毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

文字の大きさ
149 / 165
第8章 泣き虫な王子様 

(3)ラナンタータの聞きたいこと

しおりを挟む

  ラルポアはカナンデラと顔を見合わせた。

「わははは、悪魔ちゃんからの命令だ。ビールとは随分安売りだなぁ、ラナンタータ」

  ここぞとばかりに復讐するカナンデラを、ラルポアが諌める。

「所長、ラナンタータはお腹が空いているんだ。ね、ラナンタータ。おつまみ遅いね」

  ウェイターが五枚の皿を一人で持って来た。左手で二枚の皿を持ち、一枚を腕に乗せて、あとの二枚を右手で持つ。皿と皿の間に指を挟んで重ならないようにするのがコツだ。

「お待たせしました。アボカドのマッキントッシュカナッペです。こちらはファンシーエッグ。三種のソーセージと、ピクルス焼きの一口トーストと、アスパラチキンです。どうぞ召し上がれ」

  ラナンタータの目が輝きだした。片方の頬が痙攣っている。ラルポアがふふと笑い、カナンデラがわはははと声をあげて笑った。

「さあ、食え食え。飢えた野良猫どもよ。今夜は俺様が温めてやる」

「「嫌だ。断る」」

  ラナンタータとラルポアがハモった。

「断るにしても即決か。息が合うね。おいら冗談なのに通じないのが切ない……」

「カナンデラ、私はゲルトルデ・シュテーデルの屋敷から家に電話したよ。婆やが出た」

「なんと言った」

「楽しく遊んでいるから心配しないでと」

「婚前旅行だと思われたな」

  カナンデラはラルポアを見た。ラルポアはフォークで刺したソーセージを口に運ぶ処を止め、ラナンタータを見た。ラナンタータはラルポアを一瞥して視線を外し、天井を見ながらレモネードを飲む。

「カナン、おかしなプレッシャーをかけないでほしい。僕はラナンタータをどうするつもりもない」

「お前はアホか。何でこんなチャンスをモノにしない。今ならラナンタータと異世界駆け落ちできるんだぞ」

「駆け落ちっ」ラナンタータが食い付く。「ね、駆け落ちっての聞いたことがある。どうするの」

「このまま帰らなければ良い。この世界の何処かでラルポアと一緒に暮らせ。それが異世界駆け落ちだ。しかし、アレだな。アントローサ皇帝にしてみれば駆け落ちされる謂れがないな。お前らの結婚を望んでいるからな」

「お父さんが私とラルポアの結婚を望んでいるの。何故わかるの。カナンデラ、何か聞いたのか」

「聞いたぞ、俺様はちゃんと聞いた。気になるか。あのな……」


  男の身体に外傷はなかったが、ローランのワインキスに抵抗できないほど衰弱していた。衣服からかなりな資産家であることが判明し、ジェレメール・ラプソール年齢22才ということが手帳からわかった。

  手帳には(輸血しないでください)というカードが挟まれていた。1980年代のいつ頃からか、巷で静かに広がり始めた第三のキリスト教ビーブルフォルシェル団体の信者だ。

  ジェレメールの褐色の肌色に、真珠に嵌まった黒曜石の瞳と真珠の輝きを持つ歯が美しいと感じたことに、ローランは甘い罪悪感を抱いた。まだリヒターの唇の感触が残っている。そしてカナンデラの不躾な手の技も……

  ホテルに戻ってからも、ジェレメール・ラプソールの真珠に嵌まった黒曜石の瞳に引き込まれて悶々と過ごし、眠れぬ夜をバーで過ごすために部屋を出た。

たまたま、同じホテルだった。ホテルのバーにカナンデラの目立つ姿があった。洒落者は何処でも眼を引く。

  バーの男たちの中の数人は、カナンデラと目が合えばウインクする気でちらちらと視線を寄越す。カナンデラは顔立ちは言うに及ばず鍛え上げた体格もなかなかのもので、身なりも金の匂いがする。

  シャンタンに貞操を尽くすつもりのカナンデラだから、色気を含む視線には気づかぬふりをしていたが、開いたドアにローランの姿を認めたとき、ミュンヒナーデュンケルをブフッと吹いた。ローランも頬を赤らめる。手淫の相手だ。

  ラナンタータがローランに声をかけた。

「一緒にどう」

「有り難う、ラナンタータ。カナンデラさん、ラルポアさんも……あの」

「俺様はご一緒してやってもいいぞ。ローランは良い子だからな」

  カナンデラに注目していた周りの視線がすっと退く。ドイツで「男性間の姦婬」を規制する法律が制定される前から、男色は世界中に根強くあったのだ。

「はっはぁ、ローラン。お前さんは、良いところに来た」

  カナンデラに肩を組まれて真っ赤になった。

  ウェイターがローランの名前入りのビアグラスを持ってきた。陶器のビアグラスには蓋が付いている。

「僕はこのバーの常連なんです。親戚がドイツにいるので。ここ、マイグラスを置くと最初の一杯は無料なんですよ」

「カナンデラぁ、お金持ちの旦那ぁ。みんなでマイグラスを置かせてもらおうよぉ。一杯がただだよ」

「マイグラスの方が高いですよ、ラナンタータさん」

「ははは、スケベな顔しているのに冗談が通じないね、ローランったら」 

「まあ、乾杯が先だな、チンチンカンパイ

  馬車の中で大人のキスをされそうになったことを忘れて、ラナンタータはひくひくと頬を痙攣らせた。ローランとは此処で会えたが百年目。どうしても聞いておきたいことがある。聞かなければ夜も眠れそうにない。

「ねぇ、ねぇ、ローラン。あのさ、リヒターとソファーでどんな格好をしていたの」

  三人の男が同時に「「「ブッ……」」」と吹いた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

処理中です...