。兄さんの旦那さんがサリトールに滞在してたときも、実は兄さんを指名しにきてたんだけど、旦那さんが連泊してたから僕が相手をしたんだけど……」


 どうやらそいつはサリトールにいたときのスルトの馴染みだった者らしく、サーシャが長居している間にも店に来たらしい。

 仕方がなく弟分であるレラが相手をしたようだが、男は常時不満げでスルトのことを気にしていたという。


「それでさ、その男がスルトの旦那さんを見たらしくてさ、『なぜあの方がこんなところに』て、ぶつぶつ言っているのを聞いたんだよね。なんだか気になってたから覚えてたんだけど。それで、ここに来たばかりのとき、その男をこの街で見たんだ」

「間違いないのか」

「ああ。実はその話の後も、そいつうちの店に来たんだ。兄さんを指名したんだけど、兄さんはもうこっちに旅立ったあとでさ。身請されてここを出たよって言ったらさ、すごい剣幕で居場所を聞いてきてさ」

「居場所を言ったのか!?」

「そんなはずないじゃん! 店ではスルト兄さんがどこの誰に身請けされたか、知っているのは店の旦那さんと女将さんだけさ。僕だって知らされていなかったんだから!」

 そこまで聞いて、コウはあれっと思った。

「……じゃあ、レラさん、あんたはどうやってここを突き止めたんだ」

「……兄さんには言わないでよ。兄さんが兄さんの旦那さんと話してるのを聞いちゃったんだ。だってさ、兄さんったら寮の部屋でおっぱじめるんだもん! その時兄さん怪我をしていたし、それにそんなこと今までなかったから気になってさ」

 そりゃあスルトさんらしいな……とコウは呆れて遠い目をした。

「まあ状況はわかった。じゃあそいつはサリトールでサハル=ディファ様とスルトさんが一緒にいたことを知っていたんだな。そしてこの街でそいつを見たと。そういうことだな」

「うん」

 行商をやっているくらいだから、いろいろな人脈があるだろう。

 故意かどうかは分からないが、そいつがこの噂の発端になったことは間違いないだろう。さてこれをどうすべきか。まずはサーシャさんに報告だなと、コウはレラとともにサーシャの邸宅に向かった。
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